最後の黒き騎士
外で悲鳴が聞こえる。何か鋭い物が地面に突き刺さる音がする。音で我に返り、レオは周囲を見る。周りには死体。リーゼの顔を見て、思わず嗚咽する。
―どうして僕を助けたんだよ
レオはよろよろと立ち上がり、力場で強引に拘束を引きちぎる。そして、リーゼの瞼を閉じ、自分の涙を拭い取る。
無意識の内に、レオは鉄妖に指示―瞬時に鉄器兵装を装着。
何が起きているのか理解が追い付かない。だからこそ、信頼できる者と合流しなければ。脳裏に現れるのは、胡散臭い青年―リヒャルトの顔。彼なら、何か手を打っている筈だ。
レオは、リヒャルトと何かあった時の集合場所を決めていた。その場所へ向かう。幸い、槍は降ってこず、無傷で室内へ入れた。
集合場所である空き家に入ると、そこにはリヒャルトと、もう一人居た。
「ボニファーツ……貴方が内部協力者だったのか……」
老人は、顔を伏せ、呻く。その膝元には倒れ、口から血を零しているリヒャルト。
「そうだ……彼が騎士団上層部の協力者だ」
「リヒャルト……」レオは駆け寄る。
「血の霧はソフィアの《祝福》だ……」リヒャルトは歯噛みし、震えながら言う。そして、ソフィアと植物の関係性について説明した。
「アイメルトの異様な仮面……あの指の装飾の中には、ある植物が入っているんだ。そして、正しい仮面のつけ方をしなければ、中の植物の茎は折れ、葉は潰れる。そうすることで、植物は危険信号を仲間に送る。それによって、ソフィアは敵味方を識別し、攻撃している」
「仮面の予備はないのか?」レオが訊くと、
リヒャルトは首を振る。
「あの槍はなんだ?」
「ソフィアの《祝福》……自己再生を応用した攻撃手段だ。霧はボニファーツが開発した水を噴出させる装置の中に、血が混ぜられており、それが再生、増量した物を噴出し、そこから肉や骨を形成しているんだ」
「僕たちは霧を浴びていないが……」レオは目を細める。
リヒャルトは目を伏せ、「食事に……混ぜ込まれていたのだろう、その……」
レオは嗚咽し、胃の中身をぶちまける。吐きながら、リーゼのことを思い出し、涙が自然と零れた。
「何があった……?」リヒャルトが咳き込みながら言う。
レオは、オイレンブルクの話をした。
「そうか……どうやら、俺達はソフィアにはめられたようだ」リヒャルトは言い、横目でボニファーツを睨む。
「どういうこと?」レオは、老人に水を向ける。
「ゴレイヤ公国の情報を使い、ゼーフェリンクとオイレンブルクをここに留め置いた。そして、ソフィアの《祝福》で皆殺しにする。王家、オイレンブルク家ともソフィアの《祝福》については知らされてはいない。つまり、双方が『敵方が正体不明、かつ強力な兵器を持っていて、それにより何百人も殺された』と認識する状態が作り出される。そうすれば、アイメルト領で戦力を展開しにくくなる」
女帝の思惑だよ、ボニファーツは呻くように言う。
王家とオイレンブルク家の対立、その膠着状態をソフィアは利用しようとしている。
「アイメルト領内に《第壱位階》は置かれ続ける。そうすれば、パワーバランスは変わる。この惨劇を利用し、両家の恐怖を煽れば、戦争をコントロールできる」
「オイレンブルク家の急進派も、今の攻撃でほとんどが死んだ訳か……」レオは言いながら、口を吊り上げる。なるほど、そういうことか―
ディードリヒやシモンを核とした急進派は大半が死んだ。これにより、オイレンブルク家領地内にとどまっていた急進派の影響力が弱まる。そうすれば、父を推していた戦争に反対し、《第壱位階》を破壊しようとしていた一派が息を吹き返す。オイレンブルク内で内部抗争が始まり、膠着状態は加速する。
リヒャルトは声を荒げ、「俺はソフィアを殺すべきだと思う。そうすれば、王家とオイレンブルクの膠着状態を作りながらも、ソフィアに介入されずにことを進められる」
「それは……」ボニファーツが何か言おうとするのを、リヒャルトが睨みつけ、黙らせる。
「仮にソフィアを殺せたとして……」レオはため息をつき、
「王は力を欲しているんだぞ……《第壱位階》をみすみす手放すものか!」
リヒャルトは目を見開き、
「恐怖を使う。ソフィアが考えていた抑止の力を使うんだ。それにより、お互いがお互いを殺せる状況で、どうにか移送を進めさせる。移送に関しては、王からの命が必ず来る。そこを利用する」
レオは鼻で笑い、「それでは、何もかも失われるだけじゃないか。相手への恐怖で《第壱位階》が破壊されても、何も前進がない」
「何が言いたい」リヒャルトが青筋を立てる。口からは血が零れる。
「ヒトは《第壱位階》以上の武器を必ず生み出す。ソフィアの抑止論よりも劣った方法で、王とオイレンブルクを動かしても、同じ状況は数年後、数十年後、数百年後、また起こる。何も変わらない!」
リヒャルトは、眼を見開き、「誰かが、大いなる力を適切に制御できると言うことを体現しなきゃならないのは分かる。だがな……大量虐殺をやらかしたアイメルトとオイレンブルクはそうじゃない。王だってそうさ」
「ゼーフェリンクがそうだったとでも?」
リヒャルトは歯噛みし、震える。
「もう話すな」ボニファーツが、リヒャルトを寝かせ、
「ソフィアの真の目的は、抑止ではない。それは前段階に過ぎない」
「どういうことだ?」
「ソフィアは《第壱位階》の力を制御するべく、意思疎通を図ろうとしている」
レオが目を細めると、
「《第壱位階》と意思疎通を行い、《祝福》を自由に引き出そうという訳だ。それによって、ヒトを進化させる。それが最終目的だ」
「そうすれば、世界は平和になるのか?」レオが顔を伏せると、
「ヒトは神ではない……」ボニファーツは首を振り、
「平和な人類など、作り出せるものか。自然が磨き上げた現人類に敵うはずがない。私はそう信じている」
ボニファーツは、自然淘汰と進化と言う現象について話し始めた。普通なら、異端の考えと馬鹿にできたが、今は違った。
「自然に磨き上げられたヒトねぇ……」話を聞いたリヒャルトが嘲る。
ボニファーツはそれを無視し、「レオナルト、お前、どうやってここまで来た?」
「え」レオは、微かに声を上げる。
「り……リーゼが助けてくれたんだ」レオは良いながら、ポロポロと涙を零した。
「なぜ、彼女がお前を助けたか分かるか?」
「それが仕事だからだろう」
「この状況下で?」ボニファーツは鼻で笑い、
「それも分からないのに、現人類は駄目などと……」
「自己犠牲が美しいとでも?」
「違うな、彼女はお前を、お前の善性を信じ、自己を犠牲にし、お前に未来を託したんだ」
レオは、ボニファーツの気迫に飲まれ、微かに呻いた。
リーゼが何を考えていたのかは分からない。だが、今、ここに立つ、自分の命は、今ここにある。
俺が、リーゼの最期の思いを昇華させることができる。
炎のヴィジョン。畏敬の影。騎士の手。
レオは、自身の手を見つめた。
かつて、自分を救った騎士が居た。その騎士の行動が、その心が、今までレオを律し、励ましてきた。それが虚構だったとしても。ならば―
リーゼの思い、それを受け継ぎ、弱きを救い、大いなる力を制御し、自らを犠牲にしてまでも善のために戦う騎士、そんな存在が確かに居たんだという証明。それが、誰かを励まし、律し、救うのでは。
俺が、最後の黒き騎士になるのか。
「わかった……よ」レオは拳を握る。
「ソフィアを斃しに行く」
「今、仲間が向かってる。奴なら、ソフィアにダメージを負わせることができる」リヒャルトが言い、
「死ぬつもりじゃないだろうな?」
レオは目を細め、微笑み、「死ぬつもりはない」
リヒャルトは微かに震え、弱弱しく微笑んだ。
「頼む」ボニファーツは静かに首を垂れる。
リヒャルトは目を閉じ、「死ぬなよ」
かつて、殺し合い、憎しみ遭った政敵同士は、静かに抱擁しあった。
「じゃあ、行くよ」そう言い、レオは跳んだ。
向かうは、敵の城―




