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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第一章 出会い編
26/72

神の代行者(アシル視点)

「……そう」


 驚きもせず淡々と返答する。

 思い出す度に暴走していたことを考えると、彼女の心に相当な負荷がかかる出来事があったことは推測できた。

 だがキイラ女史が亡くなる前にリュナに仕掛けを施したことを考えると、リュナは責任を感じているだけで実際には殺していない気がする。


「そこに至るまでの出来事は話せる?」


 静かに問うと、リュナがコクリと頷いた。


「あの日、突然家に白いローブを纏った白い仮面の人達が押し入って来たんです。お師匠様は私に逃げろと叫ぶと、私を巻き込まないように外に飛び出していきました」


 白いローブと仮面。

 思い当たる集団が一つだけある。


「言われた通り逃げればよかったのですが、お師匠様が心配で追いかけたんです」


 小刻みに震えるリュナの手の上に手を重ねた。

 重ねられた手を眺めながら、リュナが話を続ける。


「この平原でお師匠様が彼等に捕らえられていて、お師匠様の足元に黒い魔法陣が描かれていて嫌な予感がしました。だから私はお師匠様を助けようと……魔術なのか何か分からない力を使ったみたいなんです」

「その時にはもう、魔力覚醒をしていたの?」


 リュナが静かに首を横に振る。


「分からないんです。ただ無我夢中で気付いたら使えていました」


 話を聞く限り、その段階ではすでに魔力覚醒は終わっていたように感じられる。

 本人自身が気付かない間に魔力覚醒をしているなんて例は、聞いたことがない。

 他にも失っている記憶があるということだろうか?


「その力を使って相手を抑え込もうとした瞬間、お師匠様が『手を出すな!』と言ってきたんです。その声で動きを止めた一瞬でした」


 俯いたリュナの声が震える。


「お師匠様が……奴等に……。私が動きを止めなければ……私のせいでお師匠様が……」


 ポタポタとリュナの膝に大粒の涙が零れ落ちる。

 無意識にリュナの肩を抱き寄せた。


「あんたのお師匠様が止めさせたのは、正解だったと思う」

「お師匠様が死んでもよかったって言うんですか!?」


 声を荒げながらリュナが顔を上げる。


「そうじゃなくて、あいつらに捕まった時点で、あんたのお師匠様は助からなかった。だからあの人はあんただけでもあいつらの標的にならないように、『手を出すな』って言ってきたんだと思う」

「……先輩は、あの白い人達のことを知っているのですか?」


 相手はとても危険な奴等だ。

 リュナの憎しみを考えると、知って復讐に走らないとも限らない。

 だが教えずに一人で突っ走られても困る。


「その格好の奴等は『神の代行者』と名乗っている集団なんだ」

「……『神の代行者』。……大層な……名前ですね……」


 リュナから低い声が出る。

 怒りを抑えているようだ。

 様子を窺いながら、話を続ける。


「精霊の森に住む神々を崇め、全ての生命はその神々によって生も死も操られるという思想を持っている」

「もしかして前に、『人の生死を操れるようになったとしても、それは神の領域』と言っていたあれですか?」


 コクリと頷く。


「奴等はその思想を犯すことを許さない。だから人間が人間の生を操ることをよしとしないんだ」

「お師匠様は医術と魔術を組み合わせようとしていました。それが原因で狙われたということですか?」

「……あの人は、魔塔にいる時からいつ狙われてもおかしくなかったんだ」

「魔塔にいる時から?」

「あの人が魔塔を追放されたのは、人間の細胞と治癒魔術を組み合わせて細胞を若返らせるという研究を密かにしていたからなんだ」

「細胞を若返らせる……。それってつまり……!」


 リュナも意味を理解したようだ。

 細胞を若返らせるということは、人間を若返らせることができるようになるということだ。

 そして病気になる人間も格段に減り……不死となる。


「どこからか嗅ぎつけた医術塔の人間達が抗議してきたんだ。あちらとしては医術塔の力を削がれる事態だからね」

「それって、医術塔が魔塔の内部を把握していたということですよね?」

「そう。だから誰かが医術塔に情報を漏らしていると思って、審査と称して魔塔士を見張るようになったんだ」


 仲の悪い魔塔と医術塔が連携して情報を渡していたから、もしかしたら『神の代行者』が医術塔内にもいるかもしれないと疑っていた。

 だからエルメルを医術塔に送ったのだけれども、エルメルが医術塔に入った時にはすでに、全ての痕跡は消されていた。


「魔塔としても危険な研究を続けさせるわけにはいかず、止む無く追放を言い渡したんだ」


 実際はキイラ女史が魔塔主に自分を追放するように進言したようだけど、それを知っているのは魔塔主と俺だけだ。

 キイラ女史は外に出ることで、『神の代行者』をおびき寄せようとしたのかとも考えたけど、リュナの存在を見ていると奴等を歓迎していたとは思えない。


「……やっぱり躊躇うべきではなかったのですね……」


 奴等を危険な存在と認識したリュナが、ポツリと言った。


「俺はあそこであの人が止めていなければ、あんたも死んでいたと思う。あいつらが何者なのか俺達ですら実態が把握できていない集団だからね。あんたはそんな奴等を目撃しているんだ。奴等にとっては始末したい一人になったと思うよ。どうやって退かせたのかは知らないけど、あんたが今生きていることが奇跡に近い。だからそこは後悔するのではなく、あんたのお師匠様に感謝するところじゃない?」


 だがこれでモヤの魔術の仕掛けを入れた理由が分かった。

 リュナは奴等に顔を見られている。

 奴等にとっては存在を知られてしまったリュナは、抹殺対象になっているはずだ。

 争いがあった場所なのに、浄化されたような澄んだ平原を見つめる。

 恐らくキイラ女史が、なんらかの方法で奴等が逃げ出さざるを得ない状況にしたのだろう。

 そしてリュナの記憶が戻っても、奴等に魔力暴走が起きたことを探知されないようにモヤの魔術で外部と遮断したんだ。

 ここで一瞬でも魔力暴走が起きたことを探知されれば、それはリュナである可能性が高い。

 奴等はすぐに抹殺しにやってくるだろう。

 俺はたまたま付けていた眷属との魔力が遮断されたから気付けたけど、キイラ女史もさすがに俺が眷属を付けるということまでは予想していなかったかもね。

 いや。あの人のことだ。

 自分が気に入ったリュナなら、俺も気にいるだろうとでも考えていた可能はある。

 あの人の思い通りになっているのが、少し腹立たしい。

 まだ責任を感じていそうなリュナを見下ろす。


「……あんたに付けた眷属との繋がりが途絶えた時、あんたを帰らせたことを後悔したんだ」


 リュナが潤んだ目で顔を上げる。


「だからあんたが今、無事でほっとしてる」


 たぶん俺の言葉なんかじゃ慰めにもならないだろう。

 それでも俺の素直な気持ちを伝えて、少しでも和らぐならそれもいいかもしれない。


「あんたがあの人を死なせたことに責任を感じているみたいに、あんたに何かあったら俺も責任を感じて今のあんたと同じ気持ちになるってことは、忘れないで。正直、今のあんたを見ているだけでも、帰らせなきゃよかったって後悔してるくらいだから」

「先輩は本当に優しいですね」


 優しい?

 自分とはかけ離れている言葉に顔をしかめる。


「別に優しくはないと思う。他の魔塔士だったら魔塔主任に任せているところだし」


 そういえば、魔塔主にも言われたんだっけ。

 あの時は俺が行かなきゃって必死だったから、魔塔主任に任せようなど微塵も考えなかった。


「それなのに先輩自ら来てくれたのですか?」


 期待の籠ったようなリュナの目に見つめられる。

 この気持ちをどう形容していいのだろう?

 立ち上がり、リュナに手を差し出す。


「まあ、あんたは俺の……お気に入りだからね」


 人に言われても嫌な気分にはならなかったけど、自分で言うのは恥ずかしい。

 照れくさそうに視線を逸らす俺を見て、リュナが小さく笑う。


「やっぱりあんたは泣いているより笑っている方が、その……か」


 『可愛い』と言おうとして言葉に詰まる。

 前は自然に言えていたのに、面と向かって言うのに物凄く勇気がいるのはなぜ?

 間を開けた俺に、リュナが不思議そうに首を傾げる。


「いいと思う」

「かいいと思う? ああ! 痒いってことですね! ん? 笑っている方が痒い?」


 間違った解読をしたリュナも、訳が分からなくなっているようだ。

 なんだかおかしくなって吹き出すと、リュナが瞬いた。

 いつもの調子のリュナに戻った嬉しさから、自然と笑みがこぼれる。


「俺もあんたのお師匠様に負けないくらい、あんたに気に入られるように頑張るよ」


 リュナの手を引き立ち上がらせながら微笑む。

 するとリュナの顔が真っ赤に染まった。

 これが愛おしいという感情なのだということに、今の俺は気付いていなかった。





読んで頂き、ありがとうございます。

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