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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第二章 両片思い編
39/72

時間の流れ方(アシル視点)

 審査会が終わった。

 甘口の自分と葛藤しながらも、なんとか気持ちを抑えながら魔塔士長としての任務を果たせたと思う。

 魔塔士に好きな人が出来ると、こういう弊害もあるのか……。

 今回の審査はいつも以上に疲れた。

 そしてこれからもっと疲れることをしなければならない。

 送られてきた、封すら開けていない令嬢からの手紙を横目で見る。

 審査会が終わった今、こちらの問題に取り掛からなければいけない。

 リュナに危害を加えるかもしれない奴等の尻尾を掴んだんだ。

 憂鬱でもなんでもやるしかない。

 そんな矢先だった。

 イサベラという女性が魔塔に来ていると、リュナに告げられた。

 ターゲットを名前で呼んだことがなく、一瞬誰か分からず考え込む。

 そして机にある手紙の差出人の名前を見て、ようやく思い出しす。

 よりによってリュナに婚約のことを知られるとか、最悪だ。



 入口で待っていたイサベラを連れ出す。


「アシル様にお会いしたくて来てしまいました」


 可愛く言われても、全然心に響かない。

 むしろ今は余計なことをしに来たことに、嫌悪しているくらいだ。


「本日の夜に屋敷に伺うと、手紙を送ったはずですが?」


 不機嫌を隠す気もなく冷たく言い放つ。

 そんな俺にイサベラが儚げに目を伏せた。


「婚約者なのになかなかアシル様にお会いできなくて、寂しかったのです」


 ぞわりと鳥肌が立つ。

 最近はリュナと一緒にいることが多かったから忘れていたが、俺はこういう女性が苦手なんだ。

 表向きは可憐に見えても、裏では何をしているかわかったものではない。


「時間になったら向かいますので、先に帰っていて下さい」

「そんなことを仰らずにせっかく来たのですから、魔塔の中を案内して下さいませんか?」


 俺の腕に手を伸ばしてきたイサベラの手を、思わず避けるように腕を引いた。

 イサベラの手が虚しく宙に浮く。


「まだ仕事が残っていますので、失礼します」


 これ以上は限界と感じて、魔塔に戻ったのだが……。


『あんたねぇ。十秒接触しなきゃ影に潜れないでしょ!』


 部屋に戻ると俺の影に隠れていた黒猫が出てきて怒り出す。


「約束は屋敷に行く夜の予定でしょ」

『そんなことじゃいつまで経っても接触なんて無理よ』

「その時になったらちゃんとやるから」


 リュナに関わることだ。

 どんなに苦痛だろうが、やりこなしてみせる。


 とは言ったものの……。


「いや~。大公子殿下が我が家においで下さるとは、夢のようです」


 ゴテゴテの装飾品に、貴族らしいどっぷりと肥えた体系。

 無理だ……。

 拒絶反応に、迫るイサベラの父親から一歩後退る。

 その瞬間、影から鋭い視線が送られてきた。

 死地に立たされるとはこういう気分なのだろうか?

 覚悟を決めて手を握り、カウントを始める。

 三秒が三時間のように長く感じられる。

 父親が手を離そうと力を緩めてきた。

 あと七秒も残っているんだけど!?

 もうなるようになれ!


「俺も呼んで頂けて、嬉しく思っています!」


 やけになって起こしたのは、ハグだった。

 七……八……。

 心の中で長い時を数える。

 九……十!

 カウントを終えるとともに、すぐに体を離す。


「殿下がそんなに喜んで下さるとは……」


 頬を染めて恥じらう父親に、ゾッとなる。

 吐きたい……。


「お父様だけずるいですわ。婚約者の私にはないのですか?」


 俺と父親の熱いハグを見て嫉妬したのか、イサベラが俺に擦り寄ってきた。

 勘弁してよ……。

 げっそりしていると助け船を出してくれたのは、父親だった。


「結婚前の娘が人前で抱き合うなど、はしたない行為だぞ。お前は殿下を食堂まで案内して差し上げなさい」


 頬を膨らませるイサベラを尻目に、父親が俺にウィンクしてくる。

 それを直に受け取ってしまい、鳥肌が立った。

 早く魔塔に帰りたい!!


 影に上手く潜めたかの確認のため、一晩屋敷に泊まらせてもらうことになった。

 もし秒数が足りなければ、また一からあの悪夢を味合わなければいけないからだ。

 これほど成功していることを、神に祈ったことはない。

 あちらはそうとも知らずに、俺の宿泊を歓迎してくれている。

 しかし俺にとってはここからも、長い恐怖との戦いとなった。

 なぜなら夜中にイサベラが何度か部屋の扉を叩きに来ていたからだ。

 寝たふりを決めこんだが、いつ乗り込まれるか分からない恐怖に眠れぬ夜を過ごすことになった。

 そんな翌日、ようやく解放されると安堵した俺に新たな仕打ちが訪れた。

 俺を魔塔まで送りたいと、イサベラが言い出したのだ。

 街に寄りたいから歩いて帰ると断ったのが、運の尽きだった。

 それならば馬車で送る途中で、デートをして帰ればいいと余計な提案をされてしまったのだ。

 貴族派なのにここまで王族派と親密になろうということは、俺からなにか情報を聞き出そうとでもしているのか?

 逆に情報を手に入れるために近付かれたとも知らずに?

 貴族の影にチラリと視線を向ける。

 頼むから早くなにか情報を入手してよ。

 これ以上この親子との接触は、俺の身がもたないから!


 馬車で移動中、イサベラが俺の隣に座ってきた。


「アシル様とお出かけできて、嬉しいです」


 上目遣いで可憐な女性を演じるイサベラに嫌悪する。

 エルメルなら喜んで手を握って「俺もだよ」とか言っていそうだ。

 だが俺は耐えられずに、一歩隣にずれて離れた。


「アシル様……」


 イサベラが俺の腕に手を回して、肩に寄りかかろうとしてきた時だった。


「止めて!」


 目に飛び込んできた光景に、思わず馬車を止めさせる。

 そして馬車から降りると向かったのは、以前リュナのために買ったマカロンのお店だった。

 店の前で楽しそうに話していたのはエルメルと……リュナ?


「アシル様?」


 イサベラが俺の腕に手を回しているのも気付けないほど、心の中が荒れていた。

 なんでリュナとエルメルが一緒にいるの?

 なんでリュナは笑っているの?

 俺以外の奴に笑顔を見せないでよ!

 なりふり構わず二人に声をかけ、リュナの肩に手を回すメルメルの腕を掴んだ。

 茶化すように笑うエルメルに、初めて怒りを感じる。

 今までは冗談だと聞き流せていたけど、これは冗談では済まされない。

 しかしリュナ自身がエルメルに送ってもらうと言い出し、言葉を失った。

 拒絶され、エルメルの服を掴むリュナに密かにショックを受ける。

 リュナはもしかしてエルメルが好きなの?

 一抹の不安を過らせていると、エルメルの一言で我に返る。


「そういうことだから、アシル君はちゃんと()()()ちゃんを送ってあげなよ」


 そうだ。俺は今、任務の最中だ。

 イサベラを窺うと、不安そうな顔で俺を見ていた。


 帰りの馬車の中ではお互い無言のままだった。

 この時の俺はリュナとエルメルが今どうしているのかということで、頭がいっぱいだったからだ。

 そんな俺の姿にイサベラは、俺の想い人が誰かを察したのかもしれない。

 だからリュナを呼び出して、貴族令嬢達で辱めようと企んだのだろう。

 純粋無垢なリュナには、貴族令嬢達の遠回しな毒舌などビクともしなかったようだけどね。



 イサベラの屋敷から、リュナと一緒に魔塔に帰ってきた夜。

 最悪な形となって奴等が動き出した。

 盗まれた病原体が、ついに悪用されてしまったのだ。

 俺はすぐに魔塔主の元に移動した。


「医術塔にも連絡を入れましたし、村が封鎖されるのは時間の問題でしょう。奴等の行方は猫達に追わせています」


 猫とは黒猫の手下のような存在で、魔力を必要としない分、眷属よりも効率がいい。

 でも眷属だって魔力を必要としたからリュナの異変に気付けたんだ。

 魔力を必要としないからいいとも限らない。

 という対抗心を密かに心の中で燃やす。


「黒猫はなんて言っているのですか?」

「病原体を盗んだのは、間違いなくあなたの婚約者の叔父だそうです。屋敷に密かに送られて来た手紙に、それらしい文言が書かれていたそうです」

「ではすぐにでも奴等を捕らえて……!」

「アシル、落ち着きなさい」


 早く婚約を解消したい思いが先走る。


「彼らは唯一奴等と接点があるのです。ここで捕らえてしまったら、証拠の全てが消されてしまいます」


 つまり、証人にもなる貴族共々始末されるということだ。


「奴等のことは私に任せて、あなたは魔塔士長として王宮に行き、感染症対策に尽力しなさい。恐らく魔塔に援助要請は出ないでしょうけどね。これは医術塔が招いたミスですから、彼等は自分達で片付けたいところでしょう」


 つまり王宮に滞在して、情報を探れということか。

 しばらくは王宮から出られなさそうだな。

 手のひらをジッと見つめる。

 最後に会ったのは、イサベラの屋敷から帰る時だったよね。

 ここに来る前に、リュナに会っておけばよかった。

 数時間前に会ったばかりなのに、もう会いたくなる。

 恋って不思議だと思う今日この頃なのだった。





読んで頂き、ありがとうございます。

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