婚約者
お師匠様を見送ってから数ヶ月後、四度目の査定が終わり、数日が経った。
裏地が青色のローブを羽織り、食堂に向かう。
「リュナさん、おはようございます」
「おはよう、マウノ」
同じく裏地が青色のローブを羽織ったマウノに挨拶をする。
「なんで二人は上級に上がって、私だけ黒のままなのよ」
裏地が黒色のローブを羽織ったコハナが不満を漏らす。
なんと私とコハナ合作の魔冷庫と、前回作った治癒テープの評判も相まって、上級魔塔士に昇格となったのだ。
そしてマウノもゴミとなった壊れた魔導具の部品を投入すると、作りたい魔導具の部品に変えることができる魔導具を作製。
それが評価され二段階アップした。
「査定の時に魔塔士長も言っていたじゃないですか。評価は加算しているって」
「加算じゃなくてランクを上げてって言ってるのよ! 魔冷庫だって最終的にはほとんど私が作ったのよ!」
お詫びに巨大スイーツを奢ってあげたことを、すっかり忘れているようだ。
「それだけコハナさんの減点評価が多いんですよ。ランクは加算の積み重ねですから、頑張るしかないですね」
本当はコハナも分かっているのだろうけど、愚痴りたいだけなんだよね。
「納得いかないわ……」
そうでもないかな?
「いいわよねリュナは。魔塔士長に可愛がられているから」
「そんなことないよ。魔塔にお酒を持ち込んだことはしっかり減点されていたから」
しかもお酒を持っていた理由は先輩が一番分かっているはずなのに、酷い。
口を尖らせていると、コハナがニヤニヤしながら聞いてきた。
「ところであんたと魔塔士長はどこまで進んでんの?」
「え?」
「僕も気になってました。魔塔士長のリュナさんを見る目も、なんだか最近少し変わった気がしていたんですよね」
そうなの?
全然気付かなかった。
でも聞かれて思う。
私達ってどういう関係なの!?
「……先輩って私のこと、どう思ってるんだろ!?」
「「そこ!?」」
二人が驚く。
「確かに優しくされたり、守ると言ってくれたり、キスしたりはしたけど……」
「「キス!?」」
「私達、まだお互いの気持ちすら知らないし……」
「……そこまでいってたら、もう完全に両想いでしょ」
「油断できないよ。だって先輩は優しいから……」
そうだ。先輩がお師匠様を好きだと勘違いしていた、失敗は繰り返したくない。
しかも今度は自分を好きとか……間違っていたら恐怖しかない。
「そうは言っても、優しさでキスはできませんよ」
マウノの言葉に、期待したい自分と油断してはいけないという自分の葛藤で心が揺れ動く。
悩む私にコハナが不敵に笑う。
「そんな暢気にしてていいの?」
「え?」
「魔塔士長は不愛想だけど見目はいいから、きっとモテるわよ。そのうち超絶美女が現れたりして」
「止めてよ! そういうのを口にするのは、不吉な予兆になるんだから!」
「そうですよ。これで上手くいかなくなったら、コハナさんの責任問題ですよ。一生魔塔士生のままでもいいんですか?」
いくらなんでも恋愛を査定に持ち込んではこないと思う。
「協力したら下級魔塔士くらいにはあげてもらえるかしら」
コハナが真剣に考え始める。
さすが打算的なコハナだね。
絶対査定には関係ないから。
雑談を終え、三人で食堂を出た。
いつものように三人がプレートの小部屋に飛ばされると、外に繋がる木の扉が開かれた。
「お嬢様。こちらになります」
付き人のような女性に案内されて入ってきたのは、高級な洋服を身に付けた、お淑やかそうな綺麗な女性だった。
女性は私達に気付くと扇子を広げて顔を隠す。
見ちゃいけなかったのかな?
「そこの者達」
付き人に声をかけられる。
「アシル大公子を呼んでもらえないかしら?」
今、先輩の名前が聞こえたような……。
「た……大公子……ですか?」
コハナが信じられないという感じで、確認する。
すると、付き人が苛立ったように声を上げた。
「アシル大公子の婚約者のイサベラお嬢様がお待ちなのよ。早くなさい」
「「「婚約者!?」」」
三人が同時に声を上げる。
怒っていた付き人も、さすがに驚いたようで体を仰け反った。
「す……すぐにお呼びします!」
面白いことになってきたと思ったのか、コハナがいそいそと自分の鍵を先輩のプレートの鍵穴に差し込む。
ここで誰も予想していなかった出来事が起こる。
プレートに大きく赤字で『不可』と表示されたのだ。
「んなっ!?」
「日頃の行いですよ」
これにコハナが激怒し、マウノが冷静につっこむ。
「わ……私が聞いてくる」
動揺する気持ちを抑えながら鍵を取り出す。
そしてプレートに差し込むと、すぐに『可』と表示されたのだ。
「なんでなのよ!!」
コハナが地団駄を踏んでいる間に、隣の部屋の金属の板の上に乗った。
いつもの見慣れた先輩の部屋に到着するも、今日はなんだか違うところに来たような気分になる。
私の知らない先輩を知った悲しさからだろうか?
「どうしたの?」
部屋に来たのに黙ったままの私に、先輩が声をかけてきた。
「その……今、入口のところにイサベラという女性が先輩を訪ねて来ています」
「イサベラ?」
心当たりがない名前なのか、少し間を開けて先輩が面倒そうに返事した。
「ああ……」
婚約者がわざわざ魔塔に訪ねて来たのに、全く嬉しそうではなさそうだ。
「分かった。すぐ行くと伝えておいてくれる?」
返事をしない私を先輩が不思議そうに窺う。
いつから婚約していたのですか?
綺麗な人ですけど、好きなのですか?
あの人と結婚するんですか?
色々聞きたいことはあるのに、怖くて聞けない。
黙って私を窺っていた先輩が口を開く。
「この婚約を長く続けるつもりはないから。安心してって言うのも変だけど、今は俺を信じてくれない?」
私達は恋人でもなければ、コハナやマウノみたいな友達のような関係でもない。
先輩が私をどう想ってくれているのかは分からないけど、先輩が信じてというなら私は信じるだけだ。
「はい!」
笑顔で返す。
先輩は安心したように目元を緩めた。
けれど笑顔の裏は、わずかだが醜く嫌な感情がうごめいていたのだった。
二章はちょっと短くなりそうです。
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