魔塔主
裏地が黄色の私より少し年上っぽい女性が、先程まで先輩が座っていた席の近くに立っていた。
「どうぞ」
ステーキを一旦下ろし、快諾する。
女性は断られないと思っていたのか、言い終わる前に席に着いた。
そして私の顔を作り笑顔でじっと見つめてきた。
気まずくなり飲み物を口に付ける。
「あなた……魔塔士長の恋人?」
思わず飲み物を噴き出す。
「き……昨日が初めましてですけど……?」
「そうよね~。あの魔塔士長が恋人とか、想像できない。絶対、『私と魔術どっちが大事なの!?』『魔術』って会話になりそうだもん」
先程の感じだとそうでもなさそうだけど、想像力が豊かですね……。
「見目はいいけど愛想がないじゃない。そう思うとやっぱり魔塔主様が一番よね」
「魔塔主様?」
「魔塔主様を知らないの!?」
「なにぶん一昨日まで田舎に住んでいたもので……」
「田舎にいても魔塔主様の素晴らしさくらい、勉強しておきなさいよね!!」
あまりの剣幕に体が震える。
こ……怖い……。
「魔塔主様の話をしていたのですか? 僕も交ぜて下さい」
魔塔主信者が増えた!?
裏地が緑色のフードを被った、おっとりとした様子の可愛い顔立ちの男の子が会話に入ってきた。
「僕はマウノと言います。今年で十五歳になります」
「私はリュナです。たぶん今年で十六です」
「たぶんって何よ?」
黄のお姉さんが私の挨拶に引っかかりを覚える。
このお姉さんはきっと、思ったことは口にしたい人なんだろうな。
「私、捨て子なのでよく分からなくて……」
「そうなの。ま、魔塔士なら色々あるわよね。私はコハナ。そろそろいい人を捕まえたい十七よ」
……捕まったが最後になりそうだ。
「ちなみに魔塔士長は十八で、年齢も容姿も私にピッタリだと思わない?」
聞いてもいない情報をコハナが自慢気に話す。
容姿は完全に負けていますよ。というのは黙っておこう。
「あと気になっているのは医術塔のエルメル教授かしら。二十歳になるらしいから、今が狙い目だと思っているの。でも浮気とかされそうよね」
この人なら、怨念にも打ち勝てそうだ。
それよりも『魔塔主様』はどこにいったのよ。
「まあ魔塔主様になら愛人扱いされても喜んじゃうけど」
戻ってきて『愛人宣言』ですか。
先生の愛人はダメで、魔塔主なら愛人でも喜ぶとか、崇拝している様子が尋常じゃない。
「そこまで言わせちゃうなんて、魔塔主様って相当素敵な方なんだね」
「顔は知らないけどね」
え!? 顔も見たことないのに、こんなに熱狂的な信者なの!?
「声しか聞いた事がありませんからね」
「あの声で『愛してます』とか言われたら……死ねるわ」
昇天しちゃうんだ。
声に魅了の魔術でもかかっているのだろうか?
「魔塔主様を凄く敬愛しているのね」
「そりゃそうよ。魔塔主様は私を救ってくれた神様なのだから」
「そうですね。魔塔主様は神様と言っても過言ではないですよ」
魔塔って宗教団体か何かなのかな?
「あなただってここにいるということは、死ぬほど辛い経験をしたのでしょ?」
コハナに尋ねられて首を傾げる。
「おかしいですね? 魔法は絶望と悲しみが押し寄せないと覚醒しないはずですが……」
「そうなの?」
初耳だ。
だが思い返しても辛い経験など……。
「そういえば……」
私がある出来事を思い出し呟くと、二人が耳を傾けてきた。
「昨日、子どもが木材の下敷きになったのを見て、息が苦しくなった」
二人は黙って私の話を……。
「なにそれ、ショボ」
「そんな風に言っちゃ駄目ですよ。人によって辛い感覚というのは違うのですから」
あきれるコハナをマウノが注意する。
しかしコハナは聞く耳を持たない。
「そんなので覚醒できちゃうなんて、今までよほど幸せな人生を送ってきたんでしょうね」
言い方に悪意を感じる。
嫌味だろうか?
確かに人に不幸自慢を出来るほど、自分が不幸だったとは思えない。
貧しかったけど、お師匠様と楽しい日々を過ごしていた記憶しかないから。
もし二人が凄く辛い思いをして生きてきたなら、腹立たしく感じるのも仕方ないのかも。
「ごめんなさい……」
なんだか申し訳なくなり謝ると、コハナが溜息を吐く。
「仕方ないわね。私がどれほど魔塔主様を敬愛しているか、身の上話も含めて教えてあげるわ」
「お願いします」
「私は実の親に奴隷商人に売られたの。子どもだったからわけが分からなかったけど、買われた貴族の家で自分は売られたと知ったわ」
本人の明るさからは想像できないほど、出だしから重い!
「その貴族の家でも散々酷い目に合わされたわ。鞭打ちが楽な罰だと思えるほどにね。だから魔法が覚醒した時に……殺したの。あいつら全員」
ニヤリと笑うコハナに鳥肌が立った。
魔塔って殺人者も受け入れているの!?
「もちろんすぐに捕まったわ。貴族を殺した罪で裁判もされずに即処刑も決まった。けれどそこで私を救ってくれたのが、魔塔主様だったの。正確には魔塔主様の手紙を、魔塔士長が持って来てくれたんだけどね」
「手紙にはなんて書かれていたのですか?」
マウノが興味津々で尋ねる。
私は話についていくだけでやっとなのに、もしかしてマウノも似たような経験をしているのかな?
「『魔法が覚醒するくらいの仕打ちをした貴族にも罪がある。だから彼女は処刑ではなく、魔塔で生涯幽閉の刑とする。全責任は魔塔主である私が取る』……かっこよくない!?」
興奮するコハナとマウノ。
確かに彼女は殺人犯ではあるけど、その覚醒までの経緯を考えると魔塔主が正しくも感じる。
私もお師匠様に拾ってもらわなければ、彼女と同じ人生を歩んでいたかもしれないと思うと、彼女が魔塔主を崇拝する気持ちも分からなくはない。
「だから私は魔塔から出られないけど、それでもいいの。ここで魔導具を作っていれば、それだけで魔塔主様と繋がっていられるのだから」
あれ? でも幽閉されているのに、先生とか外の情報に詳しいよね?
「エルメル先生の事とかは、どうやって知ったの?」
「半月に一回来る行商人から話を聞いたり、今みたいに雑談で情報を得たりしているの。だから魔塔士長の情報はよろしくね」
ポンッと肩を叩かれる。
この人、私から情報を搾取するつもりで近付いたんだ!
「次は僕の番ですね」
正直コハナの話でお腹いっぱいなんですけど……。
「僕はいじめです」
いじめられていたわりには、はっきりと言うのね。
辛い記憶なら思い出すのも躊躇いそうだけど。
「僕は貧しい貴族の家の出ということもあり、他の貴族の子ども達から悪ふざけで色々嫌がらせを受けてきました」
マウノの様子からも陰湿そうなのは明らかだ。
「そして二年前のあの日、剣の稽古だと言って相手が真剣を持ち出してきたんです。みんな僕が刺されたり切りつけられてもヘラヘラと笑っていて……」
陰湿より酷かった!
話を聞いているだけで泣きそう!
「僕の指が切り落とされた時、覚醒したんです。そのおかげで指は元に戻りましたけど」
マウノが両手を見せて、指を細かく動かす。
「僕の両親は相手の子を訴えましたが……」
「権力で潰されたのね」
言い淀むマウノに、コハナが貴族あるあるのように付言する。
「『ただの事故だ』『そんなつもりはなかった』という子ども達の証言と、僕の指が元に戻っているのだからいいだろうということで、罰せられずに処理されたのです」
指を切り落とされたのに、何も罰せられずに終わるなんて……。
「でも、魔塔主様がそれでは駄目だと訴えてくれたんです。実際は魔塔主様の代理で、魔塔士長が動いて下さったんですけどね」
もう先輩が魔塔主と言われても驚かないかも。
「魔塔主様が、指を切り落とした子をはじめ、見ていただけの子の指も切り落とせと命じられたのです。もちろん貴族から反発されましたけど、覚醒すれば元に戻るのだから何も問題はないだろうって仰ってくれて……」
マウノが目を潤ませながらわずかに微笑む。
「嬉しかったんです。指は元に戻っても、僕の心はずっとモヤモヤと嫌な何かで覆われていたから。それが魔塔主様のおかげで晴れたんです」
「……その……その子たちの指って……?」
「戻ってないでしょうね」
恐る恐る尋ねると、コハナが返答してくれた。
「その程度の絶望や悲しみじゃ普通は覚醒しないから」
私が普通じゃないって言いたいのね。
「それだけマウノがこれまでに抱えてきた苦しみや悲しみは大きかったってことよ」
「でも貴族の子ども達だから完全な復活は無理でも、医術塔で繋げてもらっているとは思います」
私を安心させるように、マウノが補足する。
魔塔主はやりすぎのような気もするけれど、晴れ晴れとした二人を見ていると、何が正しいのか分からなくなる。
経験した人にしか分からない辛さ。
この時の私の脳裏に、ある人物の姿が浮かび上がる。
先輩も二人のような経験をして、魔塔主に救われたのだろうか?
読んで頂き、ありがとうございます。