胎動
【1】
―アイメルト城の一室
ガオは、狭い部屋に捕えられていた。
目の前には、手の絡まったような異様な仮面をつけた男達。
リヒャルトの旦那の言った通りだ、とガオは、微笑む。
「何が目的で裏切った。言え」そう言って、一人がガオの頬を張る。
口に鉄の味が広がり、呻く。
何度か殴打され、ガオは弱弱しく、
「ツェーザル……助けてくれ」
「今、なんと言った?」殴ってきた騎士が言う。
「何も」
「ツェーザル、助けてくれ、と言わなかったか」
ガオは顔を下げ、「聞き間違いだ」
騎士は、後ろに居た騎士を見て、
「ツェーザル、こいつはお前の仲間か?」
「ち、違います!」
「なら、なぜ、お前の名を知っている。なぜ、甲冑の上から判断できる?」
ガオはただ無言で俯いている。
「ツェーザル、こいつを殴れ」
「え……えっ」ツェーザルと呼ばれた騎士は呻く。そして、そのままガオを殴る。ガオは殴られながら、一瞬、ツェーザルに助けを求めるような視線を送る―しかし、本当はそれを騎士に見とがめられることが目的だった。
「今の視線、あれはなんだ?」
「し、知りませんよ!」
「仮面を取れ、そして、再度殴るんだ」
ツェーザルは仮面を取った。髭面の、ガオの知らない顔が現れる。
ツェーザルは、容赦なく、ガオを殴り、「何も感じません」
ガオは血の混じった唾を吐く。
「仲間を売れば、お前を助けてやるぞ」騎士がガオに言い放つ。
「そんなこと、するわけないだろ」ガオは顔を上げ、騎士に唾を吐く。
「おい、騎士を全員連れてこい」騎士団長が仮面を脱ぎ、唾を拭って言う。
「裏切り者を炙り出すぞ」
【2】
リヒャルトは、アイメルト騎士団の男たちの顔と名前を記憶していく。ガオの演技のお陰で、当直だった全員分を把握できた。
そして、一人一人の顔を思い出し、意識を集中する。
そして、一人の視界が見えた。
リヒャルトの脳裏に閃光。
無差別殺人/ゼーフェリンク、オイレンブルクの壊滅/ソフィア・アイメルト/血の霧/オイレンブルクと王家の膠着状態/ディーデリヒを騙す/飲み水
リヒャルトは、ハッとし、他の者にも意識を移す。
そして、とある文章を見ている者を見つけた。
ソフィアの祝福を使った大量殺人―
まずい。リヒャルトは立ち上がり、フェリクスの元へ走った。
「フェリクス様、今すぐここを発ちましょう」
【3】
ソフィアは壇上の上で、副団長を見下ろしていた。
「申し訳ございませんでした。敵の《祝福》で覗き見られているまでとは考えが至らず」副団長は頭を地面にこすりつけている。
「作戦の決行を早めますか?」騎士団長が訊く。
「ああ、予行演習通りにすれば良い。住民の避難が完了次第、決行だ」ソフィアは淡々と言い、ハインツもそれに倣い、冷静に部下に指示を飛ばす。
ソフィアは、ハインツを一瞥。彼女は、ハインツが微かに動揺していることを察していた。
ハインツの視線が泳ぎ、一瞬、ソフィアを見る。ソフィアは微動だにせず、ハインツの眼を見つめ返す。
―落ち着け
ソフィアは胸に手を当て、少し大げさに深呼吸し、肩を動かす。そして、その手をハインツに向ける。
ハインツは微かにぴくりとし、それに倣う。
ソフィアは目隠しの奥で、目を細める。もう時間がない。敵が気づいていれば行動に起こしている筈だ。
ソフィアは、副団長を見つめる。大きなミスをしてしまった今、彼は挽回するために多少の無理ならやりかねないだろう。それが騎士団全体を危険にさらす可能性もある。
ソフィアは騎士達の配置を思い出す。代理ができるだろう者たちは数人。そのいずれとも副団長の関係性は悪くない。
ソフィアは副団長の名を呼び、
「別命あるまで地下で待機。ハインツ、代理ができる者は居るか?」ソフィアは冷徹に言い放つ。その口調は感情を配した軍人の物。
ハインツは、ソフィアを向き、「居ります。連れてきますか?」
「頼む」
副団長が何か言いたげにソフィアを見る。2人だけになったのを良いことに、ソフィアは優しい声で副団長を名前で呼び、
「お前を一人を責めるつもりはない。だが、汚名を返上したいというお前の焦りは当然、部下にも伝わる。ゼーフェリンクの抵抗が激しい場合、地下から二陣を連れてくる必要がある。それまでは待機だ。分かってくれるか?」
副団長は唇を噛み、震え、「共に戦いたかった。本当に申し訳ない」
副団長は、ハインツが連れてきた代理に引継ぎを行い、地下へと向かう。
「難しい状況になりましたね」代理となった騎士が言う。
「何が難しい? ゆっくりとで良い、説明してくれ」ソフィアが尋ねる。
騎士は、配置の変更等細かく説明を始めた。ソフィアはそれを聞き、盤上の紙にメモを書き入れていく。
ハインツと共に、こうするああする、と案を出し、数分で代替案を出す。
「これならギリギリ行けます」代理は言い、ソフィアは頷くと、
「よし、行け!」
騎士は持ち場へと走っていく。
「土壇場で……クソ!」ハインツが地面を蹴り上げる。
ソフィアは、それを眺めながら、ゆっくりと椅子に座り、
「この戦いに勝ったら、まずは何をする?」
「勝ったら……ですか?」ハインツは髭を撫で、呻く。
おそらくハインツほどの男なら、この小さなヒビからの負けまでの手筋が見えるだろう。だが、それは負けまでの手筋が一つ増えた、という事だけでしかなく、負けると決まった訳ではない。とはいえ、負けるかもしれないというイメージは、ハインツに大きな影響を与えてしまうことになる。だからこそ、ソフィアはそれを払しょくさせたいのだ。
「愛人の騎士と風呂でも入るか?」ソフィアはふざけた口調で言う。
ハインツは顔を赤くし、「いえ……自分は」
「全く、こんな美人な上司がいるのに罪な男だよ」ソフィアは唇をすぼめる。ハインツはそれがジョークだと気づき、微かに微笑み、大きく息を吐いた。
「よし、我々も行くとしよう!」ソフィアは椅子から降り、「ハインツ騎士団長、貴官の働きに期待する」
ハインツの雰囲気が一瞬で引き締まる。
「勝ちに行くぞ!」ソフィアは短く、それでいて強く叫ぶ。




