淑女教育
大公家にしばらく居座ることが決まり、二人への挨拶と荷物を取りに魔塔に戻って来ていた。
「付き合うことになって早々、花嫁修業なんて大変ね」
他人事のようにコハナが言う。
「大公家の教育となると、相当厳しいものになりそうですね。大丈夫なのですか?」
「これが大丈夫そうに見える?」
げっそりとした顔をマウノに向けた。
「死相が出ているわよ。綺麗な花畑を見たら、川は渡らないことね」
経験者は語るというやつだろうか?
しかもただの淑女教育なのに、死ぬこと前提で話が進んでいる。
あながち間違っていないかも……。
「実はもう、始まってるの……」
二人が驚きの顔を見せる。
「もういつ呼吸が止まってもおかしくない状況よ」
「ああ……なるほど……」
二人が私の腰に目を向けた。
察してくれてありがとう。
「ほんと貴族の女性って変よね。腰回りが細いのが綺麗だとか」
コハナがあきれた様子で言った。
「僕の母も身分が低いから馬鹿にされないように、体型には気を遣っていますね」
「体型気にする前に、これ、絶対寿命縮めてるから……」
圧迫によりまともに呼吸が出来ない。
「私、大公妃なんて興味なかったけど、今回ほど大公妃になろうと思ったことはなかったわ。大公妃になったらまず、このくだらない美意識を無くしたい」
「切実な願望ね」
短い溜息を吐いていると、コハナが興味津々で聞いてきた。
「それよりも魔塔士長の父親ってどんな人だったの?」
圧迫された臓器が口から飛び出そうになる。
「私の予想だと魔塔士長があの顔立ちだから、結構ダンディーなおじさまを想像してるんだけど」
魔塔主イコール大公って、人に話していい情報なのだろうか?
先輩も魔塔主も公開していないということは、あまり知られてはいけないのではないかとも思う。
「魔塔士長の年齢を考えれば、四十歳近い年齢でしょうか?」
マウノも視線を斜め上にして想像し始める。
見た目は完全に詐欺ですよ。
たぶん大公が魔塔主と言っても、誰も信じない気がしてきた。
「まあどんなに素敵でも、私よりも年上の子持ちは嫌かな。そう思うと、やっぱり魔塔主様が一番よね!」
その魔塔主がコハナより年上の子持ちですから!!
「あんた顔色悪いけど、大丈夫?」
つっこみどころが満載すぎて、わずかに残っていた体力がすり減る。
これ以上ここにいたら、臓器と共に色々暴露してしまいそうだ。
そろそろ出ようと立ち上がり、最後にコハナの肩を優しく叩く。
「コハナ……男は星の数ほどいるからね……」
唯一私が言えたのは、それだけだった。
そして大公家での恐怖の生活が始まった。
「その本を一冊でも落としたら、最初からやり直しです」
その本とは、私の頭の上に乗せられた本のことである。
本とは本来読む物では? と思いがちだが、コハナが枕にして寝ていたり、お師匠様も重石代わりに使っていたことがあったりと、本の使い道の広さには驚かされる。
そんな下らないことを考えながら、ホールをグルグルグルグル回らされる。
ようやく解放されて食事と喜んだのも束の間だった。
「リュナ様は基準よりも少しふくよかなので、夜会までの間は食事制限をさせて頂きます」
そう言って目の前に出されたのは、サラダのみ。
お師匠様に山に生えている草やキノコを食べさせられた日々を思い出す。
思い出の味だと思えば、これだって十分美味しいから!
私の涙がいい塩梅になっているサラダを、噛みしめる。
そして昼からは座学。
「夜会に参加する貴族達の名簿です。全ての参加者の名前と特徴を覚えて下さい」
そう言われて机の上に置かれたのは、細かい文字が書かれた山積みの書類。
まるで先輩の部屋の机の上のようだ。
先輩はいつもこんなげっそりするような紙と向き合ってるの?
これからはもっと短く分かりやすいレポートを提出するように、心がけよう。
そしてようやく夜になった。
大公家に用意された部屋で、ペンギンにお菓子をあげていた。
ペンギンが私の魔力が魔塔から消えたことを心配して先輩の部屋に乗り込んできたという話を聞き、再び心配させてはいけないと思い大公家に出入りできるように許可をもらったのだ。
だが、空腹の私にはこの時間が今はきつい。
ペンギンにあげているお菓子を食べたくなるからだ。
極力ペンギンとお菓子を見ないように視線を逸らす。
そんな私の心情を察したのか、食べている途中でペンギンが立ち上がった。
「クワッ」
気にするなとでも言いたげに私に向かって一鳴きすると、ワープを出して精霊の森に帰って行った。
私が不甲斐ないばかりに、自分の使い魔に気を遣わせてしまった……。
確かに純粋覚醒とか王族が望んでいるとか、私は巻き込まれた側ではある。
だから嫌なら逃げ出せばいいのだ。
残ったお菓子に視線を落とす。
それでも苦しいことや大変なことに耐えてここまで頑張っているのは、先輩の周囲の人達に認められたいからだ。
大公家の人達は魔塔主の命令だから私にも丁寧に接してはくれている。
けれどやはり私は平民で、先輩は大公家にとって大事な跡取りだ。
心の中では私と先輩の結婚を、誰も認めたくはないだろう。
たぶん先輩は私が粗相をしようが、貴族らしくなかろうが、ちっとも気にしないだろうし、私のために平民になることまで考えてくれるかもしれない。
だけどそれじゃ駄目なんだ。
先輩の傍にいると決めた以上、先輩がどんな生き方を選んでも付いていけるように、私も合わせられるようにしていかなきゃいけないんだ。
お菓子の袋をクシャリと握り潰す。
弱音を吐いている場合じゃない!
お菓子の袋を握りしめたまま、勢いよく立ち上がる。
すると扉がノックされて、思わず固まった。
決意はしたが、正直今日はもうクタクタだ。
これ以上の試練は避けたい。
こういう時は、寝たふりが一番!
急いでベッドに潜り込む。
「もう寝たの?」
廊下から聞こえてきた声に、寝たばかりのベッドから飛び起きた。
そして扉に駆け寄り、勢いよく開く。
扉が開く音に、戻ろうと歩き出していた先輩が振り返った。
自分の中では頑張ろうと気持ちを奮い立たせたが、想像以上に心の中はストレスを抱えていたようで、先輩の顔を見た瞬間に涙が零れ落ちる。
気付くと扉が閉まる音と共に、先輩の匂いに包まれた。
「誰に何をされたの?」
怒っているような低い声が、頭上から聞こえてきた。
「心細くなって泣いちゃっただけで、誰にも何もされてません!」
慌てて弁明しようとすると、先輩が私から離れようと体を離しかける。
咄嗟に先輩の背中に手を回し、離すまいと捕まえた。
「もう行っちゃうんですか?」
忙しい先輩を拘束してはいけないと思いつつ、もう少し傍にいたいという思いが抑えきれない。
寂しそうに尋ねると、先輩が離しかけた手を戻す。
「どこにも行かないよ。ちょっと大公に文句を言いに行こうとは思ってたけどね」
「魔塔主様は未熟な私を淑女にしようと、最善を尽くしてくれてます。それに応えられない自分に不甲斐なさを感じて落ち込んでいただけですから」
私の背中に回している先輩の手に、わずかな力がこめられた。
「……俺はあんたに辛い思いはして欲しくない」
顔を上げると、悲しそうな顔で見つめ返される。
「本当はこんな無意味なこともさせたくない。あんたが辛いなら、一緒に国外に逃げてもいいとさえ思ってる」
「魔力持ちでも国外に行けるのですか?」
以前の話だと、魔力持ちを管理するために魔塔が存在している。
そう易々とこの国から出してもらえるとは思えない。
「俺を誰だと思ってるの? 国外に出るくらい、わけないよ」
先輩の得意気な顔に、つられて笑う。
「だから一人で悩まないで。あんたには俺が付いているんだから」
優しい手付きで頬を撫でられた。
「じゃあ、一つだけ甘えてもいいですか?」
「一つと言わずにいくつでもいいよ」
「毎日、先輩の顔が見たいです」
微笑むと、先輩が真っ赤な顔を隠すように片手で覆った。
「あんたそれ、反則だから……」
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