表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第二部 決戦編
34/35

終局

【1】


 半壊した城の中を全速力で走る者―蕾は、門番を辞め、ベルタを探し回っていた。その身体は血塗れであった。片腕は脱力し、走るたびに揺れる。


「ベルタぁ!」喉も避けよと、声を絞る。声はとうに枯れていた。まるで、母親にはぐれた迷子のような必死さ。声を張り上げるために、息を吸うと、腐り始めた血の匂いが肺を満たす。


 お願い、お願いだから生きていて。祈りながら走る。


 走るたび、壁の破片が足を傷つける。それでも走り続ける。つんのめって倒れる。片方の髪留めが壊れ、髪が無造作に垂れる。しかし、構ってなどいられない。顔から破片を払い、嗚咽しながら親友の名前を叫ぶ。


「つぼみ……」ベルタのか細い声。后の部屋からだ。


 蕾は、后の部屋のドアをけ破り、中へ入る。猛烈な死臭。思わず、後退る。しかし、堪えながら進む。


 部屋の奥には大きな穴が開いていた。蕾がそこを覗くと《第壱位階》を入れた箱と、その周囲に散らばる大量の臓物。


「つぼみ……」か細い声がし、ベッドに進む。そこには、倒れたベルタ。鼻血を出し、顔は真っ青だ。


 ―祝福を使った代償だ。


「ベルタ……」蕾は、ベルタを抱え、その様子を瞬時に把握。祝福の使用により、体力はほとんど残っていない。安静にしていて助かるかどうか、そのレベルだ。


「逃げるよ」蕾は、ベルタを抱え、部屋を出ようとする。


「い、いたい……」ベルタは小さく悲鳴を上げる。


「ごめんね……でも行かないと」


 ベルタは小さく首を振る。その瞳からは大粒の涙。そこにも血が混じり始める。


 蕾は言葉を失い、口を開き、呻いていた。


「ぐるしい」ベルタはか細い声で鳴き、血を吐く。


 どうしようどうしようどうしよう―


 ベルタは、蕾の腕を軽く掴む。


「……ころして」そう言う間にも血が口からこぼれる。


 蕾は、ベルタの意図を察する。だが、そんなことは絶対にできない。


「で、できないよ。そんなこと」そう言って、顔を覗き込むが、もうベルタには聞こえていない。探るように、蕾の顔を触る。


 ―まさか、視力まで?


 蕾は言葉を失い、ベルタを見つめていた。


「い、た、い……おね、がい」血を吐きながら親友が言う。


 蕾は呆然と宙を見つめる。


 ―そんなことできるわけない。やったとして何になる。


 ベルタが蕾の頬を触る―指が痙攣。その瞬間、蕾は決意する。


 ぶずっ、と肉を強引に切り裂くような嫌な音。


 蕾がうつむくと、ベルタは血を吐きながら虚空を見つめていた。その首からは夥しい量の血が零れていた。ベルタの唇が動く。あ、り、が、と。


 蕾は、その瞼を優しく閉じようとする。


「つ……ぼ……み?」ベルタが血を吐きながら訊いてくる。その口調は孤児院の時と何も変わっていない。錯乱しているのか、どこか楽しげだ。


「なに?」蕾は、零れ落ちる涙を必死にぬぐいながら、その手を握る。


 泣いてるの? 唇が弱弱しく動き、ベルタが弱弱しく微笑む。その手が探るように、蕾の頬を撫でる。


「―てないよ」嗚咽で口が回らない。それでも微笑み、その手をさする。


 泣いているんでしょ、と悪戯っぽくベルタは微笑み、


 ―へへ……じゃ、じゃあ……楽しい夢の話……し、してあげる。


 ベルタは、ごぼ、と血の泡を吐くと、それから何を言わなくなった。


「聞かせてよ……」蕾は亡骸を抱え、嗚咽する。すがるように、いつまでもベルタの身体を抱きしめ続けた。



【2】



 赤い闇。


 ごぼごぼ、と水の音が聞こえる。息ができない。耳鳴りがする。


 ああ、死ぬのだな。ソフィアはぼんやりと思った。


 水の奥に黒い影。ただ、その形は異形。


 追い求めた御姿。人間の背骨から、膨大な数の樹枝が生え、縦横無尽に生えたような異様な形。


 《第壱位階(ヒエラルキーザワン)


 自分を信じた皆に申し訳なかった。だが、これだけの被害を出せば、何とかなるだろう。《第壱位階》さえあれば、アイメルトは何とかなる。


 そんな時だった。水をかき分け、甲冑が飛び込んできたのは。そして、その腕がソフィアをつかみ、引き上げたのは。


 空気の音。気が付くと、肺が空気を求め、喘いでいた。激痛の中、肉体が蘇っていく。


「ソフィア!」自分を呼ぶ声。


「旦那……様」げほげほ、と咳をしながらソフィアは、自分を抱える当主を見つめた。


 体が鉛のように重い。


「后様!」ハインツがソフィアの顔を覗き込んでいた。


 声をあげようとするが、掠れた、ひゅー、ひゅーと言う音が漏れるだけ。


 皆が悲しみに満ちた顔をしている。なぜだろう。


 《第壱位階》の入手はもう目前だ。


「お前さえ居れば……」リュディガーの暖かい指が頬に触れる。


 何を言っているの? ソフィアは困惑する。


ハインツが天井を見上げ、「おしまいだ……」


「お前と二人、歳を取りたかった……」


 ソフィアはそこで初めて、あることに気づく。まさか、そんな―


 身体が動かない。喉からは、ひゅー、ひゅーと言うか細い音しか出ない。視界がゆっくりと闇に覆われていく。


 しにたくない


 ゆっくりと、音が聞こえなくなる。眼が見えなくなる。


 どうして、いまさら


 冷たい闇が、静かに、そして着実に、ソフィアを覆い尽くしていく。


 もうおそい―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ