表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第一部 移送編
7/35

北部地域ー2

 レオが、月に手を伸ばす―まるで、そうすれば届くかのように。しかし、レオが居る高台からでは、その明かりを浴び、闇の中で微かに輝くことしかできない。


 レオの隣には、リーゼ。黒い甲冑を身にまとい、眼下に広がる街―と言ってもほとんど廃墟同然だが―を睨みつけている。


「来ました。若様、合図を」リーゼが低い声で言い、レオの方を向く。レオは高台についている鐘を鳴らす。すると、下で人が動く気配がした。


 街の方を見ると、廃墟の屋根に数人の男達が見えた。二、三人が十棟程度の家屋の上に居る。それぞれがロングボウを持ち、道路へ向けている。


 突然、土を削るような異音が街に響き始める。その方向を見ると、街の奥の闇から大量の何かが迫ってくる。月夜に照らされたのは、不細工な形の球体。数は少なくとも二十、多くて四十。大きさは牛や馬ほどもある。


 マガイ、とレオは、その怪物の名を口にする。先ほど手を伸ばした月、もしくはもっと遠くの空から飛来した化け物。


 マガイは全身に無数に生えたとげを動かし、街を削りながら進んでくる。棘は家屋の外壁を容易に削り取っていく。おそらく普通の剣やこん棒では殺すことは難しいだろう。しかし―


 道路を進むマガイの群れに、男たちが矢を放つ。それは棘の隙間に入り込み、マガイの身体に深く突き刺さる。しかし、マガイの動きは一向に止まらない。


「始まります!」リーゼが、レオを伏せさせる。


 伏せる寸前、見えたのは、マガイの体内に刺さった矢が力場によって変形、内部の金属片が反発、炸裂し、剃刀のような刃をまき散らしながら周囲に突き刺さる様。ざくっ、と音がし、高台の壁にも金属片が刺さる音がする。


 マガイを殺すには、再生能力を奪いつつ、その肉体を細断する必要がある。炸裂弾は、再生能力が発揮できないほどに瞬時に裁断してしまおう、と言う武器だ。


 鉄妖の力場には、大きく分けて二つの種類がある。反発させる力と、引き寄せる力だ。反発は、力場を発する鉄妖から距離が離れる程、精度や速度も遅くなる。引き寄せる力は逆だ。炸裂弾は、反発の力を使う為、炸裂する金属片が周囲に散らばり、甚大な被害を出してしまう。


「リーゼ……苦しい」レオが呻く。リーゼは、レオを守るべく、覆いかぶさっていたのだが、いささか力が強すぎた。


「その命には従いかねます」リーゼ冷静に言い放ち、首だけ動かし、空を見上げる。空には青い煙。


「合図です」リーゼは咄嗟に立ち上がる。


 レオは大きく息を吸い、立ち上がる。そして、目の前に一つの鞄を置く。中には、黒い甲冑―レオ専用の鉄器兵装。


「着装」そういうと鉄器兵装がレオを包み、自動的に装備されていく。通常の金属鎧プレートアーマーよりも厚く、特殊な処理が施されたそれは強固であり柔軟だった。


 《覚醒者》として、第三の腕を手に入れたレオは、オイレンブルクの騎士―鉄器兵団―として戦うことが認められている。


 レオの甲冑は肘から先が太く、拳闘を主とした戦闘スタイルであると分かる。レオは、同じく甲冑に身を包むリーゼと顔を合わせる。リーゼの甲冑は痩身であり、その手に握られたサーベルには黒曜石がはめ込まれている。刀身は、軟性の高い金属で作られ、そこに黒曜石が刃として付けられているのだ。これは鉄妖の力で、刀身を自在に曲げ、異様な切れ味を出せる。


「降下する」レオはそう言い、高台のふちに足を掛けた。眼下では、斃しきれなかったマガイが蠢いていた。


 レオは高台から跳び、地面に向け落下、土煙を起こして着地。しかし、鉄妖の力で衝撃を吸収しており、本人は無傷。


 がしゃっ、と音を立て、レオが顔を上げる。その視線の先にはマガイの群れ。


「オイレンブルク式鉄器兵、レオナルト・オイレンブルク……参る」


 宣言し、レオは腕を振るう/手首に収納されていた短剣が現れる。黒曜石だろうか、鉄とは違う素材で作られたそれは余りに鋭く、闇の中で青く輝いている。


 隣で地面が砕け散る音がし、土煙からリーゼが現れる。


「先に行きます」


 マガイに相対し、斃し始めるリーゼを見て、レオは微かに逡巡する。


 《覚醒者》として、第三の手をイメージすることは出来る。そして、第三の手、と言う強いイメージが、特殊な言語、もしくは別の形で鉄妖に伝わり、力場が動いているという仕組みも分かる。だが、それを自分が使いこなせるイメージがない。


 マガイが飛び跳ね、レオに体当たりする。レオはそれを避ける。今は悩んでいる場合ではない。


 咄嗟にマガイに接近、腕を振り、その身体を両断。切断部分に、薄く鉄妖が貼りつき、再生を阻害。再生できない分裂体を踏みつぶし、さらにバラバラにする。


 ―まずは一体。


 剣に着いた粘液を振り飛ばし、レオは目の前の敵を睨みつける。


 二体、三体と斃していく―


 しかし、いかんせん数が多すぎる。暗闇の中、大量のマガイが蠢き、ガラス片がこすれるような嫌な音を立てている。鉄器兵装を使用した際の、力場の持続時間は、長くて二時間、最大出力で使えば三十分と言う所だ。このままでは時間切れで負けてしまう。


「俺が斬る」背後からかすれた声。


 振り向くと、白髪のくせ毛が見えた。華奢な身体―引き絞られた弓を連想させるような、鋭い筋肉の塊。


「シモン……」


 オイレンブルク鉄器兵団・団長シモンは、必要最小限の鎧だけを着、マガイの群れを睨みつけていた。その眼には、異様な殺気。


 シモンの周囲で、バチッ、と火花が散る。


 ぱっ、と周囲が昼間のように白化/獣の唸るような雷鳴が周囲に轟く/飛来する青白い光芒―マガイの群れに激突/遅れて来る轟音と衝撃波。


 煙の中から、ズタズタに切り裂かれ、焦げているマガイの死骸が見えた。そして、底に突き立つ何本もの両手剣―手で振るうには大きすぎる鉄塊。


「反発をここまでの精度で……」リーゼが唖然とする。


 瓦礫の山から、生き延びたマガイが動き出す。シモンはそれを睥睨―その右手が光の中で輝く―白銀の義手。


たぎれ!」シモンはマガイに吠え、義手を大きく振るう。義手が弾け、両手剣にまとわりつく。


 ―あの義手は鉄妖で出来ていたのか。レオはあんぐりと口を開けた。


 シモンは、肩から先が無くなった右手を振るう。すると、両手剣が宙に浮かび、自由自在に舞った。剣が閃き、マガイを真っ二つにしていく。まるで、シモンの肩から巨大な腕が三本生え、縦横無尽に動いているかのよう。


 これが噂に聞く《祝福》なのか?


《祝福》―それはマガイと遭遇した者に稀に宿る力だ。その力はマガイを屠るごとに強大になると言われている。その絶大な力は国を傾かせるものもあると言われる。かつて、ゼーフェリンク家に居た《業火》の異名を持つ男は、空気を圧縮し、爆炎を生み出すことができた。彼は、マガイ何百、何千と屠った―その威力は余りに強大で《祝福》への人々の畏怖を強めた。


 《祝福》には段階がある。マガイの再生能力を奪うことしかできない第一段階、特殊な能力を開花させる第二段階、そして更に上の第三段階。第一段階の者は珍しいとは言え、数十人の一人にはいると聞く。


 マガイを屠るごとに、シモンの雷は輝きを増し、周囲を青白く照らす。レオやリーゼの鎧が、ぶるぶると細かく震える。


 力場は、かつて鉄妖を自在に動かす《祝福》の能力を、凡人でも使用できるように改良した物だと聞いたことがある。つまり、シモンの力は通常の力場操作ではない。


 これが本当の鉄妖の力―


 その異様な力に、レオはただただ怯えた。


 シモンは跳び、街の奥へ進む。その姿は何処か嬉々としていた。


「これが鉄器兵団の真実ですよ」リーゼが苦々しい口調で言う。


 レオは、ハッとし、リーゼを睨む。


「正義や善を成すために戦うのではなく、戦った結果、それらがついてくる」リーゼが吐き捨てるように言う。


 レオは、リーゼから視線を逃がす。


 視線の先には、かつて憧れた騎士が、嬉々として、マガイを屠っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ