帰省
持っていたペンが机に転がる。
「急にどうしたの?」
里帰りをしたい旨を伝えに、先輩の部屋を訪ねていた。
ペンは里帰りをしたいと伝えた時に、先輩の手から落ちた物だ。
「魔塔に来てから一度も帰っていないですし、お師匠様がご無事かも確認したいと思いまして……」
先輩の顔を見るのが辛くて、俯いたまま返答する。
無言の先輩をチラリと窺う。
口元に手を当てて、考え込んでいるようだ。
「駄目でしょうか……?」
「駄目というわけじゃないけど、あんたの場合、事情が事情だから。あんたのお師匠様が今、どんな状態かも分からないし」
私が帰ることで、お師匠様の身に危険が及ぶことを心配してるんだ。
目の前が涙でぼやける。
泣いちゃ駄目だ!
今泣いたら、先輩が変に思っちゃう!
「だ……大丈夫です! 家の様子を見に帰るだけですから。なにかあればすぐに戻ります!」
悲しい気持ちを押し殺しながら、作り笑顔を向けた。
それでも先輩はお師匠様のことが心配なのか、浮かない顔をしている。
噂では聞いていたけど、失恋って想像以上に辛いのね!
涙を堪えながら天井を見上げる。
「俺も一緒に行こうか?」
思わぬ提案に、驚きで涙が引っ込む。
『いえ! 失恋の傷心旅行も兼ねてますので!』
とは言えない。
「そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ。私も魔塔で色々な魔術を勉強しましたし、いざとなればお師匠様の盾にもなれますから!」
もしかして、先輩もお師匠様に会いたかったのかな?
でも先輩を連れて行って、お師匠様に向ける先輩の顔を見ていられる自信がない!
「いやいや。そんな事態になるなら、あんたのお師匠様を放って一早く逃げて。あの人強いし」
先輩の優しさに止まっていた涙が再び溜まりだす。
「え? どうしたの?」
突然潤みだした目に驚いた先輩が、目を見開く。
「先輩の優しさが目に刺さっただけです」
「目に刺さったら、痛くない?」
今の私には、先輩のどの言葉も刺激物です。
腕のローブで涙を拭う。
「すぐに戻って来ますから、少しだけでも駄目でしょうか?」
再三の要求に先輩が立ち上がり、窓を開けた。
窓の外には先輩の使い魔の鳥が枝の上に立ち、こちらを見つめていた。
なにかやり取りをしているようだが、先輩の背中でよく見えない。
先輩がこちらを振り返ると、手のひらの上に「ぴーっ!」と元気に鳴く小鳥を乗せていた。
もふもふ! 可愛い!!
目を輝かせて小鳥を眺めていると、先輩が小鳥を私に差し出した。
「この子は俺の使い魔の眷属。何かあれば俺の使い魔に伝わるから、この子を連れてって」
小鳥は小さな羽をパタパタと動かして、私の肩の上に乗った。
「ぴぴっ!」
任務の挨拶なのか、片方の羽を上げて短く鳴く。
心なしか顔も凛々しそうだ。
一人旅よりも楽しくなりそうな予感に頬を緩ませるも、ハッと我に返る。
先輩の使い魔に伝わるということは、私の言動が先輩に筒抜けになる!?
「その……どこまで先輩の使い魔の鳥さんに伝わるのでしょうか?」
「まだ小さいし、異変があるかないかくらいかな。危機的状況になると、固有の波動かなにかで伝わるみたい」
会話しても伝わらないことに安堵した。
だって暇な時とかに、先輩の話とかしちゃいそうだもん。
「よろしくね」
小鳥の首を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
翌日。
荷物を手に入口に立つ私。
「本当に気を付けてね」
見送りに来てくれた先輩が心配そうに声をかけてくれた。
先輩の隣に立つ二人が、その光景を眺める。
「……絶対勘違いじゃないの?」
「う~ん……僕もそう思いますけど……」
二人がこそこそと話をしている。
そんな二人に視線を向けた。
「二人とも見送りありがとう」
「まあゆっくりしてくるといいわよ。魔冷庫はあんたの助手の私が進めておくから」
頑張っているという先輩へのアピールだろうか。
苦笑っていると、マウノが首を傾げる。
「先程から気になっていたのですが、肩の小鳥はなんですか?」
「ああ。先輩の使い魔の眷属なんだって」
「「眷属!?」」
二人が声を上げると、先輩が咳払いをした。
「それはいいから、なにかあればすぐにこの子に伝えてよ」
「はい」
笑顔で先輩に返事をする。
口を開けて固まったままの二人と、心配そうな先輩に手を振って、お師匠様のいる村へと出発した。
乗り合わせの馬車と徒歩を使ってようやく村にたどり着く。
ここから家に向かうには、さらに山を登らなければならない。
家に向かって村を横切っていると、民家の前を掃除していたおばさんが私に気付き、声を上げた。
「リュナちゃん! 無事だったのかい!?」
驚くおばさんに首を傾げる。
「一年くらい前に山の方から大きな音がして以来、あんたもキイラさんも姿が見えないから、みんなで心配していたんだよ! 様子を見に行ったら家は壊れているし……」
一年前というと、私が魔塔に向かったくらいの頃だ。
私、みんなに黙って出て行ったんだっけ?
「ごめんなさい。お師匠様に言われて王都にある魔塔に行っていたんです。ところでお師匠様も家にいないのですか?」
「それなら良かったけど、あんたもキイラさんも一年前のあの日以降、姿を見てないよ」
先輩が言っていた危険に巻き込まれているのだろうか?
不安が過る。
「私、ちょっと家の方を見てきますね」
おばさんへの挨拶もそこそこに、山へと向かう。
一歩ずつ木々が生い茂る山道を登る度に、全身の感覚が警鐘を鳴らす。
まるでこれ以上近付くなと言われているようだ。
「ぴっ?」
小鳥が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫だよ」
小鳥の顔を撫でるも、その手が震えている。
一体何に震えているの?
重い足を引きずりながら、ゆっくりと登っていく。
すると、木々の隙間から懐かしい家の屋根が見えてきた。
最後の力を振り絞って駆け上ると、窓は割れ、入り口の扉も壊れた家が静かに佇んでいた。
その家を見た瞬間、逃げろというお師匠様の叫び声のようなものが頭に響く。
「そうだ……この家……」
お師匠様は誰かに狙われて、それで……。
一歩後退りをして、さらに奥の山に目を向ける。
心臓がドクドクと激しく打ち付ける。
体は恐怖で震えているのに、確認せずにはいられなかった。
私は、家のさらに奥の山に向けて足を動かす。
歩いていると、当時、私がお師匠様を追いかけてこの道を走った光景が蘇る。
私はどうして忘れていたんだろう……。
険しい山道を登り切った先に見えたのは、澄んだ広い平原。
「ぴっぴぴぴぴっ!!」
小鳥が私の目を覚まさせるように叫んでいるも、今の私の耳には届かない。
聞こえたのはお師匠様の声。
「ごめんね、リュナ。これが最後の意地悪だから」
そうだ。私がお師匠様を……。
殺したんだ。
次話からしばらくアシル視点になります。
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