自覚(アシル視点)
朝日が瞼を照らし、目を覚ます。
ここはリュナとキイラ女史が住んでいた小屋である。
奴等によって壊された部分もあったが、二階の寝室は使えたためリュナは自室で、俺はキイラ女史の部屋で一晩泊まることにしたのだ。
一階の方からいい匂いが漂ってくる。
キイラ女史の部屋を出て、一階に向かう。
階段を下りてすぐのところに、俺の使い魔と眷属が空の器の前に並んで座っていた。
餌待ち?
「先輩、おはようございます!」
朝の太陽よりも眩しい笑顔で挨拶をするリュナに目を細める。
「台所は無事だったので、朝食を作っていたところなんです。もう少しで出来上がりますから、座って待っていて下さい」
近くの椅子に腰をかけて、料理をするリュナの後姿を眺めた。
何気ない日常の一場面。
朝起きたらリュナの笑顔を見て、リュナの手作りご飯を食べて一日を始める。
なんだかこういう生活も悪くないかも。
魔塔を出たら二人で暮らすのもいいかもね……ってなに考えてんの、俺。
ペチリと頬を叩く。
「手伝うよ」
立ち上がり使えそうな皿など取り出そうとすると、リュナの肘に腕が当たる。
「あ、ごめん」
リュナを見下ろすと、大きな目を見開いて真っ赤な顔でこちらを見上げていた。
なに、その反応?
「だ……大丈夫です!」
リュナは視線を逸らすと、料理に一点集中するように鍋をかき混ぜ始める。
え? まさかリュナって俺のこと……。
ブンブンと首を横に振る。
勘違いだったら恥ずかし過ぎる。
皿をテーブルに置き、鍋に集中しているリュナを窺う。
恥ずかしさを誤魔化すようにグルグル鍋を勢いよくかき混ぜているリュナに、後ろから抱きしめたくなるほど愛おしさが込み上げてくる。
え? 俺、今、何考えてた?
口元を手で押さえながら、赤くなりそうな顔を見られないように俯いた。
抱きしめたいとか……。
自分がリュナを抱きしめている姿を想像して、机に頭を打ち付けたい衝動に駆られた。
変な音がしたら、鍋に集中しているリュナが絶対心配して振り返ってしまう。
こんな情けない姿は絶対見せたくない!
ソロリと顔を上げると、まだリュナは一生懸命鍋をかき混ぜている。
可愛い……。もっと近くでその姿を見ていたい。
リュナがどう思っているのか分からないのに、ダメでしょ!
欲と自制心の狭間に苛まれ、心臓が妙な鼓動を打つ。
これは認めるしかない。
俺は、リュナが好きなんだ。
元魔塔士長代理に贔屓だと言われても、仕方なかったのかもね。
気持ちに気付くともっと色々なリュナの姿が見たくなった。
「ねえ……」
リュナの後姿に声をかけると、ビクリと体が揺れる。
「俺に触れられるのが嫌なの?」
「そそそ……そんなわけないじゃないですか!」
動揺しながらリュナが振り返るも、俺と目が合うとすぐに鍋に視線を戻す。
そんな反応したら、期待しちゃうでしょ。
「俺はもっとあんたに触れたい」
「はへ!?」
リュナが振り返りながら、素頓きょうな声を出す。
あの細く艶やかな手や、滑らかな頬や柔らかそうな唇……。
視線が自然と唇にいき、昨日の柔らかく湿った感触を思い出し、急いで顔を逆に向ける。
危なかった。
これ以上考えたら魔力暴走よりも、自我の方が暴走しそうだ。
俺が気持ちを落ち着けていると、コトリと食器を置く音がした。
リュナの方に向き直ると、魔力切れ前の魔導人形のような固い動きでリュナが出来上がったスープを運んでいる。
その様子に、リュナもまんざらでもないのかという淡い期待を抱く。
そんな危ない動きして、皿をひっくり返しでもしたら火傷しちゃうよ。
俺は魔術でリュナの持っていたトレーの上の皿を浮かせて、そのままテーブルに置いた。
「今の魔術ですか!?」
リュナが感動したように目を輝かせる。
「あんたにだけ特別に見せてあげる」
魔術を操ると、おたまが勝手に動きだしスープを皿に移す。
そして皿は浮き上がり、テーブルまで一直線に飛んできた。
「わぁ! こんなことも出来るんですね!」
まさか本棚まで取りにいくのが面倒で考えた本を引き寄せる魔術が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
エルメルが女性の心を掴むために、ありとあらゆる手法を使う理由が分かった気がする。
きっとこの笑顔が見たいんだろうな。
まさかエルメルの気持ちが理解できる日が来るなんて……複雑だ。
リュナをもっと喜ばせたい気持ちが膨れ上がる。
戸棚から食器なども引き寄せ、美味しそうな朝食に見えるようにテーブルに並べた。
先程まで緊張していたリュナも魔術に感動したのか、並べ終えるといつも通りに戻っていた。
大人しく待っていた使い魔と眷属にも食事を与え、朝食を食べ始める。
しばらくするとリュナの手が止まった。
「先輩。私、お師匠様を解放してあげようと思うんです」
それは昨夜のことだった――。
「じゃあ、私が使い魔と契約できないのは、霊体となったお師匠様と契約していたからなのですね」
壊された一階部分の片付けが済み、お茶を差し出してくれたリュナに状況を説明したのだ。
「正確にはあんたは契約していないから、正式な状態ではないけどね」
それでも亡くなったと思っていたキイラ女史が、実は霊体となって傍で見守ってくれていたと知れば嬉しいだろう。
リュナはキイラ女史の霊体を探すように、自分の周囲をキョロキョロと見回す。
「正式に結んでないから姿は見えないよ」
俺の使い魔を脅したりはできるようだけど。
霊体になっても厄介な存在だ。
「でもそう言われると、お師匠様が傍にいるというのは納得できるかもしれません」
リュナがお茶に視線を落とす。
「私、最初に王都に来た時、下敷きになった子どもの母親の叫び声を聞いて胸が苦しくなったんです。たぶん忘却の魔術をかけられていても、心のどこかでお師匠様のことを思い出しそうになっていたのかもしれません。でも胸に入れていた手帳が助けてくれたんです。偶然かもしれませんが、今はお師匠様が導いてくれたと信じています」
顔を上げたリュナが涙目になっており、抱きしめて慰めたい衝動に駆られる。
手を握って衝動を抑え込み、微笑みかけた。
「きっとそうかもね」
「でも最初に魔塔に行った時に先輩が時間外でも対応してくれたのは、先輩の優しさだと思っていますよ」
「あれはエルメルのお陰だから」
可愛いことを言うリュナに照れくさくなり、再びカップに口を付ける。
リュナがクスリと笑う。
きっと俺の頬が熱いのは、お茶の湯気のせいだ。
「それでどうするの?」
リュナに尋ねると不思議そうな顔をする。
「正式に契約すれば、霊体だけどあんたは大好きなお師匠様とずっと一緒にいられるよ」
「でもそれじゃあお師匠様は成仏できませんよね?」
「たぶんだけど他の生きている使い魔と違って相手は霊体だから、リュナが死んだ段階で契約が切れて成仏するとは思う」
まさかこの人のことだから、地縛霊とかになったりしないよね?
だとしたら質が悪そうなんだけど。
一抹の不安が過ったのだった。
だからリュナは正式に契約を結ぶのかと思っていた。
回想を終え、俺も持っていたフォークを下ろしてリュナを見る。
「本当にいいの?」
リュナに問うと、リュナは見えないキイラ女史を探すように視線を左右にゆっくり動かす。
「昨日寝る前に、お師匠様と離れてからのことをいっぱい話したんです」
動かしていた視線を俺に向けた。
「私には相談できる友達が二人もいること。そして、強くて素敵で頼れる先輩が傍にいてくれること」
目に涙を溜めながら、微笑むリュナに見惚れる。
「だからお師匠様にはもう大丈夫ですと伝えたいんです」
立ち上がり、リュナの目に溜まっている涙を指で拭ってあげた。
「約束するよ。あんたのお師匠様の代わりに、俺があんたを守るよ」
餌を食べていた使い魔と眷属の体が跳ね上がるのが見えた。
きっとキイラ女史がそれ以上は手を出すなと、鬼のような形相で睨んでいるんだろうな……。
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