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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第二章 両片思い編
36/72

感染症

 先輩がどうしてここに?

 疑問に思っていると、先輩の後ろからひょっこりとコハナとマウノが顔を出す。

 二人が先輩に報告してくれたんだ。

 先輩が私の近くで立ち止まると、二人が私に駆け寄る。


「大丈夫だった? なにもされてないでしょうね?」

「うん。楽しくお話ししていただけだよ」

「楽しく……ですか……」


 コハナに手を引かれて立ち上がる。

 マウノは令嬢達を見て苦笑う。


「アシル様。私達は彼女が言うようにただ楽しくお話しを……」


 イサベラが弁明しようと立ち上がった。

 しかし先輩はそれを遮断し、低く怒気を含んだ声で言った。


「関係のない魔塔士を連れ出すなど、あなたの行為は拉致に等しいものですよ。この件は大公の方からあなたのお父上に抗議させてもらいます」

「アシル様!」


 優雅に振舞っていたイサベラが、慌ててこちらに駆け寄ろうとした。

 しかし先輩はそれを無視して歩き出す。

 ショックそうなイサベラの顔が目に入る。


「あ……あの……。お茶、美味しかったです!」


 頭を下げて先輩を追いかけた。

 屋敷を出るとコハナとマウノが一息吐く。


「やっぱり貴族は慣れないわ……」

「それを言ったら僕も一応貴族なんですけどね。それに魔塔士長は大公子様ですよ」


 三人の視線が先輩に向けられる。


「いいように使われているだけだから」


 不快そうに先輩が眉を寄せる。

 以前先輩は、お師匠様が魔塔にいた時から魔塔士だった話をしていた。

 コハナ達からは、お師匠様に悩まされた当時の魔塔士長の代わりに、魔塔士長になったと聞いた。

 そして今も魔塔士長として魔塔で過ごしている。

 先輩は大公子だけど、実家とは疎遠なのだろうか?

 そうだとしたら、なんだか……悲しい。

 思わず先輩のローブの裾を掴んでいた。

 驚いた先輩が私を見る。


「私は傍にいますから」


 コハナがマウノの背中を押して二人は先に行ってしまった。

 先輩は裾を握っている私の手を取り、目元を緩めた。


「ありがと」


 唐突な言葉だったにも関わらず、先輩は私の想いを汲んでくれたように手を繋いだまま歩き出す。

 私には身分の違いとか分からないけど、先輩が一人にならないように傍で支えたい。

 先を歩く先輩の後ろ姿を眺めながら、そう決意したのだった。


 その数日後、王国を揺るがす事態が発生した。


「それ、本当なの!?」


 使い魔を使って情報収集を行ったのか、コハナがこっそりと教えてくれた内容に驚愕した。


「医術塔の人間が先行して向かってるみたいよ」

「魔塔にも応援要請が来そうですね……」


 コハナの話を聞いたマウノが深刻そうに話す。


「まさか数年前に騒がれた病気が、また再発しているなんて……」


 コハナが聞いたのは王都から少し離れた村で、感染症が蔓延しているという噂だった。

 しかもその感染症は数年前に王国に猛威を振るったことでも恐れられている。

 私のいた村でも感染した人がいたが、お師匠様がすぐに隔離して対処したおかげで村に広がることはなかった。

 そして気付けばその感染症の話も聞かなくなった。


「でもその感染症って、いつの間にか撲滅されていたんだよね?」

「違いますよ。医術塔が薬を作って、それを使ったことで沈静化したんです」


 そうだったんだ。


「だったら今回も薬を使えば解決するんじゃないの?」

「そう思うんだけどね……」


 コハナはなにかを感じているのか、意味深に答えた。



 その理由が分かったのは、さらに数日経った後だった。


「薬が効かない?」

「きっと耐性ができたのですよ」

「耐性?」

「前回の感染で話題になっていたのよ。感染症は病原体が生き残るために対抗しようと、変異していくってね」

「こうなってくると医術塔が新しい薬を作るまで、しのぐしかありませんね」

「しのぐったって、前回よりも強くなってるんでしょ? 見えない相手にどうやって対抗するってのよ」

「そんなことを僕に聞かれても……って、リュナさん?」


 黙って考え込む私を二人が覗き込む。


「私、治癒テープを作っている時に、ずっと考えていたことがあるの」


 嫌な予感がしたのか、二人が眉を寄せる。


「あの治癒テープの塊を、体内に入れたらどうなるんだろうって……」


 先輩が言っていた、お師匠様が魔塔追放になった理由。

 あれは細胞と治癒魔術を組み合わせて人間を若返らせるというものだった。

 そしてお師匠様が書いた本。

 あれには欠損部分を修復する方法が書かれていた。

 人間の欠損部分を修復するのに最も必要なもの。

 それは、細胞だ。

 つまり治癒魔術は、細胞に働きかけられる可能性がある。

 だとしたら感染した者の体内に治癒魔術を送りこめられれば、細胞が強化され体内の病原体を根絶できる可能性だって秘めているかもしれない。


「止めときなさい。それがもし実現したら神の怒りに触れるかもしれないのよ?」


 コハナの『神の怒り』という言葉に、白い仮面の白いローブの人物達の姿が蘇る。

 『神の代行者』と呼ばれる集団のことだ。

 心がザワリと波立つ。


「触れるなら、触れればいい」


 お師匠様の仇。

 そちらから来るなら私の手で――。


「リュナ?」

「リュナさん?」


 私の尋常ではない雰囲気に、二人が慄く。


「また医術塔の真似事をするつもりなら、止めておきなさい」


 冷淡な声に我に返る。

 声の主に目を向けた。


「眼鏡上級魔塔士……」

「その呼び方は失礼極まりないですよ」


 だって名前知らないし。


「すみません」

「まったく。魔塔士長もこんな小娘のどこがいいのだか……」


 そっちも十分失礼じゃないですか?

 先に失礼をしたのは、私ですけど……。


「あなたが余計なことをすれば、迷惑をかけられるのは魔塔士長になると、なぜ分からないのですか」


 眼鏡の言葉にうっと言葉を詰まらせる。

 確かに私のせいで、先輩は何度も医術塔とかけあってくれている。


「今回の婚約だって、あなたを助けるために職務を投げだした罰なのですよね」

「どういうことですか!?」


 初耳の情報に目を見開く。


「聞いてないのですか? あれは数ヶ月前のことでしょうか。突然魔塔主様が私に魔塔士長の代理を依頼してきたのです。理由を聞いたら、異変が起こっているかもしれないあなたを魔塔士長が迎えに行ったというではないですか。無責任な行動に異議を唱えたのですが、帰ってきたらそれ相応の罰を与えるから心配するなと仰ったので引き受けました。その後戻られてすぐに婚約が決まったので、魔塔士長とあなたにとっては最高の罰だとほくそ笑んでいたんですよね」


 話の中からも、眼鏡の性格の悪さが窺える。

 だけどそんな事情があったなんて……。

 先輩の力になるどころか、迷惑ばかりかけている自分に落ち込む。


「眼鏡上級魔塔士、本当のことでもちょっと性格悪いですよ?」


 コハナが反論してくれるも、フォローになってない。


「それは魔塔士長がご自分で決められたことですから、リュナさんが気にする必要はありませんよ」


 フォローしてくれるマウノは、優しいね。


「それでもあなたが魔塔士長に迷惑をかけていることには、変わりありませんよ」


 この人の言う通りだ。

 反省し、俯く私に言い過ぎたと思ったのか、眼鏡をわずかに持ち上げる。


「辛気臭い顔は、可愛げがない顔がますます悪化するだけですから、お止めなさい」


 この人……超絶に励まし方が下手なんだ。





読んで頂き、ありがとうございます。

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