嫉妬
ペンギンのおやつを買った帰り道。
あるお店の前で立ち止まる。
通りに出ていたのは、見た事のあるピンクの丸いお菓子が描かれた看板の絵だった。
この店のお菓子なんだ。
先輩からもらった、出処不明のマカロンを思い出す。
あの時は先輩からお菓子をもらえて、無邪気に喜んでいたな。
婚約者のことを思い出し、胸がツキリと痛んだ。
「あれ? リュナちゃん?」
背後から声をかけられて振り返ると、爽やかな顔で手を振るエルメル先生がいた。
周囲の女性達が先生に見惚れて振り返る。
魅了の魔術の効果が凄すぎない?
「お久しぶりです。そういえば患者さんの家の場所を教えて頂き、ありがとうございました」
治癒テープで母子の家を訪ねた時の件だ。
実はあれ以来、先生には一度も会っていなかった。
教えてもらったのにお礼もしてないや。
「それくらいいいよ。それよりも治癒テープが評判過ぎて、他の教授達を黙らせる方が大変だったから……」
急にげっそりと老け込む。
「す……すみませんでした!」
「いいの、いいの。全てはアシル君のせいだから」
急に呼び出されて、治癒テープについて医術塔を黙らせるのが仕事とか言われていたからね。
「よかったら、マカロン奢らせて下さい……」
以前マカロンが欲しいと言っていたし、せめてもの罪滅ぼしだ。
「私はこれでも教授だよ。女の子に奢ってもらうほど、落ちぶれちゃいないよ。ただ、男一人では入りずらいから、一緒に入ってくれると嬉しいかな」
「それくらいお安いごようです!」
正直ペンギンのおやつで今月の給料が危ないところだったから、付き合うだけでいいならとても助かる。
二人で店に入り列に並ぶ。
女性ばかりの店に顔立ちのいい男性が並べばそりゃあね……。
「……先生……恥ずかしくないですか?」
「とても熱い眼差しは感じるね」
なぜ女性の私が恥ずかしくなっているのだろうか?
先生は愛嬌を振り撒きながら、チラチラとこちらを窺う女性達を虜にしていった。
「そういえばいつの間にか上級魔塔士にまで昇格していたんだね。おめでとう」
「あ……はい。その……先生のご協力のおかげです……」
魔冷庫もそうだが、治癒テープの功績も負けていない気がする。
「凄い話題になっていたからね。ご婦人の威力って凄いよね」
先生が苦笑いを浮かべる。
もっともお喋り好きな人達が、実際に使って感動したのだ。
噂の勢いも台風のようだった。
順番が来て先生が注文をする。
「じゃあこの茶色と緑色と黄色と青色の四種類を下さい」
店員が先生に見惚れながら注文を繰り返す。
四人の女性にあげるのかな?
疑問に思っていると、「はい」と四つのマカロンが入った箱を手渡される。
荷物を持っていてということだろうか?
素直に箱を受け取る。
「魔塔主任になったら、紫色のマカロンを買ってあげるね」
え?
受け取った箱に目を落とす。
『茶色と緑色と黄色と青色』魔塔士ランクの色だ!
「え!? これって!?」
「もちろんリュナちゃんへのプレゼントだよ」
「いえいえいえ! 受け取れませんよ!!」
出口に向かって歩く先生を追いかけながら、持っていた箱を差し出す。
「心配しなくても、私も買ったから」
そう言うと先生は持っていた紙袋を見せてくれた。
「ここのマカロン人気だから、予約しておいたんだ。ちょうど店の前にリュナちゃんがいたから助かったよ」
私の持っている箱が十箱ほど入りそうな紙袋である。
四人の女性どころの話ではなかった。
「こういう時は遠慮せずに、お礼を言ってくれた方が嬉しいな」
もう一度箱に目を落とす。
きっと魔塔士ランクの昇格のお祝いに買ってくれたのだろう。
嬉しさが込み上げてきて顔を上げる。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、先生も優しい笑みを返してくれた。
「何してんの?」
横から聞こえてきた冷やかな声に視線を向ける。
そこにいたのは先輩と……婚約者の人……確か、イサベラさんだっけ……。
イサベラは先輩の腕に手を回していた。
その姿にじんわりと目の奥が熱くなる。
直視出来ずに俯く。
「何って……」
肩に先生の腕が伸びてきて、体を引き寄せられる。
「見ての通りだけど?」
先生を見上げると、茶化すような顔で笑っている。
先輩が早歩きで近付いてくると、私の肩にかかっている先生の手を持ち上げる。
「気安く触らないでくれる?」
「自分だってデートしてるのに、私達はダメとか我儘すぎないかい?」
怒っているような先輩と、不敵に笑う先生の間で火花が飛び散る。
先輩は溜息を吐き、私を見た。
その視線にドキリと心臓が跳ね上がる。
「帰るよ」
先輩に言われて躊躇う。
なぜなら先輩にはイサベラがいるから。
「先生に送ってもらうので、大丈夫です!」
先輩から視線を逸らして、先生の服を掴む。
私、今、凄く可愛くない!
「そういうことだから、アシル君はちゃんと婚約者ちゃんを送ってあげなよ」
先生は掴んでいる先輩の手首を掴み、空いている方の手で引き離す。
そして私の背中を押しながら、先輩とイサベラを残してその場を離れた。
「先生、ありがとうございました」
先輩の姿が見えなくなったところでお礼を言う。
「お店の前で沈んでいたのは、アシル君が原因かな?」
お礼の頭を下げながら固まる。
なんで分かったの!?
「まあリュナちゃんがアシル君を好きなのは、なんとなく分かってたけどね」
今度は驚いて顔を上げる。
なんで分かったの!?
「だってリュナちゃん、私の可愛いには全く反応しなかったのに、アシル君の可愛いには物凄く反応していたからね」
そういえばマウノにも同じことを言われた。
そんなに分かりやすかった?
というよりも、そんな前から私は先輩を意識していたってこと!?
「恋の悩みなら、お兄さんが聞いてあげるよ」
私は今のモヤモヤした気持ちを、誰かに聞いて欲しいのかもしれない。
二人で近くのベンチに腰掛ける。
「……私、先輩のことを好きって気付いてから、可愛くないことばかり考えてしまうんです。こんな自分がすごく嫌いで、どうしていいか分からなくなるんです」
「アシル君は一体何をしてるんだ?」
先生がポツリと呟く。
「う~ん……詳しくは言えないけど、アシル君の婚約はそう長くは続かないと思うから、もう少し待ってあげて」
先輩も同じことを言っていた。
「先生は先輩のことをよく知っているんですね。私は……何も知りませんから……」
思わず組んでいた指に力が入る。
当然なのは分かっている。
それでも私の知らない先輩を先生は知っている。
先輩がお師匠様の話をした時にも感じた疎外感。
どんなに頑張っても私はお師匠様や先生との思い出を超えることはできない。
なのに二人より先輩のことを知らないことが悔しいのは……嫉妬しているからなのかも。
涙が出そうになり、俯く。
「……リュナちゃん。確かに君は、私とアシル君が過ごした年月を超えることはできない。でも思い出って年月じゃなくて中身だと思うんだよね」
潤んだ瞳で顔を上げる。
先生が困った顔でハンカチを手渡してきた。
「アシル君に私との思い出を聞いても、何も覚えていないって即答すると思うよ。だけど、リュナちゃんはどう? たった二年かもしれないけど、君は私よりもたくさんの思い出をアシル君と作ってきたんじゃないの?」
一緒にご飯を食べたり、治癒テープを貼ってくれたり、マカロンをくれたり、お師匠様を二人で見送ったり……。
先生から受け取ったハンカチに顔を埋める。
涙でハンカチが濡れていく。
「不安なことがあるなら、本人に直接聞いてみなよ。リュナちゃんにならきっと、アシル君も答えてくれるはずだから」
先生が立ち上がり、私に手を差し出す。
その手を取り、立ち上がる。
「アシル君はこんなに純粋に想われて、羨ましいよ。私なんか女性がみんな豹変しちゃうから。リュナちゃんの『可愛くないこと』なんて、私から見ればとても可愛いよ」
やれやれと先生が首を振る。
「嫉妬も度が過ぎると狂気だからね……」
数々の怨念を浴びた経験があるから分かる気はする。
うん。
怨念を飛ばすような人間にはならないように、気を付けよ。
読んで頂き、ありがとうございます。




