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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第三章 恋人編
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指名手配犯を追って

 うっとりと食堂の空間を眺める。


「王宮での夜会が終わってから、ずっとこの調子ですよね」

「この子、もうすぐ審査会だってことを、忘れてるんじゃないの?」

「今回は貢献というよりは、行動の方だけで評価を受けるしかないですから、中級魔塔士に降格の可能性もありますね」

「分かんないわよ。大公家が裏で手を回す可能性だってあるじゃない。『家の嫁を降格させおって! 何事じゃ!』って」

「コハナさんの中の大公のイメージが、おじいちゃんなのは気のせいですか?」

「先輩のお父さんがそんな年寄りなわけないでしょ」


 見た目だけで言えば、その逆ではあるけど。

 会話に加わったことで、二人が私に視線を向ける。


「なんだ聞いてたんじゃない」

「こんな近くで話してたら、聞こえるわよ」

「夜会のことで心ここにあらずといった感じでしたので、聞こえていないかと思いました」

「ま……まあ、夜会はそれなりに楽しめたわよ」


 にやけそうになる顔を、必死で堪える。

 だって油断すると思い出しちゃう。

 先輩とダンスを踊ったこととか、名前で呼んだこととか……キスとか!

 キャーーーー―!!


「あんた全部顔に出てるわよ」

「これほど顔に書いてあるという言葉が合う状況はないですね」


 コホリと咳払いをする。


「どうせそのブレスレットも魔塔士長からのプレゼントなんでしょ」


 コハナが私の腕に付いているブレスレットを指差した。


「分かる?」


 大事そうにブレスレットを撫でた。


「だってあんたずっと触ってるじゃない」

「しかも魔力石は守りたい相手のために使うことがほとんどですから、自ずと誰から貰ったか想像はつきますね」

「やっぱりこの石って高価なの?」


 あの後一つ使ったということで、新しい石を補充してくれているのだ。

 だから値段を聞くのが正直怖い。


「宝石と同等くらいの値段ですね」


 先輩は石ころ同然とか言ってたけど、やっぱりそれくらいはするのね!

 急にブレスレットが重い物のように感じた。


「私、一つ石を使っちゃったんだけど、外しておいた方がいいのかな?」

「止めときなさい」


 心配する私にコハナが苦言する。


「魔塔士長はあんたを守りたくてそれを渡したんだから、素直に身に着けておくのが礼儀ってものよ」

「コハナ……」

「大体、危険な所に行ってもいないのにすでに一つ使うとか、どうせお人好しが炸裂して無駄に使う羽目になったんでしょ?」

「今回は違うもん」


 口を尖らせた。


「その……王様とダンスを踊らされそうになった時に発動したの」

「なにあんた! 王様に気に入られたの!? 本当の修羅場じゃない!」

「でも陛下には婚約者がいましたよね?」

「ますます修羅場じゃない!!」

「コハナ、喜びすぎ」


 身を乗り出すコハナを注意する。


「この石が発動して、先輩が駆け付けてくれたから変なことにはならなかったけど、この石がなかったらと思うと……ちょっと怖かった」


 ブレスレットに視線を落とす。


「それなら魔塔士長も渡した甲斐があったってことでしょ。そんな事情があったなら外すなんて言わずに、素直に付けておきなさい」

「でもね、サンドイッチの時も思ったけど、私って先輩にしてもらってばっかりなんだよね。お返しをしたいと思うのに、先輩に聞いても大したお願いをしてもらえなくて申し訳なくなるの」


 黙って聞いていたマウノが、口を開く。


「僕は恋愛経験がないので説得力はありませんが、リュナさんが笑って傍にいてくれるだけでお返しになっているのではないかと思います」

「それはあるわね。じゃあお返しは、『私を好きにしていいです券』でもあげたらどう?」

「ふぇっ!?」

「そんなのもらっても魔塔士長は使わないと思いますよ」

「そ……そうよ!」

「そうかな? 案外欲望のままに使うかもしれないわよ」

「コハナ」


 コハナを睨んだ。


「あんた魔塔士長をお綺麗なお坊ちゃんかなにかだと思ってるのかもしれないけど、魔塔士長だって獣になりたい時がきっとあるわ! そうなった時、その欲を満たしてあげられるのは恋人であるあんただけなのよ!」

「そ……そうなの?」


 コハナの言葉に不安になり、真剣に考え始める。


「いや、リュナさん。冷静に考えて下さい。そんな物を恋人から貰っても、引くだけですから」

「やっぱりそうよね」


 私の感性は間違ってなかった。


「どうしてもなにかお返しがしたいと思うのでしたら、手作りのブレスレットをあげてはどうでしょうか? 僕、材料が売っているお店を知っているので、案内してあげますよ」

「それいいじゃない。手作りなら安あがりですむし」

「値段の問題じゃないから。気持ちの問題だから」

「リュナさんの言う通りですよ」


 でも確かに想いが込められる手作りはいいかもしれない。

 私も先輩から貰えて嬉しかったし。


「マウノ。材料が売っているお店を教えてくれる?」

「もちろんです。一緒に行きましょう」

「また私だけ仲間外れなの?」

「コハナさんにはお土産を買ってきてあげますよ」

「仕方ないわね。それなら大人しくお留守番しているわ」


 こうしてマウノと街にでかけることになった。



 ブレスレットの材料を無事に買い終わった帰り。


「僕、コハナさんの好きなお菓子を買ってきます」

「コハナのお土産? それなら私も一緒に行くよ」

「大丈夫です。すぐそこのお店なので、ちょっと行ってきます」


 マウノは小走りでお店の方へと向かった。

 前にもこんなことがあったな。

 確かあの時は街で先輩を見かけたんだっけ。

 懐かしくなり周囲を見回す。

 すると見た事のある人物が、路地の方からこちらを窺っていた。

 あれは……イサベラ!?

 私に気付かれたとイサベラは、すぐにその場を離れた。

 イサベラは現在指名手配中だ。

 国に仕える魔塔士として、捕らえる義務がある。

 でもここを離れたら、マウノを心配させてしまう。

 だからといってこのままでは見失ってしまう。

 マウノに分かるように紙袋をその場に残して、イサベラの後を追った。

 イサベラはどんどん奥の方に走っていく。

 見失わないように追いかけると、人気のない建物の中に入って行くのが見えた。

 入口から中を窺う。

 このまま突入してイサベラを捕らえるか、誰かに連絡を取るか。

 迷っていると、足元にチクリと痛みが走った。

 次の瞬間、激しい眠気に襲われて気を失いそうになり座り込む。


「追い詰めたのだから、私達を解放して!」


 イサベラが建物から出てきて姿を見せた。

 その視線は私の後ろに向けられている。

 重い体を動かしながら、後ろに立つ人物に目を向けた。

 そこには白い仮面の白いローブを羽織った人物が立っていた。


「神の……代行者!?」


 眠気と戦いながら呟くと、仮面の視線が一瞬私に向けられるも、すぐにイサベラへと戻された。


「望み通り解放してあげますよ」


 仮面でこもってはいたが、聞き覚えのある声に目を見開く。

 驚いていると、その人物が見知った人物であると確信する出来事が起こった。


「キャァッ!」


 イサベラが小さく声を上げる。

 視線をイサベラに向けると、なんと白い蛇がイサベラの足に噛みついていたのだ。

 さっきの足の痛み……。

 恐る恐る自分の足を見ると、牙で噛みつかれたような二つの傷痕が付いていた。


「ど……どうして……」

「どうして?」


 仮面を外し、イサベラを見据える顔にショックを受ける。

 信じたくなかった。

 それでもその顔は間違いなく――。


「通りすがりではありましたが、僕の指が切り落とされた時に侮蔑するような眼差しを向けたことを忘れたとは言わせませんよ」

「覚えてないわよ、そんなこと!!」

「そうでしょうね。あなたの屋敷に行った時も、あなたは僕を見てもなにも反応しませんでしたから。だけど僕はあの日から、一日たりともあなたのあの視線を忘れたことはありません」


 興奮して見えていないのか、イサベラの体がどんどん朽ちていっている。


「あの世で、反省して下さい」


 言われて初めてイサベラが自分の身体に異変が起きていることに気付く。


「なっ……!? なによこれ!? いやっ!! 死にたくない!! 助けて!!」

「僕も同じように、通りすがりのあなたに叫びました。『助けて!!』と」


 イサベラを見据えながら、薄く笑う。

 笑っているのに不思議とその顔を見ていると、悲しみが込み上げてくる。

 イサベラは涙を流しながら、そのまま体が灰のように崩れていった。

 私もこうなるの?

 不安に駆られていると、しゃがんで私に視線を合わせてきた。


「あなたを傷付けるつもりはありません。だから安心して眠って下さい、リュナさん」


 その声はいつもの優しい、マウノの声に戻っていたのだった。





読んで頂き、ありがとうございます。

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