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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第三章 恋人編
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親の愛情

 翌日、魔塔主に呼び出されて執務室を訪ねていた。

 ペンギンが壊した扉は、綺麗に修繕が済んでいた。

 その請求分のことも少し考えて、辛い淑女教育を頑張っている部分もある。


「ドレス……ですか?」

「ええ」


 テーブルを挟んで向かいに座る魔塔主が、飲んでいたお茶を下ろしながら返事をした。


「夜会はドレス着用ですからね」

「予算がないので、給料から差し引いて頂くというのは可能でしょうか?」


 上級魔塔士になったとはいえ、貴族が着るようなドレスを買う程の給料はない。

 もし買うとなると、借金をしなければならなくなる。


「ドレスの費用の心配はいりませんよ」


 おかしそうにクスリと笑われた。


「大公家が支払いますから……と言いたいところですが、おそらくアシルが出すと言って聞かないでしょう」


 いくら恋人になったからって、そんな高価な物を買って貰えないよ!


「ご迷惑をおかけしたくないので、魔塔士の給料を前借りさせて貰えませんか?」


 お師匠様がよく使っていた手だ。

 お師匠様の場合、ちゃんと返していたのかどうかは不明だけど。


「気を遣われるのは美徳ですが、今回はあの子の顔を立ててあげて下さい」


 魔塔主が先輩のことを『あの子』と呼ぶと、二人は本当に親子なのだと実感する。

 先輩は魔塔主を父親と認めたくなさそうだけど、先輩のことを話す魔塔主からは親子の情のようなものを感じる。

 だけど先輩と魔塔主との関係は、部外者である私が立ちいっていい問題でもない。

 だって私は二人の間に何があったのか、知らないのだから。


「……分かりました。今回はお言葉に甘えさせて頂きます」


 薄く笑い返答する。

 すると魔塔主が柔らかい笑みを浮かべた。

 その表情はいつもの作り笑いとは違う、本当に優しい笑みだった。


「あの子をお願いしますね」


 これだけで察した。

 魔塔主がなぜ私と先輩との関係を推し進めようとしているのか。

 本当は父親として先輩を大事に想っているんだ。

 だけど大公という立場上、国のためにも自分の息子に魔力覚醒をさせなければいけないという使命がある。

 魔塔主だって魔力覚醒をしているということは、覚醒条件がどれほど辛いものか分かっているはず。

 おそらく誰よりも一番この仕組みを廃止したいと思っているのは、魔塔主自身なのかもしれない。

 だから私と先輩の関係に懸けたかった。

 これ以上先輩に辛い思いをさせないためにも……。

 温かい親心を知り、目に涙が溜まる。

 教えてあげたい。

 先輩はこんなにも愛されているのだと――。



 そしてドレスを買いに出かける日がやってきた。

 店主を大公家に呼ぶ話も出ていたのだが、私が平民ということもあり来店する貴族令嬢達への顔見せも含めて直接足を運ぶことになった。

 大公家では街に出ても私が馬鹿にされないように、朝から慌ただしく身支度が行われている。

 本当は訓練で体がガタガタになっていてもおかしくない状態なのだが、私には治癒魔術という最強の味方がついている。

 しかし初日の訓練翌日の、激しい筋肉痛と靴擦れの痛みには驚いた。

 さらにお師匠様と過ごしていた時は山登りなどへっちゃらだった私が筋肉痛とか、密かにショックも受けていた。


「支度が整いましたよ」


 目を開けて目の前の鑑を見た。

 ……誰!?

 自分ではない誰かが鏡に映っている。

 しかし顔を左右に動かすと、鏡の中の人物は間違いなく私と同じ方向に顔を向けてくる。


「……幻覚の魔術にでもかかっているのでしょうか?」


 眉間に皺を寄せて鏡を見ると、鏡の中の人物の眉間にも皺が寄る。


「お化粧を施して、髪を少し変えただけですよ」


 私の後ろに立つ使用人が教えてくれた。


「それだけですか!?」

「はい」


 私があまりにも驚いているので、使用人の方も心配そうに返事をする。


「凄い技術ですね。魔術がかかっているみたいです」


 感心すると使用人も嬉しかったのか、小さく笑った。


「またいつでもお化粧させて頂きますよ」

「ありがとうございます!」


 なんだかちょっと使用人と仲良くなれたようで嬉しいな。



 気分よく部屋を出て、先輩が待っている一階に向かった。

 先輩は階段下で待っており、今日は魔塔士用のローブではなく、大人っぽいシックな感じの貴族服を身に着けていた。

 ローブじゃない先輩が素敵過ぎる!

 見惚れていると視線に気付いた先輩が顔を上げた。

 顔が見えるとさらに素敵さが増す。

 そしてしばらくお互い我を忘れて見つめ合うという、謎の時間が過ぎる。


「綺麗過ぎて見惚れるのも結構ですが、あまり出発時間が遅くなるのは関心しませんよ。先方も待っているのですからね」


 先輩の隣に現れた魔塔主の言葉に我に返る。

 慌てて降りようとすると、先輩が駆け寄ってきた。

 そして数段下から私に手を差し出してきた。


「エスコートさせてくれる?」


 それはまるでお伽話に出てくるお姫様のようで、照れくさそうに微笑みながら先輩の手を取る。


「お願いできますか」

「喜んで」


 私のペースに合わせて先輩がゆっくりとエスコートしてくれる。

 まさかガサツな私がこんな扱いをしてもらえる日がくるなんて……。

 喜びを噛みしめながら一階まで下りた。


「いいですか。今日は来店した貴族令嬢達に二人の仲を知ってもらうことが目的です……が、その心配はいらないようですね」


 私達を見た魔塔主が苦笑う。

 コハナが言っていた言葉を思い出していた。

 『どんなに綺麗そうに見える恋愛だって、周りのことなどお構いなしにお互いの欲望をさらけ出し合っている』

 魔塔主から見たら、今の私達って欲望丸出しに見えているのだろうか?


「ご心配には及びませんから」


 若干の不安を感じている間に、先輩が魔塔主に挨拶を済ませていた。

 先輩は魔塔主に対しては相変わらず他人行儀だ。

 自分の子どもに冷たくされて魔塔主がどう思っているかは分からないけど、あの時の魔塔主の様子を見ていると、寂しいとは感じているかもしれない。

 いつも通りの作った笑顔で見送ってくれている魔塔主を残して、馬車に乗り込んだ。


 前に座る先輩を窺う。

 先輩と魔塔主の関係で、余計な首を突っ込んではいけないのは分かっている。

 だけど、自分の素直な気持ちくらいは言ってもいいのかな?


「私、本音を言うと魔塔主様には感謝してるんです」


 先輩は黙ったまま、私の話に耳を傾けてくれている。


「もちろん、先輩を覚醒させるために酷いことをしたことについては許していません。それでも私を王様の相手ではなく、先輩の相手として認めてくれていることにはお礼を言いたいと思っています」


 思うところがあるのか、先輩が思案するような仕草をした。


「先輩が強いのは知っています。それでも神の代行者が私を狙っている中で、王族や魔塔主様まで敵に回して対抗するのは、さすがの先輩でも難しいと思うんです」


 あの日の出来事を思い出して俯く。


「だって強いと思っていたお師匠様でさえ、奴等に手も足も出せずにやられたんですから」


 声が震える。


「私はもう二度と、大切な人達を奪われたくないんです!」


 ポロリと涙が零れ落ちる。

 顔を上げると近くに移動していた先輩に抱きしめられた。


「だから魔塔主様が私達の味方になってくれたことは、感謝したいんです」

「あんたの気持ちは分かったよ。あの人がなにを考えているのか息子の俺でも測りかねる時はあるけど、今だけは心強い味方だと思っておくよ」


 ポロポロと涙を流しながら我に返る。


「しまった! せっかく綺麗にしてもらったのに、化粧が落ちちゃう!!」

「大丈夫だよ。こんな時のために付き添いの使用人がいるんだから」


 余計な仕事を増やしてしまって申し訳ないです。

 コルセットの拷問だけじゃなく、化粧をしたら泣くことも許されないなんて、貴族令嬢って本当に大変なんだな……。





読んで頂き、ありがとうございます。

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