説得は難しい
次回は魔塔士長の投票を行うという話でその場は解散になった。
みんな魔法陣を使って各々の部屋に戻る中、最後まで片付けをしていた先輩に近付く。
コハナとマウノも私の後を付いてきた。
「何やってんの?」
息を切らせて駆け寄る私達に、飄々とした一言が発せられる。
「何って、私のせいでこんなことになったのに、黙って見ていられません! 私、魔塔主様に直談判してきます!!」
「魔塔士長の交代なんて、そんなに珍しいことでもないから」
魔塔主の元に向かおうと踵を返していた私は、振り返る。
「確かにアシル魔塔士長の交代の経緯は、珍しいみたいですからね」
「そうね。魔塔主任が下剋上を出して交代っていうのが、普通らしいから」
「そういうこと」
色々知っている三人が口々に話す。
「魔塔士って、そんなに権力が欲しい人が多いの?」
「辛いことや絶望が大きければ大きいほど覚醒するっていうのは前に話したでしょ?」
コハナの問いにコクリと頷く。
「あんたみたいにお人好しの優しさから覚醒ってのもあるけど、プライドが高すぎて傷付く沸点が低すぎた結果、覚醒ってパターンもあるのよ」
「あの魔塔主任……いえ、魔塔士長代理がそうでしょうね」
「機会を窺っていたみたいだし、遅かれ早かれこうなってたよ。だからあんたが気にする必要はないから」
三人共冷静過ぎる。
「でも! 私は先輩が魔塔士長じゃなくなるなんて、嫌です!」
「嫌って言われても……」
先輩に詰め寄ると、困ったように眉を寄せられる。
「そうですね。僕もアシル魔塔士長のことは尊敬しているので、変わって欲しくはありません」
「……まあ、私も義理で応援してますよ」
「コハナが一番お世話になってるんじゃないの?」
ギロリと睨むとコハナが可愛く言い直す。
「とっても応援してま~す」
「だから先輩も諦めないで下さい!」
私の熱に先輩が溜息を吐く。
「状況を分かってるの? 今、大変なのは俺じゃなくてあんたらの方だよ」
三人が目を丸くして先輩を見た。
「あの魔塔士長代理が半年間、魔塔士長の権限を得るんだ。あんたらの途中になっている魔導具も、あの人の一存で継続不可になる可能性だってあるってこと」
「じゃあ半年後に提出できなくなるかもってことですか!?」
これに大いに反応したのは、コハナである。
「そうならないようにはするつもりだけど、警戒しておくにこしたことはないだろうね」
私のせいで関係のないコハナやマウノにまで迷惑がかかってしまう。
「……私が治癒テープの開発を止めたら、少なくとも先輩が私を贔屓しているというデマはなんとかなるでしょうか?」
そうすれば贔屓をしていると勘違いしている人達は、先輩に票を入れてくれるかもしれない。
しかし先輩は鋭い視線を私に向ける。
「あんたの信念ってそんなもんだったの?」
「え?」
「俺はあんたが俺に食ってかかってまで諦めようとしなかったから、協力することにしたんだけど。それを無下にする気?」
そうだ。
先輩は最初、はっきりと駄目だと言っていた。
私が食い下がったから、最終手段を行使して許可してくれたのに……。
「それに魔塔士長代理にも言ったけど、俺は別に他の奴が同じように言ってきても、同じような対応をしていたから。ただ、その過程であんたは俺の許可を掴み取れたってだけの話。だから俺のために、自分がやりたかったことを諦める必要はないよ」
治癒テープを諦めたいわけじゃない。
私が初めて挑もうと思った魔導具。
ちゃんと完成させたいと思ってる。
だけど私が魔塔の一員になれたのも、この魔導具に挑めたのも、全ては先輩が魔塔士長だったからこそだ。
「それでも私は……赤いローブが一番似合っているのは、先輩だと思っていますから!!」
そのまま先輩に背を向けて走り出す。
絶対に魔塔士長の交代を阻止しなきゃ!!
審査会から数ヶ月が経った。
「やばいわね」
「ええ。非常に不利な状況です」
どんよりと食堂のテーブルに突っ伏す私の前で、二人がひそひそと話をしている。
二人が話しているのはもちろん、魔塔士長投票についてだ。
あれから他の魔塔士達に声をかけてみようと試みたのだが、眼鏡が裏で手を回しているのか、私達を見るとみんな逃げ出すのだ。
「聞いた話では、魔塔士長代理の許可が下りると、経費が今までより多く出るとか言ってたわよ」
「僕が聞いた話では、魔塔士長代理が勝った時は、魔塔ランクを一新するみたいですよ」
「それって絶対、自分を応援してくれた人間だけ高ランクに入れるつもりなんでしょ! 職権乱用じゃない!」
マウノがしーっとコハナの口を閉ざさせる。
「今からでもあっち陣営に加わろうかしら……」
爪を噛みながら考え込むコハナを、訝しそうに見上げた。
「いや……だって、自分の身が大事だし……」
「でもあの魔塔士長代理の勢いだと、魔塔主の座まで狙ってきそうですね」
「なんとしてでも魔塔士長に勝ってもらわなきゃ!!」
コハナのやる気が突然みなぎる。
現金すぎない?
「そういえばあんた、魔塔士長に治癒テープの試作品渡しに行ったんでしょ? どんな様子だったのよ?」
―数日前―
入室許可が下りた私は、先輩の仕事部屋に転移する。
「何か用?」
先輩は忙しいのか、机の上に山積みになっている書類を捌きながら尋ねてきた。
「治癒テープの試作品が出来たので、持ってきました」
声をかけると、先輩が顔を上げる。
こちらを見た先輩に、テープを手渡した。
正方形のテープの中央に、キラキラと光る楕円形の膨らみのある黒いモヤが貼り付いている。
受け取ったテープを観察する先輩に補足した。
「あのままではすぐにモヤが消滅してしまっていたので、モヤと粒子の間にジェル状の薄い水の膜を入れてみました。それを入れたことでモヤを押しつぶさない限りは、粒子がモヤに到達することはなくなりました」
「ああ確か、水を球体にして包む魔術があったね」
魔術だと一言も説明していないのに、どんな魔術が使われているか瞬時に判断できるなんてさすがです。
私なんかここに行きつくまでに、少なくとも二ヶ月は費やした。
「でもジェル状の魔術で包んだなら、モヤの魔術は必要ないんじゃないの?」
「実験してみたのですが、ジェル状の魔術だけだと治癒魔術の粒子がすり抜けてしまい、時間が経つと無くなってしまったんです。もしかしたらですが、モヤの魔術で空気ごと圧縮されたことで、ジェル状の魔術が強固になり、すり抜けにくくなったのかもしれません」
「へぇ。なかなか面白い実験結果だね」
先輩の無邪気な少年のような顔に胸がときめく。
「やっぱり魔塔士長は先輩しかいません」
「またその話? 人の心配より自分の心配をしろって言ったよね?」
「でも……」
ジト目で見つめる。
すると溜息を吐きながら先輩が立ち上がり、私の腕を持ち上げた。
そして持っていた治癒テープを貼ると、次の瞬間。
ペチッ!
という軽い音が部屋に響き渡る。
「痛いです!」
「今後、自分の身体で実験するのは禁止だからね」
先輩が貼ってくれた治癒テープを叩いたのだ。
押しつぶされたことでパンパンだった粒子がジェルを貫通し、モヤに当たったようで『シュー』という消えるような音と共に小さく光る。
そんなに強く潰さなくても……。
涙目で先輩を見上げる。
「先輩が魔塔士長じゃなくなったら、またするかもしれませんよ」
意地悪された仕返しに、口を尖らせて言い返す。
すると今度は鼻を摘ままれた。
「うひゃっ!」
「魔塔士生のくせに、生意気」
今日は踏んだり蹴ったりだ。
拗ねた顔で鼻を擦る。
すると先輩が少し口元を緩めて――。
「でも、ありがと」
やっぱり魔塔士長は先輩がいいです!
読んで頂き、ありがとうございます。




