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黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第一部 襲撃編
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反撃―2

「レオナルト!」母親が咄嗟に傷を押え、シャルロッテは盾を抑える。しかし、今にも扉ごと押し返されそうだ。


 真赤な血が床に落ちる。腕は痺れ、不規則に激痛が走り、動かすことができない。これでは、鉄妖の力場を使うことができない。シャルロッテは泣きながら、必死に盾を抑えている。


 弱きを救う騎士になるんじゃないのか?


 レオは歯噛みする。もう鉄妖は思い通りに動かせない。ならば―


 脳裏に、苦い思い出が蘇る。鉄妖を自在に動かすには、四肢の他に、もう一本の腕をイメージの中で生成する必要がある。その力を持つ者は《覚醒者》と呼ばれている。レオは、何度もその訓練を受けたが、成功しなかった。


 もう左手は使い物にならない。だが、仮想の手を生み出し、剣を自在に振るえば、皆を救えるかもしれない。


「母さん、お願いがあります。薬を傷に塗り込み、左手をマントで隠してください」レオは、言いながら鎧に付けられている白いマントを見る。


 母はレオの意図を悟るが、目を見開き、「何を言うのです! 今は、そんなことをしている場合では―」


「それしかないのです!」レオは脂汗を浮かべながら言う。歯噛みし、痛みをこらえる。


 母は、レオの覚悟を感じたのか、咄嗟に甲冑からマントをはぎ取り、レオの左手を、レオから見えないように隠し、傷に薬を塗り始める。薬は神経を一時的に麻痺させる効果があり《覚醒者》の試験で使われている神聖なものだ。


「ぐっ……」焼けるような痛み。しかし、すぐに痛みは薄れ、左手を覆っていた痺れさえも、消えていく。


 異様な感覚―まるで、左手の肩から先が無くなったかのよう。


《覚醒者》は、四肢を失った者に現れる幻肢痛ファントムペインを利用し、鉄妖を自在に操っている。だが、実際に四肢を失う訳にはいかない為、このように疑似的に四肢のどれかが無くなったような感覚を作り出す必要がある。


 疑似的に左手を失ったレオが左手を動かそうとする力を、鉄妖が感じ取り、それが力場として作用する(現代で言う筋電義手。無くなった手を動かそうとする電気信号を鉄妖が感知、力場を操作する信号として認識する)。そうすることで自分の手足のように力場を操ることが可能になる。


 母は鉄妖の一部を、マントの下の左手に付着させる。おそらく肩の部分。レオは、自分の左手を動かすのをイメージする。呼吸が苦しい。暑い。


 どん、どん、と盾が押され、シャルロッテが押されていく。母親も加わるも、押されていく。扉の向こうには、死にかけのリーゼ。


 イメージするんだ!


 レオは、必死に左手をイメージし、落ちている剣を拾うのを脳裏で思い浮かべる。しかし、一向に剣は動ない。


「くそ……」歯噛みし、レオは目を閉じる。


 弱きを救う……騎士に―


 脳裏に突如浮かぶビジョン。異様な影―《第壱位階ヒエラルキーザワン


 そして、真赤な炎から現れる黒い甲冑。そして、その黒腕。


 盾が押され、シャルロッテと母親が倒れこむ。そして、盾の下敷きになってしまう。背後から現れるマガイの群れ。三匹のマガイが部屋の中に入り込む。


 マガイが、レオに向かって跳ぶ―当然、レオは避けられない。


 びしっ、と言う炸裂音と共に、部屋の奥が「何か」に切り裂かれる。土埃が立ち、部屋を満たす。ぼと、と肉のような物が地面に零れ落ちる音がした。シャルロッテは、瓦礫から這い出、周囲を見る。


 土煙の奥に何かが見える。小さな人影、その左半身はマントで隠れている。マントは風で揺れている。


 ぶじゅう、ぶじゅう、と嫌な音がしたかと思うと、シャルロッテの背後にマガイが居た。恐怖で声を上げることもできず、ただ、その場で固まってしまう。


 空気が切れる音―マガイが真っ二つに。


「な……なに?」シャルロッテが振り返ると、まず見えたのは、巨大な腕。


「大丈夫か、シャルロッテ……」土煙から現れたのは、甲冑の腕が左肩に装着されているレオ。甲冑の腕は、まるで本物の腕のように見えた。しかし、本当の左手はぶらぶらと揺れている。


「若様……」


 レオは、左半身に現れた幻肢ファントムリムをしっかりと感じ取っていた。そして、それが操る甲冑の腕と、それが持つ両手剣を。


「シャルロッテ、歩けるか?」額に血が付着し、髪の一部が額についているレオは、やつれていた。


「はい」シャルロッテは、微かに恐怖とは違う、胸の動悸を覚えながらも頷く。


「母と、リーゼを部屋の奥へと頼む」


 シャルロッテは小柄ながら、その腕力で二人を助け出した。


 レオが、マガイを斬り伏せていると、


「レオナルト、生きているか!」廊下の奥から、シモンの声がした。


「シモン!」レオも声一杯に応える。


 シモンは、マガイを斬り伏せ、レオ達の元へとたどり着いた。そして、すぐにリーゼを肩に乗せる。


「もうすぐ朝が来る。そうすれば、マガイは撤退するだろうと言われている。外へ逃げるぞ」


 2人は協力して、マガイを斬り伏せ続けた。1時間もした後、5人は無事、城の外へとたどり着いた。


 城の外にある離れに僅かな明かりが見えた。


「レオ!」父が、松明を振って合図してくる。父と臣下たちは、離れの屋上に乗り、登ってくるマガイを振り落としていた。


「数も少ない。向かうぞ」シモンが、レオを見た。


「力場を用いた加速は出来るな? 屋上まで跳ぶぞ」


 レオは頷き、シャルロッテの手をぐっと握り締める。 「大丈夫だよ」


 シャルロッテは何度も頷き、レオの手をさらに強く握り締めた。


 レオは、シャルロッテを脇に抱え、強く抱きしめた。そして、離れまで跳ぶのをイメージする。


「行くぞ!」


 シモンの声がした瞬間、レオの脳裏に、離れまで跳ぶビジョンが弾ける。


 気が付くと地面が足から離れ、冷たい風が全身を打っていた。景色が溶け、ぐんぐんと離れが近づいてくる。そして、父の叫ぶ顔がまじまじと見える。


「受け止める! 来い!」父が腕を大きく広げ、叫んでいる。


 勢いを殺せないまま、レオとシャルロッテは、父にぶつかった。


「いてて……」レオが起き上がると、ぐっと何かで圧迫される。


「心配させやがって……」気が付くと、父がレオを抱擁していた。


「苦しい……」そう言いながら、レオは抱きしめ返した。


 1時間後、朝が来た。別動隊と共に、騎士団が街を探索し、マガイの巣を爆破した。幸いなことに、そこがオイレンブルクに現れたマガイの震源であったため、マガイはほぼ完全に殲滅された。


 城で、皆が治療を受ける中、窓際に一羽の鳩がとまっているのが見えた。


「父さん、伝書鳩が……」レオが言うと、父は伝書鳩から手紙を取り上げた。そして、青ざ


「北部地域はほぼ壊滅。領主である、ゼーフェリンク家の城は陥落、首都は水没……」


 父は手紙を握りつぶした。臣下のディーデリヒがそれを受け取る。


「オイレンブルク家への援軍要請……」ディーデリヒも歯噛みし、震えた。


「王命だ。従わない訳にはいかんだろう……例え政敵だとしても」

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