初めての審査会
魔導具の制作を始めて数ヶ月が経った。
治癒魔術のことを知れば知るほど、この本を書いたお師匠様と、一番難しい治癒魔術を実行したと思われる先輩の凄さが窺える。
先輩が行ったであろう復元の魔術は、指に使われるあらゆる組織のそれぞれに魔法陣を使用しなければならないため、微細なコントロールと集中力、そして膨大な魔力を必要とする。
さらにそれを実行するには、医術の知識も必要になってくる。
治癒魔術が浸透しない理由の一端を、垣間見た気がする。
だが、傷を塞ぐだけならば私にも実行できた。
本に覚えるだけだと書いてあった魔法陣を、何万回も模写しての結果ではあったが、発動した時は涙した。
だってペンだこで出来たひび割れが、一瞬で治ったのだから。
痛みが緩和した事による嬉しさなのか、発動した嬉しさなのか、もはや分からない状態ではあった。
それでも未だに、十回に一回は発動しない。
だがそれは問題ではない。
一番の問題は、発動した後にどうやって留めておくかということだった。
最初はテープに直接、治癒魔術をかけてみた。
しかしそれを貼っても傷が塞がることはなかった。
そして私の腕の傷が、貼ったテープによって広がるという悲しみだけが残った。
これで成功するなら、お師匠様がとうの昔に完成させているだろう。
そう考えると虚しさから、腕の傷の痛みが増してくる。
治癒魔術は観察した限り、発動した時に放出される、小さな光の粒子が傷を治しているようだ。
つまりこの光の粒子を留めておく必要がある。
粒子って、空気みたいなものをどうやって捕まえろって……。
そこで思い出したのは、私が最初に使った闇魔術のことだった。
そういえばあれは、肺の役割をしていたとエルメル先生は言っていた。
ちゃんと呼吸が出来ていたということは、内側に流れ込んでいた空気は外に漏れ出ていなかったということだ。
だとすると空気ごと閉じ込められる?
あの闇魔法をとても小さく圧縮した状態で治癒魔術を発動させたら、どうなる?
実験してみたくなり、胸を躍らせる。
そして実験した結果……。
「というわけで、このモヤの魔術で一瞬だけ包むことは可能でしたが、相反する治癒魔術の力がぶつかったことでモヤの魔術は消滅。わずかに残った治癒魔術の粒子が放散される形となりました。引き続き、治癒魔術を発動した時の勢いを抑える方法について研究していきたいと思います」
ここは円形の大広間。
中央にはホールがあり、そのホールを囲うように設置された椅子に座るのは、色とりどりのローブを羽織った魔塔士達。
そう今は、半年に一度の審査会の真っ只中。
そして私はその中央に立ち、これまでの治癒テープの成果を発表している真っ最中である。
やはり数ヶ月で商品化するまでに完成させるのは難しく、研究中の魔導具は途中経過を査定会で発表しなければならないそうだ。
経費がかかっているから、当然と言えば当然なんだけどね。
もちろん私よりもランクの高いコハナとマウノは、私の前に発表済である。
発表を終え、席に戻る。
「はぁ……緊張した……」
「初めてにしてはよくやったじゃない」
「僕も最初の頃は足が震えましたよ」
胸を撫でおろす私に、二人が労いの言葉をかけてくれた。
二人から聞いた話では、自分が発表しなくても先輩に発表してもらうという手もあるらしい。
だがその場合、査定の評価には含まれないそうだ。
そのためほとんどの人が途中経過を発表するのだが、引きこもりの方達は完成した魔導具で評価を受けるようだ。
もちろん凄い魔導具を作ったとしても、発表した人より評価は下がるからランクも上がりにくい仕様になっている。
じゃないとこんな緊張する場面で発表など進んでする人間は……お師匠様くらいしか思い当たらない。
いや、エルメル先生も乗り気で出てきそうだ。
そう思うと、目立ちたがり屋って多いのかな?
「でもここからが問題でしょうね」
コハナが不吉なことを言い出した。
「問題ってどういうこと?」
嫌な予感がしていると、会場がざわつく。
誰かが手を挙げたのだ。
「魔塔士長。よろしいでしょうか?」
手を挙げたまま立ち上がったのは、私のレポートを奪っ……見てくれた紫眼鏡の人だった。
「ほら、来た」
待ってましたと、コハナが口の端を上げる。
「先程のリュナ魔塔士生の発表ですが、治癒魔術を許可したのは魔塔士長でしょうか?」
この紫眼鏡の人の発言に会場が騒然となる。
しかし標的にされている先輩は、一切の表情を崩すことなく飄々と答える。
「そうだけど?」
その様子に会場が静まり返った。
戸惑うことなくあっさり認めたからだ。
紫眼鏡の人もこの反応には予想外だったのだろう。
眼鏡を指で持ち上げる。
「治癒は医術塔の仕事です。魔塔が手を出してはいけないとご存じのはずですよね? このレポートについても、私から魔塔士長に進言したはずですが?」
進言?
ドヤ顔クレームの間違いでは?
「別に魔塔士が治癒魔術を使ってはいけないという決まりはないから。主任だって治癒魔術で魔導具を作ってもいいんだよ?」
「どうして私が医術塔の真似事など……!」
思わず声を荒げてしまった紫眼鏡の人は、咳払いをして気を取り直す。
「このままリュナ魔塔士生の研究を進めれば、医術塔からさらに圧力をかけられますよ?」
なんか凄く大事になってきた……。
ハラハラとしながら二人のやり取りを見守る。
「リュナ、今よ。『私のために争わないで!』って飛び込むのよ」
「それ絶対今じゃないから」
それに嬉しくなるような状況でもない。
むしろ胃が痛くなる状況だ。
「別に彼女は医術塔に使わせるために作ってないんだけど。医術塔に行く程度ではない傷を一般家庭で治すという名目で動いているから、医術塔は関係ないよね」
先輩のこの言葉に紫眼鏡の人の口角が上がる。
「おかしいですね。私が彼女のレポートを確認した時は、確かに医術塔に使わせる名目で記載されていましたが?」
紫眼鏡の人……『の人』を外そう。
紫眼鏡が勝ち誇ったように笑う。
そうだった!
あの人にレポートを見られてたんだった!
どどどどどどどっ……どうしよう!
「レポートの段階ではそうだったとしても、今は変更したんだからいいんじゃない?」
「ああ。そうですか……。リュナ魔塔士生は魔塔士長のお気に入りですからね。例外も認めるというわけですね」
こんな公の場で何言ってくれちゃってんの!?
この眼鏡!!
すでにトレードマークの『眼鏡』しか残っていない。
「なにか勘違いしているようだけど、俺は治癒魔術を使うなとは一言も言ってないよ? むしろ魔術として存在するなら、それを利用して人の生活が豊かになるように考えてもいいとさえ思ってる。だけどみんな、医術塔のことを気にして今まで手を出してこなかっただけでしょ?」
「これで医術塔との確執がさらに深まるようなら、あなた一人が責任を取る問題じゃなくなると自覚されているのですか?」
「こんな小さなことで医術塔は噛みついてこないよ。あっちの方が医術に関しては、技術も知識も上なんだから」
「……そういえば魔塔士長は医術塔のエルメル教授とも仲が良かったですよね? 裏で賄賂でも贈って、リュナ魔塔士生の研究に医術塔が騒がないようお願いしているんじゃないですか?」
あの日、確かにエルメル先生は先輩の部屋にいた。
二人の仲だし賄賂を贈ってはいないと思うけど、協力を依頼している可能性はある。
だとしたら贔屓と思われても仕方ないのかも。
先輩は面倒そうに深い溜息を吐く。
「で? 主任は結局何が言いたいの?」
眼鏡はこの瞬間を待っていたと言わんばかりに、声を上げる。
「みなさん! このように特別な一人だけを贔屓するような魔塔士長は、魔塔の長には向いていないと思いませんか! 私なら長として、みんなを平等に導くと約束しましょう!」
複雑そうな顔、興味深そうな顔、困惑した顔、様々な顔がホールに広がる。
「わぁ! 面白くなってきた!!」
私の隣は、完全に面白そうな顔をしている。
「まずいですね……」
私の逆隣では、難しそうな顔をしたマウノが呟く。
「魔塔士長は今まで淡々と評価をする分、誰に対しても平等だというところが評価されてきました。けれど今回の件で、魔塔士長はリュナさんを贔屓しているとみんなに思われてしまっています。このままいけば、魔塔士長の交代も有り得るかもしれません」
「そんな!」
焦っていると、突然会場に穏やかで心地のよい声が響く。
「面白いことになってきましたね」
その声は、みんなの席とは別席のホールを一望できる場所から聞こえてきた。
前には仕切りがあり、顔を見ることは出来ない。
けれど声の感じは、若い男性のようだ。
「キャーーーー―!! 魔塔主様よ!!」
うるさっ!
隣のコハナが騒ぎ出す。
これが魔塔主の声。
透き通るように通った低い声は、会場の全員を魅了しているようだ。
やはりあの声には秘密がある?
「こういうのはどうでしょう。半年後の審査会で、どちらが魔塔士長に向いているかの投票を行うのです。そこで票の多かった方を、次の魔塔士長に任命しましょう。少なかった方はもちろん、上級魔塔士に降格とします」
「しかし私は主任という立場なので、魔塔士長に向いているかをみんなに見せることができません」
魔塔主の提案を聞き、眼鏡が意見する。
「ではこの半年の間だけ、あなたを魔塔士長代理に任命しましょう。この期間だけは魔塔士長を二人とします。異論はないですね」
二人に対して同意を求めているのだろう。
「もちろんです! 喜んで務めさせて頂きます!」
「魔塔主様の意のままに」
二人がそれぞれ魔塔主に向かって頭を下げた。
どうしよう……。
大変なことになっちゃった!!
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