精霊の森
精霊の森の入口に到着し普通の森とは違う雰囲気に、息をのむ。
空気が澄んでいるというか、神聖な空間というか、一歩足を踏み入れただけで先程まで歩いていた森とは全く違う場所に飛ばされたような感覚に陥る。
「ここが精霊の森……」
だが不思議と恐怖は感じない。
むしろ包み込まれているような、心地のいい空間だ。
「何回来てもこの清浄な空気にはなれないわ……」
コハナが気分悪そうに呟く。
「コハナさんは心が穢れているから、辛いのかもしれませんね」
そういう問題?
「ちょっとあんた森から出たら、覚悟しなさいよ!」
「そういうところが穢れているんですよ。少しここで浄化した方がいいんじゃないですか?」
ここぞとばかりにマウノが口撃する。
たぶん先輩もいるから強気なのかな?
「二人とも神聖な森で騒がないでくれる?」
いがみ合う二人に先輩が一喝する。
「あっ! リス!」
私が嬉しそうに指をさす。
「あんたもね」
先輩に注意された。
リスは私の声に驚き、逃げて行ってしまった。
残念がる私とは違い、三人が神妙な顔をする。
「おかしいわね」
「ええ」
「……」
え? 何?
三人の反応に不安になる。
「普通は他の使い魔と契約をしていなければ、ランクの低い小動物は逃げないはずなんだけど……」
リスの逃げていった先を先輩が見据える。
「使い魔の素質がある精霊の森に住む生き物は、あの程度の声では逃げませんからね」
「小動物にも逃げられるということは、魔力がしょぼい?」
コハナが酷い。
「でもリュナさんは治癒魔術が使えますから、小動物が寄るくらいの魔力はあると思いますよ」
マウノが優しい。
「そもそも契約をしていない人間から逃げることが、あり得ないから」
先輩が一番的確ですね。
「分かったわ! あんたは良い人のふりをして、実は私よりも悪者なんじゃ……」
「コハナさんでも契約できたのですから、逃げるということはもうすでに契約が済んでいると考えるのが妥当でしょうか?」
先輩は考え込んだまま答えない。
「あの……使い魔が見つからなかったのは残念ですが、契約しなくても生活に支障はないので、今回は諦めます」
これ以上忙しい先輩の手を煩わせるわけにはいかない。
先輩は何か言いたげに私を見つめるも、答えが出ない状況で残っても仕方がないと判断したのか魔塔に戻ることになった。
数日後、先輩の部屋に呼び出された。
「過去に同じような例がないか調べてみたんだけど、逆のパターンは何度かあったみたい」
「もしかして先輩、あの後も調べてくれていたんですか!?」
「俺も初めてのことだったから、知っておきたくてね」
興味本位で調べていただけだとは思うけど、それでも自分のために忙しい時間を割いて調べてくれていた事実に、胸が熱くなる。
「逆のパターンでは、人間側が気に入った動物に無理矢理契約を結んだんだけど、相手の同意がもらえず使い魔としては動いてもらえなかったそうだよ。その場合も同意を諦めて契約を切るまでは、未契約の動物にも逃げられるんだって」
「つまり先輩は、私が知らない間に一方的に契約をされていると言いたいのですか?」
「可能性としては一番高いかな」
しかし使い魔は相手の魔力で判断して契約すると言っていた。
「私が覚醒したのは王都に来てからだと思うので、魔塔にいる間に契約した生き物がいたとは思えません」
動物を見たのだって、先輩の鳥やコハナ、マウノ、魔塔主の使い魔だけだ。
その中で一番接触していたのは、コハナのねずみだけだけど……。
「使い魔が契約者以外の人間と勝手に契約することってあるんですか?」
「それは絶対にない。お互いが同意したら、もう二度と誰とも契約できなくなるから。だから動物たちは相手を厳選するんだ」
だけどコハナのねずみ以外、接触した動物はいない。
「どちらにせよ一方的に契約を結んできた相手が分からないことには解除もできないから、現状はお手上げかな」
「相手さえ分かれば契約を解除できるのですか?」
「あんたが同意していなければね」
同意していたら、その生き物が私の使い魔になるんだ。
「俺も気になるし、もう少し調べてみるよ」
迷惑をかけてはいけないと思いつつも、先輩の尽力してくれる気持ちが嬉しくて頬が緩む。
「なに笑ってんの?」
「先輩は優しい人だなと思っていただけです」
「俺のことを優しいなんていう変わり者は、あんたくらいだよ」
「そんなことないですよ! マウノも先輩は優しいって言っていましたよ」
想像よりも、とは言っていたけど。
「じゃあ優しいついでに、これあげる」
そう言って先輩が引き出しから出したのは、ピンクの丸い可愛い形の……お菓子?
「女性の間で人気のお菓子なんだって」
「凄く可愛いお菓子ですね! 食べるのが勿体ないです!」
「人とは違うんだから、腐る前に食べてよ」
腐れ縁のことですね。
「先輩が買ってきたのですか?」
すると先輩が視線を逸らす。
「エルメルに貰ったの」
「あぁ! 確かにこういうの知ってそうですもんね!」
たくさん買って女性達に配ってそう。
想像してクスリと笑う。
「今度会ったらお礼を言っておきますね」
「わざわざお礼なんか言わなくていいから!」
急に声を荒げた先輩が、気まずそうに咳払いする。
「俺がもらったのにあんたがお礼を言うと変に思うでしょ」
確かにあげた物が他の人に渡ったと知ったら、悲しいかもしれない。
「分かりました。先輩と私だけの秘密にしておきますね」
口元に人差し指を当てて、ふふふっと笑う。
後日、治癒テープの件で先輩の部屋に呼び出されたのだが、そこで不思議な出来事にでくわす。
医術塔のエルメル先生が同席していたのだが……。
「そういえばリュナちゃん。マカロンって知ってる? 丸い可愛いお菓子なんだけど、今、王都の女性に人気でなかなか手に入れられないんだよね。一度は手に入れて、女性の喜ぶ顔を見てみたいんだけど、リュナちゃん興味ない?」
はて? 丸い可愛いお菓子?
立っている先生の隣に座る先輩をチラリと窺うと、片手で顔を覆っていた。
あのお菓子の出所は一体……?
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