表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第一部 襲撃編
3/35

襲撃ー2

 ふと、廊下で慌ただしい足音がした。扉が乱暴に開けられ、従者が入ってくる。長身の女性で、黒いコート・オブ。プレートを身に付けている。二十歳くらいだろうか、歳の割に落ち着いている。


「若様、ご無事で?」女性が言う。いつもは、その歳に似合わない程に落ち着いているが、今は少しだけ乱れている。


「リーゼ……か、どうしたんだ、こんな夜中に」目をこすりながら、従者リーゼを見る。しかし、彼女の切れ目がいつも以上に鋭いことに気づく。


「何があった?」ベッドから起きあがり、訊く。


「説明は後です」リーゼは、滑らかな黒髪の長髪を、高い部分で結んでいたが、それが彼女の焦りを表すかのように振れる。


 リーゼの横には、真っ青な顔をしたシャルロッテ。


 3人は、三階から一階まで慌ただしく降りていく。そんな中、先ほどまで父が寝ていた居間が見える。


 窓が割られ、カーテンが風で激しくはためいている。カーテンが割れたガラスを揺らし、嫌な音を立てていた。


 ―何か、不味いことが起きたな。


 異常事態を察知したレオの眼に、先ほどの本棚。本が乱暴に床に散らばり、その中の一冊が暖炉の火で燃えている。


「リーゼ!」レオは、従者の手を引く。リーゼは、レオの意図を察し、


「私は暖炉を消します。若様は本を!」レオは燃えかけている本を足で踏み、強引に火を消す。燃えていたのは先ほど読んでいた騎士物語―


「あ……ああ」黒焦げになった本を見て、唖然とするレオを、リーゼが強引に引く。


「行きますよ!」


 そうして、一階の廊下にたどり着いた時だった。廊下の奥で何かを引っ搔く音が聞こえる。かりかりかり、と耳障りな音がした。


 音の方を見ると、闇の中に異形の塊。咄嗟にリーゼがシャルロッテの口を塞ぐが、微かにうめき声をあげてしまう。


 闇の中に居たのは、成人男性の背丈程もある球体。その姿が、月明りで照らされる。その姿は、見たこともない生き物―と言うか、生物かどうか怪しい異形の怪物。


 怪物の身体は粘液で覆われ、全身が棘で覆われていた。棘は粘液が突出し、氷柱のような形を形成しているだけで、常時形が安定しない。眼や鼻どころか、顔や身体に相当する部位はない。粘土をこねて作った塊から棘を生やしただけのような醜悪な姿。月光が、怪物を照らす。ぬらぬらとした表面が怪しく輝いている。


 全身が泡立ち、恐怖が背筋を駆け巡る。ふと、シャルロッテの喘ぎが漏れてしまう。怪物が、ぶるっと身体を震わせる。


「まずい……」リーゼが言った瞬間だった。


 闇の奥から人影―瘦身の成人男性。黒い甲冑に身を包んでいる。


「逃げろ!」かすれた声で男性が言う。


「シモン!」レオは、男性の名を呼んでいた。かつて、自分を火事から救い出した恩人であり、騎士としての手本。


 シモンは、剣を怪物に突き立てる。しかし、全く歯が立たない。


「この……」シモンは、細面を歪ませ、歯噛み。剣を突き立てたまま、怪物を持ち上げる。そして、剣ごと天井に突き刺した。


 怪物は天井にぶら下がり、その触手を蠢かせていた。


「今だ!」シモンが言い、4人は急いで居間へと向かう。今には、甲冑を着た騎士たちが雪隠詰めになっている。その奥で、従者と母親が震えていた。


 シモンは扉を閉め、抑えた。


「ああ、レオナルト!」母親が高い声を上げ、レオを抱きしめる。


「どうしたのです?」抱きしめられ、呻くように、レオが言う。


 父が現れ、「北部地域を震源としてマガイが現れた。20年前の災厄のような」


 見たこともない父の顔―レオは事態の深刻さを知る。


およそ20年、「マガイ」と呼ばれる化け物が国を襲った。その被害は大きく、数百人が死んだと言われている。マガイとの戦争は数年間行われ、ほぼ完全に駆逐されたと言われている。事実、その被害も数年に一度聞くかどうかだ。しかし、王はマガイに怯え、その対策に金と人を湯水のように使っている。


「今、廊下に居るのはマガイなのですか?」リーゼが問う。父が頷くと、誰もが災厄のことを思い浮かべたのか、落ち着きをなくし、騒ぎ出す。


「落ち着け、鉄器兵装が手元にある者は装備しろ」


「リーゼ、これを」シモンが、リーゼに鎧を差し出す。黒い塗装がなされた甲冑。


 第三世代の鉄器兵装……


 甲冑を見て、レオは微かに高揚してしまう。


 リーゼが傍らに置いていた大きな鞄を開ける。そこに入っていたのは、粘質の球体。球体は不定形で、金属質の輝きを放っている。


 光沢を放つ球体は、鉄妖ウーズと呼ばれ、マガイ同様に空から飛来した異界の生き物だ。しかし、ヒトに友好的で、鉄を引き寄せたり話したりする能力―力場―があり、人間はその力を利用している。力場を使い、高速で移動したり、非常に強力な力を発揮することができる。


 かつて王より、鉄妖の管理を任されたオイレンブルク家は、その力を最大限に出せる甲冑を研究、開発した。それがこの鉄器兵装である。


 通常の甲冑だと、鉄妖を使用した高速移動でかかる負荷は、使用者に全て来るが、この鉄器兵装は違う。革と甲冑を複雑に組み合わせ、人体の骨格と筋肉を模倣した構造になっている為、加速の負荷のほとんどを吸収することができる。


 また、甲冑それ自体が高い防御性能と近接戦闘力を持ち、白兵戦ではまず負けることはない。何より、通常であれば、武器を持った状態で力場を発動する関係上、身体の重心が偏った状態かつ、四肢が十分に使えない状態での加速、力場使用になるが、兵装そのものに武器を組み込むことで、それを回避している。


 レオは、リーゼを見る。リーゼは痩身の鉄器兵装を装着している。これは第三世代であり、第一世代がただの甲冑、第二世代が攻撃力と防御力の増加と加速負荷の吸収を行うなら、第三世代はヒトを超えた力を引き出す。


 リーゼ含め、数人が付けている第三世代の兵装は、異形のものもある。リーゼのように、筋肉を引き締め、恐ろしい斬撃性能を身体から引き出すものや、怪力を引き出すものまである。しかし、鉄器兵装を付けているのは数人だけで、マガイの数が多ければ、戦力としては心もとない。


「全員が交代で休憩する。まずはリーゼの班からだ」父が短く指示を出す。


「行けるか、シモン」父が、騎士団長であるシモンに偵察を頼む。


 シモンは目を細め、頷く。今、シモンは鉄器兵装を装備していない。だが、それに匹敵する実力がある。騎士団長シモンは頷き、部下を連れ、廊下に躍り出る。


「若、少し休みましょう」リーゼが言う。その声は微かにくぐもっており、甲冑内に響いて奇妙に反響している。のっぺりとした仮面は、無機質で少し不気味であった。


 本当はシモン達に着いて行きたい。だが、先ほどのことを思い出し、レオは肩を落とした。結局は、騎士見習いでしかない。


「ああ……」レオは自身の拳を見て、微かにため息をつく。高揚感が急速に萎えていき、心臓の鼓動が激しくなっていく。高揚感とは異なる動悸―


 ぱちっ、と言う暖炉の牧が爆ぜる音。突然、蘇るビジョン。


 炎が作り出す影が、とある異形を作り上げる。人間の背骨から、膨大な数の樹枝が生え、縦横無尽に生えたような異様な形。思い出しただけで全身が泡立つ。


 《第壱位階ヒエラルキーザワン


 マガイを作り出したとされる異界の化け物。オイレンブルク、ゼーフェリンク、アイメルトの主要王位継承家の騎士が倒したとされる怪物。


 ―恐ろしい。死にたくない。


 レオは顔を伏せ、隣に居るリーゼの手を握る。


「怖いのですか?」リーゼが訊く。


「怖くはない」レオは顔を膝に付けたまま言う。


「心配ありません、私が守ります」


 レオの震える身体を、リーゼが横から抱きしめる。


「やめろ……」そう言いながら、レオはリーゼの手を一層強く握り締めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ