魔術と医術
※ この作品は作者が自由気ままに書いている作品なので、面白くないかもしれません。
それでも読みたいと言って下さる方以外は、他の作者様の作品を読まれることをお勧めします。
山から遠く離れた地にたどり着いた私の目の前を、人や馬車が激しく行き交う。
中央の建物では、正午を伝えるための巨大な鐘が鳴り響いている。
辺りを見回すと、どういう動力で動いているのか分からない物ばかりだ。
「……こ……これが、王都!?」
聞きしに勝る賑わいに、驚きを通り越して酔いそう。
しかも静かな山奥で過ごしてきたから、賑やかしい音が耳を刺激する。
お師匠様から王都にある魔塔に行けと言われて来たけれど、建物だらけで魔塔がどこにあるのか分からない!
怖気づき、踵を返して街に背を向けた。すると……。
ガラガラ……ドゴーンッ!
近くで激しい音が聞こえてきて振り返る。
そこには荷馬車から落ちたと思われる木材が、地面に散らばっていた。
「う……うぅ……だれ……か……ゴホゴホゴホッ!」
散らばった木材の下から、苦しそうに助けを求める幼い声がした。
咄嗟に駆け寄ると、木材の下敷きになっている男の子の姿が見える。
声がかすれており、呼吸の状態もおかしい。
もしかして木材で圧迫されて、呼吸ができなくなっている?
「キャーーーーー!! うちの子が!!」
突然背後で叫ばれて体が緊張で強張る。
母親らしき女性が、子どもの元に駆け寄り急いで木材を持ち上げようと動き出す。
あっ……私も手伝わなきゃ……。
体を動かそうとするも、思うように動いてくれない。
泣き叫びながら木材をどかそうとする母親の姿に、呼吸が乱れ始める。
どうしよう……。助けなきゃいけないのに……。
焦りからジワリと嫌な汗が流れる。
呼吸もだんだん浅くなり、目の前が暗くなっていく。
そんな私の周りでは、多くの人達が少年を助け出そうと奮闘していた。
息苦しさに胸を掴んだその時、固い感触に目が覚める。
そうだ! お師匠様が残したこの手帳があった!
胸から取り出したのは黒い手帳。
びっしりと書き込まれた手帳の中から、ある記述を見つけ出す。
魔力のない私に出来るかどうか分からないけど、試してみるしかない!
救助されてぐったりしている少年に、両掌を向ける。
そして発動したのは、魔術だった。
それから数十分後。
私は呼吸が安定した子どもを抱きかかえた母親と共に、ある施設を訪れていた。
「もし手術となると高額な費用がかかりますが、お支払いできるのですか?」
ここは医術塔と呼ばれる、医術で病気を治す施設だそうだ。
しかしその施設の受付のお姉さんの一言に言葉を失う。
子どもの命がかかっているこの一大事に、お金の話?
「いくらかかっても構いませんから、お願いします! 息子を助けて下さい!」
母親が必死に頼み込むも、お姉さんの表情は冴えない。
おそらくこの親子の服装から見て判断しているのだろう。
「あの、今は落ち着いているように見えますが、魔術で応急処置を施しただけなので、この子の命の危機には変わりないんです」
「魔術ですって!?」
母親を擁護しようとした、私の言葉に周囲がざわつく。
何かまずいことでも言ったのだろうか?
「今、魔術で応急処置とか聞こえたが?」
周囲の異様な反応に戸惑っていると、細身の眼鏡をかけた険しい顔のおじさんが現れた。
ここでも偉い人なのか、お姉さんが丁寧な態度でおじさんに事情を説明する。
事情を聞いるうちに、おじさんの顔がみるみる不快そうに歪んでいった。
「魔術を使ったのなら、魔術で治せ。ここは医術を重んじる場所だ」
おじさんは鼻を鳴らしながら、私と親子を追い払うかのように手で払う。
「魔術では限界があるので、ここに来たんですよ!?」
「だったらなぜ魔術を使った。最初からここに来ればよかっただろう」
「それではこの子は助かりませんでした!」
「そんな事情は知らん! さっさと出て行け!」
おじさんが声を上げると警備の人達が駆け寄り、母子と私を追い出そうと動き出す。
「それでも人の命を助ける施設なのですか!? お金がないとか魔術を使ったとか、そんなものは二の次じゃないんですか!?」
私が叫ぶと、おじさんの後ろから明るいクリーム色の髪の青緑色の目をした美青年が姿を見せた。
「面白そうなので私が診ましょう」
「エルメル教授! 君は何を言っているのだ!?」
おじさんが美青年に怒鳴る。
「まあまあ」
エルメルと呼ばれた美青年がおじさんの肩を優しく叩き、こっそりと耳打ちする。
「この少年はどうやら先程街で起きた事故の被害者のようです。目撃者も多かったみたいですし、ここで追い返しては医術塔の信用にも響きますよ」
こっそりのつもりだろうが、しっかり聞こえている。
だがおじさんも思い直したのか、憎々しげに顎を触りながら美青年を見た。
「君が全責任を取るんだろうな?」
「それはもちろん」
美青年がおじさんにウィンクをする。
「それならば好きにするがいい」
おじさんは警備を下がらせると、その場を去っていった。
「処置室に運んでくれ」
美青年が周りのスタッフに声をかけると、たちまち少年と母親は丁重に扱われるようになった。
「さて……」
安堵した私の背後に影を感じて、振り返る。
「君からは色々と話を聞く必要がありそうだから、最後まで付き合ってもらうよ」
意味ありげな笑みを浮かべる美青年に、頬が引きつった。
ゴクゴクゴク……うま~っ!!
緊急処置を行った少年は、手術が必要と診断された。
そのため手術の準備が行われている間、美青年によく分からない部屋に連行されたのだが、そこで差し出されたのは美味しい飲み物だった。
「それで? 魔術を使ったと言っていたけど、どんな魔術なんだい?」
美味しそうに飲み物を飲む私に、美青年が尋ねてきた。
しまった!
この男は要注意だと警戒していたばかりだったのに、気付いたら餌付けされていた!
それは先程連行されていく時の出来事だった。
美青年に手を掴まれて連行されている間、それはそれは背筋が凍るほどの恐ろしい視線を多方面から感じたのだ。
右も左も上も下も……ん? 下? 、とにかくあらゆるところから送られる怨念のような視線。
「私、呪い殺されそうです……」
怖くて顔を上げられない私は、前を歩く美青年に声をかけた。
すると美青年は睨んでいる女性達の方に顔を向け、ウィンクしたのだ。
その仕草に射貫かれた女性達は、瞬く間にうっとりとした表情に変わる。
魔術にある魅了の力の効果は精々、一体にしか効かないはず。
それをこの男は、怒り狂う怨念達を一気に恥じらう乙女達に変えてしまったのだ!
王都の男、恐るべし!!
(ピンポーン:魅了の魔術は使われておりません)
それなのに私ときたら……飲み物一つで魅了されてしまった。
「お師匠様が残したこの手帳に書いてある通りにやってみただけです」
黒い手帳を取り出し、美青年に手渡す。
美青年はその手帳を開いてすぐに目を見開く。
「この手帳の持ち主が、君のお師匠様?」
「はい。お師匠様は医術に長けている方だったので、私はそのお手伝いをしていました」
「医術? 魔術じゃなくて?」
「? 怪我や病気の人を治すのが医術じゃないのですか?」
「……そう……だね」
神妙な顔で手帳を眺める美青年に首を傾げる。
考え込んでいる美青年を尻目に飲み物を飲み干していると、手術の準備が出来たとスタッフが呼びに来た。
「とにかく、この手帳から察するに、少年に使われている魔術はモヤを利用した闇魔術で、口から肺までの軌道を確保してくれている状態なんだね?」
「私も初めて使ったのでよく分からないですが、そのようです」
「……初めて……」
不安そうな顔で見られた。
「でも! お師匠様が使っているのは見た事があります! その時に教えてもらったのは、このモヤの魔術は内部の者は外に出られないけど、外部の者は自由にいたぶれるから、こういう使い方もできると仰っていました!」
「……いたぶれる……」
だってそう言ってたもん。
「つまり変幻自在の形になり、手術中もこちらから内部に干渉ができるということか」
美青年の呟きに、コクコクと頷く。
「魔術を使った手術は初めてだけど、やってみるしかないか。緊急事態に備えて、君も手術室に入ってもらうからね」
こうして私も手術室に同行することとなった。
といっても隅の方で処置の見学をしているだけだったけど。
だがそれでも王都の手術室はとても興味深かった。
患部を当てる眩しい光や、変わった装置が色々置かれている。
そういえば建物の中なのに、暗い場所がどこにもない。
どこも明るい光に照らされている。
私の住んでいた村は蝋燭が必須だった。
だが王都に来てから蝋燭を見ていない。
どうやって光を発しているんだろ?
興味深く手術室を見学している間に、手術は無事に終了した。
手術後に聞いた話では、肋骨が肺に刺さって穴が開いてしまっていたそうだが、私の魔術が穴から空気が漏れないように肺の役割を担ってくれていたそうだ。
そのおかげで他の損傷した患部の手術も、速やかに行えたとか。
役に立てたことに、ホッと胸を撫でおろす。
「それで? 君はこれからどうするの?」
手術後の汗でさらに色気を振り撒いている美青年が尋ねてきた。
「魔塔に行く予定です」
「魔塔士になるの?」
「いえ。お師匠様に行くように言われたからです」
あれ? そういえば目的はなんだろう?
ま、行けば分かるよね。
「ではこれで失礼します」
頭を下げた後、走り出す。
「って! たぶんこの時間はもう……」
取り残されたエルメルが、溜息を吐きながら髪を掻き上げる。
「しょうがない。彼に連絡しておくか……」
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