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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第二章 両片思い編
37/72

 数日が過ぎるとさらに感染は拡大していた。

 そして徐々に死者数も増えている状況に、王都封鎖の話まで持ち上がっていた。


「医術塔が拒絶しているのか、魔塔士に応援要請が来ないですね」


 最近の私達の話題はというと、もっぱら感染症の話である。


「要請が来ないなら来ないでいいじゃない。あいつらだけでやらせておけば」

「でも患者さんのことを考えれば、意地を張っている場合でもないと思うんだけど……」

「出た、お人好し。だいたい魔塔士長だってずっと不在なんだから、私達が勝手に動くわけにはいかないでしょ」


 先輩は感染が拡大してから魔塔を不在にしている。

 魔塔は王族派と言っていたことからも、王国の危機に協力するために動いているのだろう。

 眼鏡にも釘を刺されたし、勝手な真似をするつもりはない。

 それでも苦しんでいる人がいると思うと、歯がゆくはなる。

 三人で食堂を出ると、門番が私を呼び止めた。


「入口にイサベラ嬢の付き人と名乗る方がいらっしゃっていますが、如何なさいますか? 魔塔士長にご用事があるようですが、不在を告げたらリュナ上級魔塔士を呼んで欲しいと言われました」


 前回まで堂々と中に入っていたのに、門番を通すなんてどういう風の吹き回し?


「きっと魔塔士長から出禁にされたのでしょう」

「そりゃあ魔塔士を誘拐したんだから、誘拐犯をそう易々と魔塔には入れられないわよね」

「誘拐じゃないから……」


 二人の発言に苦笑う。


「何やら切羽詰まったご様子でしたが、いかがいたしましょう?」


 門番がおずおずと尋ねてくる。

 こんな時だし、なにかあったのかも。


「分かりました。会ってみます」

「リュナ!?」

「リュナさん!?」


 声を上げる二人を見た。


「もちろん二人も付いてきてくれるでしょ?」

「もちろんです」

「扉の手前までならね」


 コハナはこういうところが結構律儀なんだよね。

 三人で入口に向かい扉を開けると、付き人が掴みかかってきそうな勢いで迫ってきた。

 しかし私に向かって伸びてきた手は、魔塔に入るか否かの寸前でバチリッという音と共に、青い光が付き人の手に流れる。

 痛かったのか、付き人はすぐさま手を引っ込めた。


「勝手に入らないで下さい!」


 門番が慌てて外に出て、付き人を槍の柄で付き人を押した。

 二年前の私を見ているようで、なんだか懐かしい。


「どうか、お嬢様を助けて下さい!」


 私から離された付き人が、私に向かって頭を下げた。

 付き人の乱れた髪や服装からも、ただならぬ気配を感じる。


「なにがあったのですか?」

「お嬢様が……白い仮面の白いローブの集団に誘拐されたのです……」


 ドクリと心臓が嫌な音を立てた。


「……どういうことですか?」


 平静を保ちながら尋ねる。


「今、国で起きている感染症の援助のため、お嬢様が救援物資を届ける役目を名乗り出たのです。私の仕えている家は、医術塔と密接な関係もあり、またお嬢様自身、先日のアシル様に見限られたことに悩んだ末の申し出だと思います」

「他の貴族がいる前で盛大に怒られたから、きっと人気回復を図ろうと画策したのよ」


 コハナが私に耳打ちする。


「しかし物資を届ける途中で、その者達に阻まれて、お嬢様は……」

「……それならまず、医術塔や騎士に相談するべきなのではないですか?」

「その者達は魔術を使ったんです!」


 その場にいた全員が息をのむ。

 お師匠様にかけていた黒い魔法陣。

 『神の代行者』は魔術が使える人間だとは思っていたけれど、魔塔士の中にも奴等の一味がいるのだろうか?


「だから魔塔士長であるアシル様に相談しようと伺ったのです!」


 付き人は顔を覆い泣き崩れた。

 イサベラは救援物資を運んでいただけで、神の怒りとやらに触れるような行為はしていない。

 なのになぜ奴等は狙ったの?

 今回の感染症と関係がある?


「お願いします! 相手が魔術を使う以上、対抗できるのは魔塔士しかいません! お嬢様を助けて下さい!!」


 先輩の婚約者ということで羨ましいと思ったりはしたけど、イサベラ本人に対しては嫌な感情を抱いていない。

 先輩がいない今、話を聞いた私達で助けられるなら助けてあげたいとも思う。

 返答に悩んでいると、私達の後ろから冷淡な声が飛んできた。

 振り返ると眼鏡をクイッと上げた人物が立っていた。


「魔術を使う人間が相手なら、魔塔が無視するわけにはいきませんね。魔塔主任に相談してみましょう」


 眼鏡の提案で魔塔主任の部屋に向かうことになった。


「……そういう組織があると噂には聞いていたけど、まさかこんな時に現れるなんて……」


 事情を聞いた魔塔主任が、私達と眼鏡を部屋に招き入れてくれたのだ。


「魔術を使う者がいるなら、魔塔士で捕らえる必要があります」


 眼鏡が主任に意見した。


「私も罪のないイサベラさんを放置しておくわけにはいかないと思います」


 私の言葉に、魔塔主任が難しい顔で考え込む。

 魔塔士長が不在の今、判断の有無は魔塔主任が担うことになる。


「ここに上級魔塔士が三人揃っています。偵察に向かうだけでもどうでしょうか?」


 眼鏡が私とマウノを見て、提案する。

 迷う魔塔主任への的確なアドバイスに関心した。

 さすが元魔塔士長代理。

 魔塔士長の座を狙っていただけはあるようだ。


「ちょっと待ってよ! 私だけ仲間外れ!?」

「君は幽閉の刑を受けているだろ」


 眼鏡が話しにならないと話を続けようとした。

 しかしコハナが不敵に笑う。


「あら? 私の使い魔が怪しい場所を見つけたようよ」

「なに!?」

「お嬢様の付き人の事情を聞いてすぐに、使い魔を飛ばしていたのよね。場所は……連れてってくれないと案内できないわ」


 魔塔主任がこめかみを押さえる。


「事態は一刻を争います。貴族令嬢が魔術で傷付けられたとなれば、魔塔の立場も危うくなります」


 眼鏡の言葉に魔塔主任が深い溜息を吐く。


「分かった。コハナ魔塔士生の一時的な外出を許可する。コハナ魔塔士生は三人を案内するように。もし下手な真似をすれば、即処刑とする」


 たぶん処刑の指示は眼鏡に対して言ったのだろう。


「分かりました」


 眼鏡が淡々と返事する。

 わざわざ自分から死地に乗り込もうとするなんて、好奇心旺盛なのも考えものだ。

 心配そうにコハナを見るも、本人は同行できることに喜んでいるのか指で成功の合図を出してきた。

 何事も起こらなければいいけど……。



 コハナと付き人の案内で、イサベラが襲われたという場所までやってきた。

 魔塔主任にも念をおされたが、まもなく王都が封鎖されるかもしれない。

 それまでに見つからなければ一度戻るように言われている。

 到着した場所には攻撃を受けて力尽きた馬や、馬車の残骸が広がっていた。


「ここでお嬢様が襲われたのです……」


 付き人の顔色が悪い。

 きっと当時の状況を思い出して顔色が悪くなったのかも……ちょっと待って。この人はなぜ無事だったの?

 大事なお嬢様なら真っ先に助けようと動いているはず。

 髪や服は乱れているが、どこにも怪我をしている様子がない。

 それに馬や馬車の残骸はあるけれど、人の死体はない。

 お嬢様なのに護衛を付けていなかったの?

 嫌な予感に胸がざわつく。

 ゆっくりと付き人を見ると、わずかに口の端が上がるのが見えた。


「これは罠よ!!」


 私が叫ぶと、足元に黒い魔法陣が広がる。

 それは見た事のある魔法陣。

 お師匠様を捕らえていた、魔法陣だった。

 黒い魔法陣に囚われて身動きが取れない私達の前に、二人の『神の代行者』が現れた。


「標的は捕獲した。撤退するぞ」


 くぐもった低い声で背の高い人物が口を開く。

 標的?


「今頃イサベラも大喜びでしょうね」


 もう一人は甲高い声の女性のようだ。

 これはイサベラが仕組んだ罠だったの?

 どうしてイサベラが奴等と手を組んでいるの?

 それになぜ、私達を狙ったの?

 次々と疑問が浮かび上がるも、答えなど見つけられない。

 黒い魔法陣は魔力を吸い取る力があるようで、どんどん手足の力が奪われていく。

 これは対魔術士用の魔法陣だったんだ。

 だからあの時、お師匠様は動けずにいたんだ。

 この魔法陣を一度目にしているのに防げなかった悔しさから、わずかに動く指を掻いて手を握る。

 私は一体何をやっているの。

 奴等がいると知っていたのに、警戒できなかった。

 後悔ばかりが頭を過る。


「なんとかしてこの魔法陣から逃れないと……」


 一緒に捕らえられたコハナが苦しそうに呟く。

 コハナの言う通りだ。

 今はこの魔法陣をどうするか考えないと!

 私が使えるのは氷とジェルと治癒とモヤ……。

 顔を地面に向ける。

 目に映ったのは黒く怪しい光を発する魔法陣。

 これは……黒魔術? だとしたら治癒魔術で消せるかも!

 しかし治癒魔術を唱えたくても、指が思うように動かない。

 さらに魔力も吸収されていっていることから、出現するかも怪しい状況だ。

 どこかに治癒魔術が落ちていればいいのに!

 焦りからおかしな方向に思考が回る。

 しかしこのおかしな方向が活路を見出した。

 そうだ! あれがあるじゃない!

 ローブのポケットに手を突っ込み、そして取り出した物を地面に叩きつけた。

 すると小さな光が放たれた。

 その光の粒子が魔法陣とぶつかると、魔法陣は消失し、体が軽くなるのを感じた。


「やった!」


 喜びで思わず声が出る。

 地面に貼り付けられていたのは、私お手製の治癒テープだ。

 怪我するかもしれないと思って、持って来ていて良かった!

 しかし喜んだのも束の間。


「リュナ! 危ない!!」


 動けるようになったコハナが私を突き飛ばす。

 時がゆっくり流れ、その一部始終が鮮明に流れる。

 突き飛ばされながら見えたのは、甲高い声の女が液体のような物を振りかける姿だった。

 コハナの顔に液体がかかる。

 顔を歪めて舌打ちをする女と、魔術で女を退けようとするコハナが映る。

 女はコハナの攻撃に一旦後ろに下がった。

 しかし次の瞬間、コハナが血を吐いて倒れたのだ。


「身動きを取れなくしようと思ったのに、邪魔されたわね」

「標的が死んだらただじゃすまないのに、何を考えている?」

「だって本物なら死なないのでしょ?」


 仲間同士で揉めているようだ。

 コハナを抱き上げると、呼吸が浅くなり顔色も悪い。


「コハナ!!」

「……こ……で、か……は返した……から……」


 そのままコハナが静かに目を閉じる。

 そして手がだらりと力尽きたように垂れ落ちた。

 多くの生き物を看取ってきた私はこの状況がなにを意味しているのか直感的に悟り、私の中の何かが切れた。

 私の体を包むように、赤黒い魔力が噴出する。

 その姿を見て、背の高い男が呟く。


「化け物の方だったか……」





次話からしばらくアシル視点になります。

読んで頂き、ありがとうございます。

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