力
血のような夕焼けが廃墟一帯を照らし出している。村は数日前よりも破壊が進み、もう村人は居なかった。そのほとんどが息絶えていたのだ。
瓦礫の山に、レオが座り込んでいる。その周囲には死体の山―数日前までは生きていた村人たちの成れの果て。
レオの甲冑が夕焼けに照らされ、血が滴っているかのように見える。その腕には少女の亡骸。レオは亡骸を地面に下ろし、バイザーを上げる。
「どうして……」レオは涙を零し、亡骸に毛布を被せる。
死骸には、鍬や鉈が突き刺さっている。その死体の一つは、数日前に街で会い、武器を渡さなかった男の一人。
『我々の村もマガイの被害にあっていて……お願いします』その言葉が蘇る。しかし、村人を殺したのは、マガイではなかった。
―略奪目的の虐殺。しかも、やったのは近隣の村人だろう。
レオは歯噛みする。
リーゼが、レオの肩に優しく触れ、「こうやって弔うことしか今はできません。さ、帰りましょう」
街での戦いは上手くいった。だからこそ、リーゼに無理を言って、村に来たのだ。しかし、このざまだ。
「そう……だな」レオは亡骸の瞼を閉じてやり、静かに立ち上がる。そして、空を一瞥。空が青さを増していく。
レオ達が街へ戻ろうとすると、
ごそごそとした音がし、レオたちは咄嗟に瓦礫に身を隠す。
「若」リーゼは瓦礫の先の何かを見ている。レオもそれを見ると、オイレンブルクの鉄器兵。
鉄仮面を脱いでおり、黒い長髪が見える。オイレンブルクの者ではない。
「なぜ……鉄器兵装を……」レオは男を見て、言う。リーゼも言葉を失っていた。
甲冑は、男たちと何かを話しているようだった。しきりに周囲を見ている。
「どうする?」レオは、リーゼを見る。リーゼは逃げましょう、と首を振る。
レオは目を伏せる。見逃すわけにはいかない。鉄器兵装の強大な力は、誰にでも渡してよい訳はないのだ。この力は法を順守できる者だけが使って良いはずなのに―
許せない。己の内に広がる黒い衝動。
「少し、話をしてくる」レオは言い、リーゼの制止を振り払い、躍り出る。
「おい!」叫ぶと、鎧がびくりと震える。
「なんだ、ガキかびっくりするじゃないか」甲冑は、レオを見下ろし、大きなため息をついた。
「これをどこで手に入れた」レオは、甲冑を睨みつけ、言う。甲冑の男は無言。
「ここで何をしている」レオが再度、問うと、
「何も」肩をすくめ、眼を閉じ、ため息をつく―
次の瞬間、腹部に鈍い痛み。気が付くと、地面に叩きつけられている。頭に鈍い痛み。
「どうだ、これが鉄妖の力だよ」傭兵は、レオの頭を踏みつけ、ぐりぐりと踏みつける。
「なぜ……こんなことに」息をするたびに激痛が走る。
「なぜ……だって? こんなすごい力、使わない訳ないだろ!」傭兵は高笑いする。周りに居た男たちも、そうだそうだ、と言い、笑っていた。
「お前、オイレンブルクだろ……独り占めしやがって、クソが」頭を思い切り踏みつける。頭蓋が揺れ、幻聴がする。
急な上昇感―気が付くと、首を掴まれ、壁に押し付けられている。
「弱ぇな、お前。ここで死ねや」片手で首を掴んだまま、何度も頬をぶたれる。
視界が揺れる/頬で熱の塊が炸裂したような衝撃。口のなか一杯に鉄の味が広がる。
「待て!」リーゼの声が響き、彼女の姿が見える。
「動くな、こいつを殺すぞ」
リーゼは歯噛みし、動きを止める。
「おい、棍棒で殴れ」
周囲の男が予備動作なく、リーゼを殴る。鈍い音と共に、リーゼが倒れこむ。
「抵抗したら、こいつを殺すぜ」
「り、リーゼ……」
リーゼは殴り倒され、地面に倒れこんでいた。
「さて……鎧をはいで、じっくりと犯すか」傭兵はレオを見て、舌なめずりし―
「こいつ……男か……やっぱ殺すわ」そう言って、レオの首を絞める。息が出来なくなる。
―あの技を使うしかない。
レオは口いっぱいに広がった血を、傭兵に吹きかける。
「きたねぇな……」傭兵の額に青筋が見える。
レオは最後の力を振り絞り、「限定使用……管理者権限発動」
「あぁ?」傭兵が首にかける力を強めようとした瞬間だった。その身体が硬直し、震える。
レオは地面に落ち、血反吐を吐いた。
「なんだ……これ」傭兵がうめく。その場からも動けず、指先も動かすことができない。鎧が空中で固定され、拘束具となって動けないのだ。
これはオイレンブルク内で許された者だけに伝わる力であり、一時的に全ての鉄妖を従えることができる特別な力だ。オイレンブルクの中心部に位置する鉄妖の本体に、その血液の匂いが登録されていないと使用できない。
「折れろ」レオは口元の血を拭い、鉄妖に指示。
ぱき、と高い音と肉がつぶれる音と共に、傭兵の腕が折れる。
傭兵が絶叫する。後ろの男たちが、恐怖し、レオに向かってくる。その手には剣。
「薙げ」
男たちの剣が空中で固定される。唖然とする男たちを尻目に、剣は急加速。男たちが悲鳴を上げる間もなく、その首が宙を舞い、地面に転がる。
「頼む……許してくれ」傭兵が言う。
レオは「お前は、これをどこで手に入れた?」
傭兵が押し黙る。
レオは無言で、指を掴み、折るしぐさをする。片方の指が折れ、傭兵が絶叫する。
「名前は知らない! オイレンブルクの技術を売っていたんだ……どこの領地の連中かは知らない!」
「本当か?」そう言い、レオは指を折る。
傭兵が絶叫、涙を流し、「とうぞくだん……盗賊団とか言ってた……頼む……それ以外は知らない!」
レオは自分が、再度、指を折ろうとしていることに気づき、止まる。内心から沸き起こる強く、黒い衝動。
今まで必要以上に殴られてきた。それも、必要以上に。それを今や言葉一つで殺すことができる。
異様な高揚感に、全身が震える。
―俺は今、こいつより強い!
レオは指をもう一度折ろうと、手を動かす。それに冷たい物が降れる。
「辞めてください、レオナルト様」低く鋭い真剣な声。
振り向くと、リーゼが居た。その手は、レオの手を掴み、震えている。
「で……でも」言葉を発しようとするが、リーゼの瞳が何かを見て激しく怯えていることに気づき、止まる。まさか、俺に震えている?
はぁはぁはぁ、と異様な息づかい。それが自分から発せられていると気づく。
急速に全身から熱が引き、冷えていく。
レオはその場で、倒れ込んだ。