演技か本気か
衣装店の前に到着した。
滅多に走らない大公家の馬車が停まったことで、周囲のざわつく声が聞こえてくる。
いよいよだ。
自然と体に力が入る。
すると先輩が安心させるように、私の手の上に手を重ねてくれた。
「あんたは堂々としていればいいよ。なにかあれば俺が守ってあげるから」
微笑む先輩を見た。
そうだ。私は一人じゃない。
深呼吸をして気持ちを落ち着けると、馬車の扉が開き先輩が先に下りた。
先輩が手を差し出してくる。
その手の上に、手を添えた。
そして一歩ずつゆっくり下りた。
視界の端にこちらを見ている人達の様子が映る。
大丈夫……大丈夫……。
硬直しそうになる体を動かすように、心の中で言い聞かせる。
先輩に導かれるように歩き出した。
「お待ちしておりました。個室にご案内致します」
色とりどりの豪華な衣装が並ぶ店内に入ると、丁寧な所作で出迎えられた。
店主なのだろうか?
店内にいる従業員達を見ていても、この人が一番偉い感じがする。
店主がお出迎えとか、恐れ多すぎる!
お客の中には、イサベラのように扇子を広げてひそひそと話す貴族令嬢達もいた。
きっと私が平民だという話でもしているのだろう。
魔塔主からも顔見せ目的だと言われていたから、分かってはいる。
それでも居心地の悪さは感じてしまう。
刺さるような視線に委縮していると、慣れないヒールにつまずきそうになる。
転んじゃう!
焦る心とは裏腹に、倒れることなく強い力で腰を引き寄せられた。
「他のことに気を取られすぎ。俺だけを見ていて」
片手で体を抱き寄せられて、至近距離に先輩の顔が迫る。
キスをするような構図になり、固まる。
ひそひそと訝しそうな顔で話していた令嬢達も、真っ赤にしてそそくさと退室していった。
「目的は達成できたかな」
先輩が離れると、店内の様子が一変していた。
先程まで従業員から貴族令嬢まで多くいた人達が、一斉にいなくなっていたのだ。
「見せつけるのは構いませんが、やりすぎには注意してくださいね。大公子殿下」
店主が先輩に注意する。
「転びそうになったところを助けてくれただけなので、悪いのは私なんです!」
慌てて謝罪すると、店主が苦笑いを浮かべた。
「それは半分大公子殿下の口実みたいなものです。だからあなたが気にする必要はありませんよ」
半分口実? じゃあもう半分は、なに?
先輩を見上げるも、作り笑いで誤魔化されたのだった。
個室に移動してからは、肩の力も抜けてリラックスモードに突入していた。
だって色んなドレスを見せてもらったけど、どれも素敵で私には選べない。
だから私は先輩の隣に座って、先輩と店主と使用人の三人で相談している話を横目で聞いているだけとなった。
だが、暢気にしていた私に天罰が下る。
「ちょちょちょ……ちょっと待って下さい!!」
着々と進めていた話を中断させた。
三人が驚いてこちらを見る。
驚きたいのはこっちだよ!
だってこのドレス、上級魔塔士の給料五ヶ月分もするんだよ!?
金額を提示していた時の桁を見て、目を擦って一桁ずつ数えて再確認したくらいだ。
いくら先輩に甘えると言っても、こんな高額なドレスは買って貰えない!
「先輩! 私、もっと安いドレスでいいです! こんな素敵なドレスを着ても、ドレスに着せられちゃう状態になっちゃいますから!」
「「ご心配には及びません。そうならないように私達が付いているのですから」」
店主と使用人が口を揃えて言った。
ドレスに着せられちゃう状態は否定しないのですね。
じゃなくて!
「このドレス、給料何ヶ月分すると思ってるんですか! もっとお金は大事に使いましょうよ」
節約倹約はお師匠様の教えだ。
「これも貴族の役目の一つだから、お金のことは気にしなくていいよ」
「貴族の役目?」
先輩の言葉に首を傾げる。
「貴族はお金を使うことで、民に還元しているのです」
「だから店を運営している側としては、高価なドレスを買って頂けた方が嬉しいのですよ」
使用人と店主が補足してくれた。
「お金を循環させることも、貴族の大事な役目なんだ。お金を持っている貴族が溜めこんでしまったら、お金が回らず国はどんどん疲弊していってしまうからね」
「でも先輩は、魔塔士長の給料から支払うんですよね?」
私の問いに、先輩が目を泳がせた。
「心配はいりませんよ。坊ちゃまは大公子としての仕事もこなされていますから、リュナ様にドレスをプレゼントするお金などいくらでも蓄えていらっしゃいます」
「坊ちゃまは止めて……」
「大公子殿下もこういう時こそ、貴族の役目を果たして下さらないと」
「だから買いに来てるでしょ」
女性二人にうんざりしている様子の先輩を見て思う。
坊ちゃまも大変なんだ……。
「まあ、だからあんたは気にせずに受け取ってよ」
申し訳なく思いながらも、コクリと頷く。
すると先輩が私の耳元で囁いた。
「お礼じゃないけど当日は、そのドレスで着飾ったあんたを見せて」
先輩の吐息が耳にかかり、顔に熱を帯びる。
綺麗に着飾れるように、もっと淑女教育頑張ろ。
ドレスが決まり店を出た。
「疲れていなければ、もう一軒寄りたいお店があるんだけど、いい?」
慣れない服でのおでかけに、疲れていないと言えば嘘になる。
だけど先輩と一日中一緒にいられる機会など滅多にない。
それに、こんなに堂々とデートができるのだ。
断る理由などない。
「行きたいです!」
笑顔で返答すると、先輩が安堵した表情を浮かべた。
そして馬車に乗り込み向かったのは、装飾品専門店の看板が出ているお店だった。
決して高級な装飾が売られているような店構えではなく、私でも気兼ねなく入れるような雰囲気だ。
先輩にエスコートされて中に入る。
「いらっしゃい」
無骨な店主がカウンター奥の椅子に腰をかけたまま、声をかけてきた。
「頼んでいた物、出来てる?」
気さくな感じで先輩が店主に話しかけると、店主が目を瞬いた後、大笑いした。
「どこの坊ちゃんかと思ったら、魔塔士長じゃねぇか」
「坊ちゃんは止めて……」
どこに行っても坊ちゃんなんですね。
「綺麗な嬢ちゃん連れて来るような場所じゃねぇだろうに」
「まあちょっと……」
「なんだよ。俺に紹介してくれるってか?」
「うるさいな。早くちょうだい」
ケタケタと笑いながら店主が立ち上がり、戸棚から小さな箱を取り出した。
「ほらよ。あんまり熱心に頼むから、俺も気合入れて作ってやったよ」
店主がニヤニヤしながら箱を先輩に手渡す。
「余計なこと言わなくていいから」
先輩が私の背中を押して店を出るように促す。
「また来いよ~」
軽い調子で手を振る店主を残して店を出た。
「ここの店主と凄く仲がいいんですね」
「うん……。俺の魔術の師匠なんだ」
「え!? 私、ちゃんと挨拶してないです!」
「挨拶なんかいいよ。あんたのお師匠様といい勝負になりそうなくらい、適当な人だから」
先輩にもお師匠様がいたんだ。
「その……エルメルからあんたが俺の過去を知りたがってるって聞いてたから、機会があれば合わせようと思ってたんだ」
私の知らない先輩を知っていると思って、嫉妬していた時の話だ!
恥ずかしくなり顔を隠すように両頬を抑えた。
「俺の過去なんて聞いても、面白い話なんてないんだけどね」
「そんなことないです! どんな話でも先輩のことが知れるなら、聞きたいです!」
私が迫ると、先輩が照れくさそうに頭を掻いた。
「じゃあ、また機会があれば……ね」
「はい!」
顔を見合わせると、二人で笑ったのだった。
もしかしたら次話の投稿は、少しお時間頂くかもしれません。
とか言いつつ、投稿しているかもしれませんが……。
読んで頂き、ありがとうございます。




