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黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第二部 調査編
28/35

限界点 2

【1】


 ヨハン・オイレンブルクは従者を連れ、城壁外の視察をしていた。朝早いせいか、空気が冷たい。


「う……さむさむ」両手をこすり合わせる。


「霧が濃いですね……」


「ああ……」ヨハンは、ふと霧の奥に人影を見る。女性、だろうか、どこかで見たことのあるシルエット。


 従者の一人が突然目を剥いたかと思うと、その場で倒れこむ。


「だ、大丈夫か」駆け寄るも、呼吸が乱れ、苦しんでいる。


「気絶させただけや」冷徹な声。しかし、聞きなじみのある声。


 顔を上げると、白い服を着た女性が霧から現れる。ソフィア・アイメルト。


 白い服と白い目隠し、シンプルな装いはソフィアの美しさを際立たせていた―まるで、清らかで冷たい霧から生まれたかのよう。髪も後ろでまとめただけで、長髪が風で揺れている。


 ヨハンは、かつて恋をしていた少女の顔を思い出す。自分より少し年上の、親同士のつながりがあるだけの仲だった初恋の人。


「やっぱりゾフィー……だよな?」


「懐かしい響きやな」ソフィアは興味なさげに言い、腰に付けた剣を抜く。


「殺すのか、俺を」ヨハンは、ソフィアを見つめる。


「ディーデリヒ様との約束……あんたに恨みがある訳やない」


「あれはもう王家と戦争をする気で居る。あれだけ連日、諭しても一向に意見を変えようとはしない」ヨハンは、ふっと鼻で笑い、


「お前らがけしかけたんだものな」


「彼も背中を押されたがっていた、ちゃいます?」


 ヨハンは頭の後ろを掻き、「一つ、教えてくれ《第壱位階》の力を制御できるほどの精神性を持った者が生まれると本当に信じているのか?」


 ソフィアは首を振る。


「《第壱位階》を手に入れる。それが私の存在理由やから」


「民を信じるのか」ヨハンは、真剣な目でソフィアを見つめた。


「自分よりは信じられる」ソフィアは冷徹に、感情を込めずに言う。


 ヨハンは、ふっと笑った。


「そうか」


 肉が削げる音がし、ヨハンの骸が地面に転がる。


【2】



 父・ヨハンがマガイに襲撃され、死んだ。


 鉄器兵団での話し合いは、主にディーデリヒが主で進めた。そして、そこで初めて本国では父への支持が下落し、親戚の力が増していることを知った。


 口論の理由はこれだったのか。移送の是非。


 オイレンブルクの答えはこうだ。ゴレイヤ公国を退けたとしても、移送は中止。当面、次期当主はヨハンの親戚となる。


 次期当主でなくなった途端、皆がレオの話を聞かなくなった。


 ―今、自分が持つ力、それが本当に自分の力かどうか、見極めていなかったのね


 ソフィアの声。ハッとし、部屋の隅を見る。しかし、彼女がいるわけがない。


「とうさん……」ベッドの中で、レオは涙を流す。


 そんな中、親善試合は行われることとなった。


 レオは、うつむくリヒャルトを見つめていた。その表情は暗い。


 そんな二人を差し置いて、ゼーフェリンク家とオイレンブルク家の親善試合は盛り上がりを見せていた。


「ガオから連絡がありました」


「それで?」


「盗賊団の動きが活発化していると」


 レオは拳を握り、微かに呻く。今日も、この会場に来るまで、何人の尾行が付いたか分からない。


「どうする?」


「アイメルト家が何かを企んでいるのは確実です。ゴレイヤ公国の件も彼らが仕組んだ可能性すらある」


 ここにきてすぐ、ゴレイヤ公国の件を聞かされていた。だから、移送が止まっていたのだ。だが、それは父の死で決定的になった。


「そうなのです。前回の襲撃とは異なり、決め手に欠ける」


「騎士団上層部のスパイはどうなったんだ?」レオは微かに声を荒げる。


 リヒャルトは、レオを見つめ、


「アイメルト家の上層部にスパイを作ることは出来ました……ですが、まだ情報を持ってくるには信頼度が低い」


 レオは歯噛みし、「どうするんだ。このままでは―」


 リヒャルトは、レオを手で制し、「私は、ガオをアイメルト城に忍び込ませようと考えています。彼も《祝福》を持っている。彼の視界を覗き見れば……その」


 リヒャルトも《祝福》の力を使うことができる。能力は、他の《祝福》を持つ者の視界を共有すること。本人が寝ていたり、死んでいると勿論共有できない。


「方法は問わない……情報を入手できるならな」咄嗟にレオが答える。


「なっ……」リヒャルトは微かに立ち上がり、レオの顔を覗き込んだ。


「彼が捕まって死ぬかもしれないのですよ」


「大勢の命と、ガオ一人の命なら、僕はガオの命を切り捨てます」


 リヒャルトは、レオの肩を掴み、「父上の復讐ではないですよね」


 レオは虚を突かれ、押し黙る。


「力を使うべく、選ばれた者は一時の感情に流されないんですよね?」念を押すような、諭すような言い方でリヒャルトは言う。


 レオは俯き、地面を睨みつけていた。


「許せない……《代行者》どものせいで、大勢が死んだ。力を濫用する屑どもが」


「《代行者》も、そうやって激情に駆られ、力に逃げたんでしょうよ」リヒャルトが呆れたように言う。


 レオは、リヒャルトを見上げる。そして、その襟を掴む。


「大切なものを失っていないお前に何が分かる!」


 リヒャルトは、レオの手を掴み、静止させる。


「大切なものを守るのは、力だけではない。あなたはその言葉を信じ、そして、あなたは、それを体現できると信じていたんですがね」


 レオの力が抜ける。ふと、自分の手を見る。自分を助けてくれた騎士の手を思い出す。


「《代行者》は力による強引な現状変更を図ろうとしている。そんな彼らが《第壱位階》を手に入れてどうなります」


「だが……抑止力が失われれば」


「ゼーフェリンク家が《第壱位階》を持っておらず、ヨハン殿が死んだ今、抑止など夢のまた夢ですよ」


 レオは地面に座り込み、


「それでも……誰かが力を適切に使うと信じたいんだ」涙があふれだした。


「分かりました。《代行者》の目的と正体を暴き、考えましょう」


 レオは頷いた。

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