招待
目を覚ますと、見慣れた天井とはちょっと違う天井が見えた。
「目、覚めた?」
手の上に顎を乗せて肘をついた状態の先輩が、ベッド近くの椅子に腰をかけながらこちらを見ていた。
嫌な予感に、かけられている毛布に視線を落とす。
自分の物ではない毛布に、視野の端に映る見たことのない部屋に固まる。
もしかしてここって、先輩の部屋の寝室!?
「ベッドの方が気持ちよく寝れるかと思って、勝手に運んだんだけどよかった?」
私の衝撃を察した先輩が教えてくれた。
よくもなにも私、キスする前に気絶しちゃったんだ!
「先輩! キスして下さい!!」
「えぇ!?」
半泣き状態で先輩の胸を掴む。
「私、私……キスしたかった!!」
せっかくのチャンスを緊張で棒に振ってしまった!
後悔だけが残り、自分の不甲斐なさから涙が出る。
するとおでこに唇の感触がした。
「キスくらいこれからいくらでも出来るでしょ。ゆっくり慣れていけばいいよ」
赤くなる顔で額を抑えながら見上げると、先輩が微笑む。
先輩は優しくてなんでも完璧で、野生児の私とは正反対だ。
もっと先輩に相応しい女性になりたい!
先輩の部屋から自室に戻る。
寝室に入るもペンギンは来ていないようで、ペンギン用のベッドはもぬけの殻だった。
今日は来てないのかな?
キョロキョロと部屋を見回すと、黒猫が私の横をよぎる。
この黒猫、魔塔主の使い魔の黒猫じゃないの?
『主に呼ばれて迎えに来たわよ』
……。
「猫が喋った!?」
『私をその辺の使い魔と一緒にしないで。話すことなんて造作もないんだから』
「凄い! 会話も出来てる! 賢いのね!」
尊敬の眼差しで見つめていると、照れたように猫が自分の顔を撫でる。
『ほ……褒めたってなにも出ないにゃ~』
可愛い!!
猫を抱き上げる。
『ちょっと! 気安く……ゴロゴロ』
撫でてあげると気持ちよさそうに喉を鳴らす。
ペンギンも可愛いけど、猫もいい!
『あ……あんた……なかなかやるわね……』
あらがおうとしたのか、猫が私の腕の中で疲れきっている。
呼吸が落ち着いてきた猫が、私の腕から飛び降りた。
『気持ち良すぎて余計な時間を使ったわ。主が待ってるんだから、早く行くわよ!』
猫が私を見上げる。
するとしゃがんでもいないのに、徐々に目線が床にいる猫に近付いていく。
驚き体を確認すると、下半身が黒い影に飲まれていた。
「体が吸い込まれてる!?」
『私は影を操る使い魔なの。貴重な体験をさせてあげてるんだから、感謝しなさい』
同じ目線になった猫が不敵に笑う。
そしてそのまま体が影に飲み込まれていった。
『着いたわよ』
閉じていた目を開けると、赤い絨毯が敷き詰められた広い廊下に立っていた。
奥には両開きの大きな扉がある。
『こっちよ』
猫が両開きの扉に向かって歩く。
「あなたの主って、魔塔主様なんだよね?」
『そうよ。主は完璧な人なんだから』
得意気に話す猫にある人物と重なる。
なんだかコハナみたいだ。
コハナはペンギンとは相性が悪そうだけど、この猫とは気が合いそうだな。
『扉を開けなさい』
言われた通りに重い扉を開ける。
中に入ると高級そうな家具が配置されていたが、その配置が先輩の部屋とよく似ていた。
「待っていましたよ、リュナ上級魔塔士」
執務机で仕事をしていた魔塔主が立ち上がる。
ホールでしか見た事がなかったから、生きているのか疑わしかったけど、ちゃんと生活してるんだ。
「なにか飲みますか?」
手でソファーに促されながら、尋ねられる。
言葉が出ず、首だけ横に振った。
魔塔主は小さく鼻で笑うと、魔術でお茶を淹れ始める。
先輩が見せてくれた物を動かす魔術だ。
カチャリと湯気が出ているお茶が二つ並べられる。
「どうぞ」
薄い笑みを浮かべながら、勧められた。
出された物を飲まないのは失礼かと思い、ソファーに座りお茶を一口含む。
この味!
先程先輩の部屋で飲んだお茶を思い出す。
同じ味だ。
「美味しいですか?」
意味深長な問いにカップの持ち手に力が入る。
もしかして、先輩とのやり取りを見られていた?
コハナの使い魔も偵察が可能だ。
ソファーにくつろいでいる猫を窺う。
「見ていたのですか?」
尋ねると魔塔主が吹き出す。
面白い話はしていないのだけど?
訝しそうに眉を寄せた。
「すみません。アシルと同じ反応をするもので、面白かっただけです」
先輩が来てる?
「アシルならいませんよ。以前の話ですから」
ということは使い魔の猫を使って、しょっちゅう偵察しているのだろう。
コハナやマウノが魔塔士は監視されていると言っていた。
だから魔塔のトップである魔塔主なら、偵察していてもおかしくはない。
それでも……。
「覗き見は、悪趣味だと思います」
いくら魔塔主とはいえ、人の恋路を盗み見ていいはずがない。
「相手があなたでなければ、盗み見をするつもりなどありませんでしたよ」
どういうこと?
「感染症が蔓延していた時、あなたは神の代行者と対峙したのでしょう」
「はい」
先輩も知っていることだし隠す必要もないため、素直に返事する。
「その時私とアシルは、奴等のアジトにいたのですよ」
「アジトですか!? なにか分かったのですか!?」
「ええ。面白いことが書かれた紙が残されていました。今は王族同士を争わせるために、わざと残したのではないかとも考えていますけどね」
王族同士を争わせる……。
そういえば先輩は私が純粋覚醒だから、王族の争いに巻き込まれると言っていた。
それと関係があるということ?
考え込んでいると、魔塔主と猫がなにかに反応した。
「どうやら何者かが侵入したようですね」
魔塔主と猫が警戒する。
何者かって、まさか神の代行者!?
しかし次の瞬間、激しい破壊音と共に姿を見せたのは……。
「グワッ!!」
「リュナペンギン!?」
怒っている様子の、私の使い魔だった。
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