魔塔士長
人に尋ねながらなんとか魔塔に辿り着いた時には、外はすっかり暗くなっていた。
「面会時間は終わりだ。明日、出直せ」
魔塔の前に立つ門番に、槍の柄の部分で押し出される。
無情な対応に悲しくなるも、遅れた私が悪いのだから仕方がない。
がっくりと項垂れながら、入口から離れて近くの森へ移動した。
良さそうな切り株を見つけて腰を下ろす。
視線の先には先程までいた王都が燦々と輝いている。
魔塔は王都から離れた静かな丘の上に立っており、ここから広い王都を一望できるようだ。
村にいた頃には見ることのできなかった風景に見惚れる。
街の中を歩いている時に目にした、不思議な白い光を放つ街灯。
あれがこの街を星空とは違った美しさに変えているんだ。
あの光が一つでも村にあれば、夜でも村内を出歩けたかもしれない。
手術室でも思ったけど、どうやって輝いているんだろ?
などと考えながら街を眺めていると、頭上から視線を感じて見上げる。
鷹? 鷲?
太い木の枝に、一羽の巨大な鳥が見下すようにこちらをジッと見つめていた。
視線から外れるように体を横にずらすと、鳥も横目でこちらに視線を合わせてきた。
気のせいかもしれないと逆側に体をずらすも、視線を私から逸らす気配がない。
もしかして私、餌だと思われてる!?
こういう肉食系と対峙した時は、慌てず騒がずゆっくり後退……。
視線を合わせたまま、中腰で一歩後ろに足を下げた時だった。
「わっ! わわわわわ……!」
先程まで座っていた木の根に躓き、ドシーンと大きな音を立てて尻餅をつく。
「いたたたた……」
ぶつけたお尻をさすりながら鳥の様子を窺うと、あきれたような顔で溜息を吐いているように見える。
鳥に表情があるのか? と聞かれても、なんだかそんな態度を取られているように見えるとしか言いようがないくらい、バカにされた気分になった。
そして鳥はそのまま羽ばたいて、どこかに行ってしまった。
一体なんだったのか?
ドッと疲れて立ち上がろうとした時だった。
視線の先に、立っている人間の足が見えてドキリとした。
顔を上げると、目元まで伸びた一部赤みがかったシルバーブロンドのストレートの髪に、深い青色の瞳の綺麗な顔立ちの若い男性が私を見下ろしていた。
裏地が赤の、フード付きの黒いローブを身に纏っている。
えっと……どちら様ですか?
男性は無表情のまま私を見下ろしている。
もしかして私が邪魔とか?
前を空けようと横にずれると、男性は横目でこちらに視線を合わせてきた。
あれ? デジャブ?
試しに逆側にずれてみると、やはり視線だけこちらに向けてくる。
あなたは先程の鳥さんですか!?
戸惑っていると、男性が無表情のまま静かに口を開く。
「闇魔術を使ったの、あんた?」
最後に首を傾げた男性の、片耳に付いている細長い耳飾りがチャリっと小さな音を立てて揺れる。
「昼間の少年を助けるために使用した話をしているのでしたら、私のことだと思います」
そう答えると、男性は一切表情を変えず踵を返した。
本当に王都の人間ってよく分からない。
人の命をないがしろにするおじさんや、そこら中に魅了の魔術を撒き散らす医者や、あげくに突然現れて質問だけしていく怪しい男とか。
だんだん帰りたい衝動に駆られ始めていると、数歩歩いたところで男性がこちらを振り返る。
「魔塔に用があるんじゃないの?」
「……え?」
聞き返すと、男性は体ごと私に向き直る。
「俺はここの管理者みたいな感じ。だから時間外だけど、話を聞いてやるって言ってんの」
え? 言ってた? 初耳なんですけど?
「あ……ありがとうございます」
反論することも出来ず、素直に従った。
男性に付いて行くと、魔塔前に立つ門番が姿勢を正して敬礼をする。
自分で管理者だと言っていたけど、嘘ではなさそうだ。
入口の木の扉を男性が開けると、そこには小部屋があった。
壁沿いには、様々な名前が書かれた鍵穴の付いた板が無数に張り付けられている。
また、部屋の床には不思議な紋様が描かれていた。
質問をする間もなく数歩進むと、男性が木の扉の直線にある鉄の扉を開けた。
その先に足を踏み込むと、幻想的な光景が目の前に広がった。
そこはドーム型の部屋になっており、天井には変わった模様を施した金属類が星のようにキラキラと輝いている。
金属同士が共鳴しているのか、シャンシャンという音やチリンチリンという耳心地の良い音色が聞こえてくる。
幻想的な部屋に魅入っていると、首に下げていた鍵を取り出した男性が中央の床にある丸い金属の板の上に立つ。
「早くしてくれる?」
部屋を見回している私を急かすように、不機嫌な声が出る。
早くとは? 板の上に乗れということだろうか?
恐る恐る板の上に乗ると、男性は溜息を吐きながら、持っていた鍵を右回しに回した。
すると足元が突然光だし……。
「へ?」
気付くと先程とは違う、月明りだけが灯る部屋に移動していた。
窓の前には大きな書斎机が置かれており、本や書類が山積みになっていた。
この机の様子からも管理者とか言ってたし、どうやらここは男性の仕事場なのかもしれない。
ふと窓の外に目をやると、先程の鳥が木の枝の上からこちらをジッと見つめていた。
この人が鳥というわけじゃなかったんだ。
私と目が合うと、鳥はそのまま飛び立って行ってしまった。
「手帳見せて」
私の方に向き直った男性に手を差し出されて、胸ポケットから手帳を取り出す。
すると一瞬怪訝そうに眉を寄せられた。
この手帳のことではない?
戸惑っていると男性は手帳を受け取り、無言のまま中身を確認し始めた。
手帳を知っているということは、昼間の人と知り合いなのかな?
「あの……エルメルって先生とお知り合いなのですか?」
「ただの腐れ縁」
手帳から視線を逸らすことなく返答された。
……知らなかった……。
縁って腐るんだ。
一通り読み終えたのか、手帳を閉じると私に返してきた。
「この手帳、他の奴には見せないで」
そう言われて昼間のことを思い出す。
「エルメル先生には見せちゃいました」
「あいつはいいよ。そもそもあいつから聞いて知ったんだから」
確かに私が王都に来てから手帳を見せたのは、先生しかいないもんね。
男性は書斎机に向かうと、引き出しから鍵を取り出し私に向かって放り投げる。
「それ、あんたの部屋の鍵。その鍵を持った状態でさっきの板の上で右に回せば行けるから」
一晩泊めてくれるということだろうか?
「さっきの場所ってどうやって行くんですか?」
「そこから出ればいいだけ」
男性は私の後ろにある扉を視線で指す。
「……あの……」
「なに?」
「リュナっていいます。時間外だったのに、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げると、静かな声が部屋に響く。
「俺は魔塔士長のアシル」
「魔塔士長様?」
「その呼ばれ方、嫌いなんだよね」
「アシル様?」
「様はいらない」
でもこの人、魔塔士長っていう肩書きがあるくらいだから、偉い人なんだよね?
さすがに呼び捨てにはできない。
少し考えて絞り出した敬称を使ってみた。
「アシル……先輩?」
男性は少し考えた後、小さく頷く。
「まあ、いいんじゃない」
その声がどこか嬉しそうな感じがした。
気に入ったのかな?
その後、先輩の部屋の入口の扉を開けると、鉄の扉を開けた状態で立っていた。
目の前には幻想的なドームの部屋が広がっている。
振り返ってもそこは先輩の部屋ではなく、名前が書かれた板が張り付けられた部屋だった。
どういう仕組み?
魔術? 魔導?
戸惑いながらも渡された鍵を、板の上で回してみる。
すると板が光り、着いた先は綺麗に整えられた部屋だった。
家具も一式揃っており、安い宿よりも快適な感じである。
一通り部屋を見学し終わり、別室に用意されていたベッドに腰掛ける。
手帳を取り出しぼんやりと眺めた。
お師匠様に言われた通り魔塔に来たけど、これからどうすればいいんだろ?
お師匠様は魔塔に行けと言っただけで、目的を話してはくれていない。
村に戻る?
お師匠様の笑みが頭を過り、自然と涙が零れ落ちる。
ずっとお師匠様と一緒だったから、恋しいのかもしれない。
首にぶら下げている鍵を手に取る。
なんだか不思議な人だったな。
この魔塔の長なのに、全然偉ぶった様子がない。
不愛想な感じではあったけど。
でも……。
先輩と呼んだ時の少し嬉しそうな声を思い出す。
あの人なら、私の話を聞いてくれるような気がする。
明日もう一度先輩に会って、相談してみようかな。
疲れていた私はベッドに横になり目を閉じる。
すると静かな部屋に轟音が響き渡る。
お師匠様……お腹が空きすぎて、死にそうです……。
読んで頂き、ありがとうございます。