恋人初心者
頬が緩みっぱなしの私を、コハナがあきれたように眺める。
「先輩に会いたいけど、会いに行ってもいいのかな?」
二人に後押ししてもらいたくて言ってみる。
「結果は分かりきってはいましたが、コハナさんの言う通り、本当に欲望丸出しになるのですね」
「よく見ておきなさい。あれほど恥ずかしい丸出しはないのよ」
「確かに冷静な人から見ると、少し恥ずかしくなるくらい浮かれていますね」
二人とも、酷い。
「そ……そりゃあちょっとは浮かれてるけど」
「ちょっと?」
コハナが引っかかりを覚える。
「……かなり浮かれてるけど、でもねでもね、先輩にね」
「愛してるって言われたんですよね」
「そうなの!」
「もうそれ、何十回って聞いたから」
何度聞いてもいい響きだ。
「しかし大公子の問題は大丈夫なのですか? 魔塔士長のことですから、身分なんか関係ないとか言いそうですけど、現実問題は難しいですよね?」
問題はそこなのだ。
先輩は私が王族の争いに巻き込まれるかもしれないと言っていた。
原因は私が純粋覚醒だからだとか……。
「二人は純粋覚醒って、知ってる?」
「純粋覚醒ってあれでしょ。初代王が負の感情の蓄積による覚醒じゃなくて、精霊の森に入ったことで覚醒したってやつでしょ」
「初代王以外で純粋覚醒をした人間がいないことから、純粋覚醒をする者は神格化されるというのは聞いたことがあります」
「神格化!?」
自分が神のように扱われると知り、思わず声を上げる。
やはり自分が純粋覚醒だったというのは、間違いなのではないだろうか?
「純粋覚醒なんて、神話じみた話なんだから実際にはないわよ」
「そ……そうだね……」
まさかそんなに凄いものだったなんて……。
「ただ初代王の覚醒方法も詳細が残っていないので、純粋覚醒ではないのではないかという説もありますね。初代王は奴隷として辛い日々を送っていたので、偶然逃げた先の精霊の森で覚醒してしまっただけではないかとも言われています」
「そうなんだ」
マウノの話を聞いて少し安堵した。
やはり純粋覚醒などないのかもしれない。
きっとお師匠様の死を目の当たりにして、覚醒したんだ。
その日の夜、先輩の部屋に呼ばれた。
あの告白から初めてのお呼ばれに、緊張しながら板に乗る。
部屋に到着すると、先輩はいつものように仕事机に向かっていた。
なんだかいつもと変わらない光景に、本当に両想いになったのか不安になる。
しかしその不安もすぐに消えた。
「そこに掛けて、少しだけ待ってて」
私が立っているのに気付いた先輩が顔を上げ、来客用のソファーに視線を向けた。
「お邪魔します……」
ソファーに座るように促されたのは初めてだ。
なんだか特別な存在になったような気分になる。
難しそうな顔で書類と睨み合っている先輩を窺う。
そういえば仕事をしている姿はいつも見ていたけど、こうやってじっくりと見たことはなかった。
なんだか格好いいかも……。
見惚れていると、先輩が私の視線を遮るように片手で顔を隠す。
「恥ずかしいから、あんまり見ないでくれる?」
その顔は真っ赤に染まっていた。
今までだって何度も先輩の仕事している姿は眺めている。
それなのに急に照れるようになったのは、私が先輩に見つめられてモジモジしてしまうのと一緒なのかも。
恥ずかしそうにする姿が可愛くて、なんだか嬉しくなる。
「は~い」
おかしそうに笑いながら返事をすると、先輩がむくれた。
どんな姿も愛おしく感じるのは、やっぱり愛なんだろうな。
先輩のペンを走らせる音を心地よく聞いていると、仕事が片付いたのか椅子を引く音が聞こえてきた。
「なにか飲む?」
戸棚に向かう先輩が私に声をかけてきた。
「じゃあ先輩がいつも飲んでいるものが飲みたいです!」
先輩が少し考えてお茶を淹れ始める。
出てきたのはしっかりとした味わいなのに、癖が少ない紅茶だった。
「なんだか高級そうな味ですね。初めて飲みました。先輩はいつもこの紅茶を飲んでいるのですか?」
私の問いに先輩が視線を泳がす。
「いつもは面倒だから、簡単に淹れられるお茶しか飲んでない……」
「それなのにわざわざこんな高級なお茶を淹れてくれたのですか?」
「あんたには格好いいところを見せたかったの」
照れ隠しのように先輩が紅茶を一気飲みする。
熱くないのだろうか?
揺らめく紅茶を眺めた。
「どんなお茶を淹れてくれても、先輩は格好いいですよ。だから次は先輩を知りたいので、いつも飲んでいるお茶をご馳走して下さいね」
「本当にただのお茶だよ?」
「先輩と同じ味を共有できるだけで、嬉しいですから」
微笑むと先輩が照れたように笑った。
「それよりもなにか用があって呼んだのではないのですか?」
いつまで経っても要件を話してくれないので、こちらから尋ねてみた。
先輩が困ったように顎を引き、上目遣いで私を見た。
「その……一緒にいたかったから呼んだんだけど、駄目だった?」
用事がある時しか呼ばれたことなかったから思いもしなかった。
会いたければ、会っていいんだ!
「駄目じゃないです! ……私も、会いたかったですから……」
恥ずかしさから段々小声になるとともに、視線が下に下がっていく。
すると隣のソファーから軋むような音が聞こえてきた。
「会いたかったら会いに来てよ」
向かいに座っていた先輩が隣にきており、私の耳元で囁く。
甘く痺れるような声に、バクバクと心臓が打ち付ける。
先輩が隣で私の髪をいじりだす。
「ご……ご迷惑じゃないですか?」
触れられているのは髪なのに、燃えるように熱く感じる。
「あんたなら大歓迎だよ」
髪を触っていた先輩の指先が、私の顎をなぞる。
ギャーーーーー!! どうしよう!!
妖艶な雰囲気に、心臓の鼓動がさらに早さを増す。
それにより、脳内が異常なくらい回転しだす。
つまりパニック状態に陥っていると言いたいのだ。
「リュナ」
優しく名前を呼ばれて、顎をなぞっていた指が隣を向かせる。
息……息……息を止めねば!!
恋愛初心者には難易度が高かった。
緊張と息を止めてしまったことが原因で、そのまま気絶してしまったのだった。
悩んだ末、あげてしまった……。
途中でお休みしたら、ごめんなさい。
読んで頂き、ありがとうございます。




