恋愛脳
神の肉体だからか、皇帝は霊体を切り離すのに苦戦しているようだ。
しかしそれも束の間。
体から抜け出した皇帝の霊体が、猛スピードで移動を始めた。
向かった先はお師匠様が眠る、鉄の箱だ。
またお師匠様の肉体を奪おうというの!?
お師匠様の体は、若返りの薬と私が最初に放った蘇生術が混ざった薬が投与されている。
もし光の魔術の中に閉じ込められたとしても、お師匠様の体がパルヴィア公爵のように朽ちてしまうかもしれない。
それに、お師匠様の体と戦うことにもなる。
それだけは避けたい!
コハナとマウノが皇帝の動きを止めようと魔術を放つも、霊体には効果がないようでそのまま突っ切って飛んでいく。
この速度だと、お師匠様の肉体に到達するまでにチャンスは一度しかない。
術式を唱えた先輩が、モヤの魔術とジェルの魔術を放つ。
それに合わせて私も治癒魔術を唱えた。
一瞬、何かが焼けるような音は聞こえたが、間一髪のところで霊体が外に飛び出す。
もしかしたら身に纏っていた他の霊体たちを犠牲にしたのかもしれない。
そしてもう一つ分かったことは、霊体にはモヤの魔術は効かないということだ。
しかし治癒魔術の影響で霊体たちが浄化されたのか、大きさが先程より小さくなったように見える。
「もう一度行くよ!」
先輩の声に我に返り、慌てて治癒魔術の準備をする。
これがギリギリ間に合うかどうかの命運の分かれ目になりそうだ。
先輩が再びモヤとジェルの魔術を放ち、同時に私が治癒魔術で中を満たした。
『ギャァッ!』
不気味な叫び声が聞こえてきて、手ごたえを感じる。
「やったんじゃない!?」
コハナが喜びの声を上げるも、すぐにその思いは砕かれた。
眠っていたお師匠様の体が、むくりと起き上がる。
そしてお師匠様が私達の方に顔を向け、不敵に笑う。
お師匠様らしくない笑みに、鳥肌が立った。
「危なかった。もうすぐ消滅させられるところだったぞ」
失敗……したんだ。
絶望に自然と呼吸が浅くなる。
今から私はお師匠様と戦うの?
大好きなお師匠様を攻撃することができるの?
皇帝に乗っ取られたお師匠様が、真顔でこちらを見据えた。
その顔にお師匠様と過ごした日々が蘇り、涙が溢れ出る。
私にはお師匠様の体を傷付けることはできない。
「神になった儂をここまで追い込んだことは誉めてやる。褒美に苦しまずにあの世に送ってやろう」
皇帝が空に手をかざすと、先程よりも禍々しい黒く分厚い雲が渦を巻き、ゴロゴロと嫌な音が鳴り響く。
戦わなければみんながやられてしまう。
分かってはいるが、葛藤から手が震える。
皇帝が口角を上げた瞬間だった。
「人の体になにしてくれてんのよ!!」
お師匠様の体が突然叫び声を上げて、誰かに殴られたように体が大きく横に倒れた。
その拍子に皇帝の霊体が、お師匠様の体から弾き飛ばされた。
追い出された影響なのか、ダメージを受けたように皇帝の霊体の動きが鈍い。
「リュナ! アシル! 今よ!!」
抜け出した皇帝の霊体を見上げたお師匠様の体が叫ぶ。
弾かれたように先輩と同時に魔術を発する。
『ギィェェェェェェッ!!』
最大級の光魔術に浸された皇帝の霊体が、醜い奇声を発しながら消滅していった。
分厚い雲に覆われた空から光が差し込む。
「終わったようね」
懐かしい声の方に顔を向けた。
いつも優しく見守ってくれていたお師匠様の笑みに、目の前が潤む。
「久しぶりね。リュナ」
名前を呼ばれて弾かれるように、お師匠様に駆け寄り抱きついた。
懐かしい手付きで頭を撫でられる。
「会いたかったです。お師匠様」
「まったくこの子は……。私に会いたがるなんて、一体誰に似たのよ」
クスリと笑いながらお師匠様を見上げた。
「きっとお父さんかもしれません」
「……知っちゃったのね」
コクリと頷くと、少し困ったような顔で見つめ返された。
「黙っているつもりはなかったけど、話す必要もないかと思ったのよ」
お師匠様が私の涙を拭いながら微笑む。
「だって、私達はもう家族でしょ?」
お師匠様と過ごした日々を思い出す。
呼び方は違えど、私はお師匠様を母親のように慕い、お師匠様は私を娘のように育ててくれた。
ずっとお師匠様は私のお母さんだったのだ。
再び涙を流しながらコクコクと何度も頷いた。
「まあ、でも、リュナが呼びたいなら、『ママ』って呼んでくれてもいいわよ」
「あんた、ママって柄じゃないでしょ」
お師匠様の冗談? に答えたのは、先輩だった。
「相変わらず可愛くないわね!」
お師匠様がそっぽを向く先輩に怒鳴る。
しかしすぐに何かを思いついたのか、勝ち誇ったような顔に変わった。
「あんた、リュナと結婚するつもりなら、私にお願いしなきゃいけないことがあるって分かってるわよね?」
お願いしなきゃいけないこと?
首を傾げながら先輩を見ると、真剣な眼差しでお師匠様と向き合っていた。
その姿に、胸の高鳴りを感じる。
「必ず幸せにしてみせます。だからリュナとの結婚を認めて下さい」
お願いって親への挨拶ってことだったんだ。
私との結婚を真剣に考えてくれていた先輩の姿に、嬉しさが込み上げる。
「嫌よ」
「お師匠様!?」
まさかの返答に声を上げるも、お師匠様に遮られた。
「そんな口約束なんてあてにならないわ。そうねぇ……」
お師匠様がニヤリと口角を上げる。
嫌な予感しかしない!
「ここで誓いのキッスをしたら、認めてあげなくもないわよ?」
「キャー! 素敵!!」
似た者同士がタッグを組み、ニヤニヤといやらしい目で見てくる。
「そんなことをしなくても先輩は――!」
柔らかい感触が私の口を塞ぐ。
離れる時に妖艶な青い目に見つめられて、体が硬直する。
「恥じらわないなんて、面白くない男ね」
お師匠様の言葉にコハナも同意するように頷く。
「いつもしたいと思っているので、機会を頂けて感謝したいくらいです」
「やっぱりあんたは王族の血筋ね」
「あの人達と一緒にしないで下さい。俺はリュナにしか興味はありませんから」
お師匠様とコハナの口が驚きで開く。
淡々と答える先輩に、こちらの方が恥ずかしくなってきた。
「あなたに反対されても結婚するつもりなので、許可してもらえなくてもいいですよ」
先輩がお師匠様から引き剥がすように、私を引き寄せた。
お師匠様の顔が引きつる。
しばらく先輩と視線を交わしたあと、お師匠様が根負けして溜息を吐いた。
そして先輩の髪をかき乱すように撫で始める。
「あの幼子がこんなに立派になって、嬉しいやら悔しいやら……」
悔しいんだ。
一通り先輩の頭を撫でまわすと、お師匠様が私に視線を移した。
「リュナはいいのね?」
問われても躊躇いはなかった。
私もちゃんと自分の意志を伝えたい。
「私もアシル以外の人とは結婚したくありません」
微笑みながら先輩を見つめた。
すると最初こそ驚いた顔をしていた先輩だが、次第に破顔に変わっていく。
いい雰囲気に自然とキスに……。
「あんた達、少しは人目というものを気にしなさいよ」
「これだから恋愛脳の人間は迷惑極まりないのよ」
「時と場所は考えた方がいいですよ……と言っても無駄なんでしょうけど……」
物凄くあきれている三人がいた。
申し訳なくなり先輩から離れようとするも、抱く手を強められる。
「邪魔をしているのはあんた達の方だから、迷惑ならどっかいけば?」
この日初めて明確に、『開いた口が塞がらない』という状況を目の当たりにしたのだった。
読んで頂き、ありがとうございます。




