バラ色の世界
真っ先に攻撃を仕掛けたのは、コハナだった。
相手の隙を突いて炎の塊を連弾するも、読まれていたのか水の盾で防がれた。
炎と水がぶつかり合い、水蒸気爆発が起こる。
それを先輩が土の盾で防ぐ。
「遅い」
背後から声が聞こえて振り返ると、移動してきた皇帝が私に向けて手のひらをかざす。
わざと水蒸気爆発を起こして、目くらましをしたというの!?
「クワワワワッ!!」
気配を察知していたのか、ペンギンが頭突きで皇帝の手を払う。
上を向いた手のひらから、先輩の体を蝕んだ闇の魔術と同じ技が空に放たれた。
咄嗟にマウノが突風を放ち、師匠がその風に雷を乗せる。
しかしその攻撃は空に飛んだ皇帝に避けられてしまう。
止まることなく、先輩が空に氷の飛礫を打ち込んだ。
皇帝は避けながら禍々しい剣を魔術で作りだし、こちらに向かって急降下してきた。
あの剣はどう見ても闇魔術で作られている。
だったら……!
治癒魔術を迫る皇帝に向けて放つと、それまでどんな攻撃を受けても飄々としていた皇帝が、体を大きく横に逸らした。
治癒魔術の飛んでいく位置を横目で確認する皇帝の顔に、一瞬だけ焦りの色が浮かぶ。
そういえば魔塔主の使い魔の黒猫はあいつに従っていたけど、リュナペンギンはあいつに対抗している。
黒猫は影を操る使い魔だ。
もしかしてあれは闇魔術の一種なのだろうか?
そして私の使い魔のペンギンは光魔術の蘇生術を使ったことがある。
立ち止まり、私を睨む皇帝を見上げた。
あの皇帝がこれまでに出した魔術は、自然の力を使ったものと闇魔術だけだ。
もしかしてあの皇帝は……。
「あなたは神は神でも、邪神なんじゃないの?」
指摘すると、全員の視線が私に集まった。
生き物を苦しめて実験した若返りの薬を飲んで、神になった体だ。
聖なる神と呼ぶには程遠い存在になるのではないだろうか?
「……こざかしい小娘だ」
皇帝が苦々しそうに顔を歪めた。
どうやら皇帝自身、その事実に気付いているようだ。
だからこそ、光属性の魔術で攻撃されることが恐怖なのかもしれない。
鬱陶しそうに皇帝が顔を歪めた。
弱点さえ分かれば対策もできる。
希望が見えてきたところで、皇帝が片手を上げて不気味な雲を集め出す。
「お前達は儂がどういう存在か、まだ分かっていないようだな」
雲からゴロゴロと嫌な音が鳴り響く。
その規模は王都に下した神の裁きと同等の力が集まっているようだ。
「お前達をまとめてあの世に送ってやる!!」
皇帝が手を振り下ろすと、強い光が目を眩ませる。
雷が落とされると分かっているのに、広範囲すぎて身動きが取れない。
最悪の事態が頭を過り、強く目を閉じた。
しかしいつまで経っても近くで鳴るはずの雷の音が全くしない。
恐る恐る目を開けると、目の前に真っ黒に焦げた地面と周囲の木々が燃えている光景が広がっていた。
そこに、先程までいたはずの神殿の面影はどこにもなかった。
「自分を犠牲にして他者を助けるとは……。愚かな奴だ」
見下すような声が、空から聞こえてきた。
顔を上げると、真っ黒になった地面を無感情で見下ろす皇帝が浮いていた。
自分を犠牲?
黒い地面の方に目を向けると、立ち尽くしている先輩がある一点を見つめている。
『主……主……』
先程まで閉じ込めていた魔塔主の使い魔が、草むらの上で眠る魔塔主の体にすがりついている。
その隣にはお師匠様の体も横たわっていた。
私達は壊れたとはいえ、神殿の内部にいたはずだ。
それが今は草むらの上にいる。
一瞬で人を違う場所に移動させることができるのは黒猫と先輩の師匠だけだ。
まさか……!?
再び黒い地面の方を見た。
神の裁きが落ちたところにはなに一つ残さないという意味なのか、ただただ黒く焦げた地面だけが広がっている。
地面を見つめている先輩が、手を固く握りしめた。
あの人が私の父親だと言われても、実感はない。
だけど、先輩にとっては私とお師匠様の関係のように、特別な人だったのだろう。
お師匠様が私を守って殺された時のことを思い出し、先輩の苦しみが痛いほど伝わる。
思わず先輩の悲しそうな背中に抱きついた。
「先輩の師匠は、凄い人ですね」
あの短時間で私達全員を外に逃がしたのだ。
あれだけの激しい雷なら、音だけで私達の鼓膜が破れていてもおかしくはなかった。
だけど私達はみんな無傷だ。
つまり先輩の師匠がタイミングを見計らって、私達を逃がしてくれたということになる。
「そんな凄い人が父親だったなんて、私は誇らしいです」
自分のせいでお師匠様が亡くなったと気付いた時、先輩が傍で話を聞いてくれた。
そのおかげで、私は立ち直ることができた。
どこまで先輩のように寄り添えるかは分からないけど、先輩の気持ちが少しでも軽くなるなら支えたい。
「ここが片付いたら、先輩が知っているお父さんの話を聞かせて下さい」
「……うん」
先輩を抱きしめている手の上に、先輩の手が重なる。
先輩の傷が癒されるなら傍にいたい。
目を閉じて、温かい背中に頬をすり寄せる。
「……いいところ邪魔して悪いけど、ロマンスに浸ってる暇はないわよ」
「時と場所は、わきまえて欲しいですよね」
あきれているような声が聞こえてきて、慌てて体を離す。
まさか皇帝にもあきれられている?
攻撃をしかけてこない皇帝を見上げた。
力を使った直後だからなのか、体を乗っ取られたパルヴィア公爵が弟の死の感傷に浸り動けないでいるのか、黙ったまま黒く染まった大地を見つめていた。
攻撃を仕掛けるなら今が好機だ。
だけど肝心の決め手となる光属性の魔術は癒しの力ばかりで、攻撃魔術はない。
唯一使えそうな策は治癒魔術の中に閉じ込めることだ。
それには光魔術が外に放出しないように、モヤの魔術とジェルの魔術を先に唱えなければいけないのだけど……。
たぶんというか、絶対唱え終わるまで待ってはくれないよね。
猫の時は影に入るまでのタイムラグと、背後に動くと分かっていたから上手くいった。
だけど闇属性に強い皇帝は、光魔術を放つ前に直進して抜け出してしまうだろう。
三重魔術を完成させるには、皇帝の動きを少しでも鈍らせる必要がある。
「皇帝を弱らせることができればいいんだけど……」
私が呟くとペンギンが手を差し出してきた。
平べったい手に傷ができている。
「治して欲しいの?」
「クワッ」
そうだと言いたげに返事をされた。
治癒魔術を当てると、傷口が塞がっていく。
傷が完全に塞がってもペンギンはもっとと訴えるように、手をズイッと差し出してくる。
「傷はもう治ってるよ?」
「クワワッ!」
なんか怒ってる?
「手を握れってこと?」
「クワワワワッ!」
違うようだ。
黒猫じゃないけど、こんな時言葉が分からないのは契約者として失格な気がしてくる。
仕方なく治っている手に再び治癒魔術を当てる。
「クワッ!」
もっとと言っているようだ。
こうなったらありったけの治癒魔術をかけてあげるわよ!
ありったけの魔力を込めた治癒魔術を手にかけると、ペンギンの体が光り出した。
あまりの眩しさに目を閉じる。
すると甲高い声が遥か上空から聞こえてきて、目を開く。
大きな鳥の影が私達の頭上をよぎった。
見上げるとそこにいたのは、真っ赤な体に金色の尾羽を付けた綺麗な鳥が飛んでいたのだ。
ペンギンがいたはずの場所にペンギンの姿はない。
「まさか……!」
あの鳥の正体は、リュナペンギン!?
「脱皮したの!?」
「表現最悪!」
私の驚きにすかさずコハナがつっこむ。
「どちらかといえば進化じゃないでしょうか?」
マウノがフォローしてくれた。
鳥が空を舞うと、金色の光の粒を地上に振り注ぐ。
これは、治癒魔術の粒子?
落ちてきた光を観察しようと手を出すも、着地と同時に粒は粉々に弾け飛び小さな光を発しながら消失していった。
そのまま飛び去っていく鳥が魅せた、星が降って来るような幻想的な光景に魅入っていると、苦しそうなうめき声が響き渡る。
光の粒を浴びた皇帝から、黒い霊気が次々と体から出てきていた。
吸収した魂たちが解放されていっているのだろうか?
大きな老人の顔を象った霊気が、パルヴィア公爵の体と重なって見える。
皇帝の霊がパルヴィア公爵の体から出ようとしている?
もしかして今なら閉じ込められるかも!
咄嗟にモヤの魔術とジェルの魔術をかけるも、まだ体を操れるのか、黒い剣ですぐに消滅させられた。
パルヴィア公爵の体は光の粒の影響なのか、霊体が一気に噴出した影響なのか、どんどん朽ちていく。
「俺がモヤとジェルの魔術を唱えるから、同時に治癒魔術を中に放って」
先輩が手伝ってくれるなら、成功するかも!
「はい!」
二人で皇帝に向けて手をかざす。
ほぼ同時に唱えるも、来るのが分かっていた皇帝が先に体を横に逸らし逃れた。
もう一度と唱えるも、今度はタイミングが合わずモヤの魔術と治癒魔術がぶつかり自然消滅する。
早く唱えないと霊体に逃げられてしまう!
焦っていると、落ち着いた声が隣から投げかけられた。
「失敗を恐れる必要はないよ。魔導具の作製と同じで、失敗しても策を変えて何度だって挑戦すればいいんだから」
先輩の声に、魔塔で過ごした日々を思い出す。
閉じ込めるのに苦戦した治癒テープ。
先輩に指摘されて不備に気付いた魔冷庫。
成功させるために何度も試して失敗して挑み続けた。
そしてそれは次第に良い物へと変化していった。
失敗は成功への道に繋がっているのだ。
失敗を怖がる必要などどこにもない!
「はい!」
力強く返事をすると、先輩が微笑む。
「失敗しても俺がついてるから、安心していいよ」
「……そこは信じて欲しいです」
不貞腐れるとクスリと笑われた。
「ここが片付いたら結婚しよう」
「ふぇっ!?」
自然な流れでのプロポーズに耳を疑う。
「きゃっ! 大胆!」
「こういう方法もあるのですね」
周囲の驚いている反応が、答えを導き出していた。
聞き間違いじゃない?
先輩はそれ以上なにも言わずに、飛び出てきそうな皇帝を見上げた。
私もくすぐったい気持ちで皇帝に目を向ける。
とても禍々しい黒い霊気が、もがき苦しむ肉体を切り離そうとしていた。
どうしよう……。
なんか皇帝が必死で可愛く見えるんですけど。
心の中が有頂天になっている私の目には、全てがバラ色のような世界にしか見えなくなっていたのだった。
読んで頂き、ありがとうございます。




