限界点 1
ヨハン(オイレンブルク家当主)は、熱気に顔を歪める。目の前では、アイメルト家とオイレンブルク家の騎士による親善試合が行われている。
アイメルト家が所有する闘技場で試合は行われていた。今は、《剛腕》のグスタフと、アイメルトの蕾が戦っている。
筋肉の塊のような大男であるグスタフは、その腕に巨大な鉄腕を付けている。これで殴られれば、骨は簡単に折れ、内臓は潰れ、肉体はジュースのようになってしまう。
流石に模擬専用の鉄腕を付けているが、その威力は凄まじい。蕾が放った樹木を簡単にへし折り、ものともせずに、蕾へと接近する。
―見ていられない。
蕾の首が、鉄腕でがっちりと抑えられ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……」血の混じった唾を吐き、蕾が呻く。
「《祝福》もこんな物か」鉄器兵の一人が小さく呟き、ヨハンはそれを睨みつけ、制する。確かに、思っていたよりも《祝福》の力が味気なかったのは言うまでもない。怪物と呼ばれている《祝福》使いである蕾ですら、植物の種と、それが育つための栄養素を持っていないと何もできず、生やした樹木も力場を使えば、脅威度は高くない。
アイメルト家が慰み者と言う体で、何人もの《祝福》使いを雇っているのは知っていた。当初、ヨハンは慰み者の人数を見て、絶望的な戦力差を感じた。しかし、今は違う。彼らの奇抜な外見からは、誰が本当の《祝福》使いなのか分からない―つまり、巧妙な偽装なのだ。
「辞め!」ヨハンは声を荒げ、目を伏せる。
グスタフは手を放し、仲間の方を見る。リーゼを含め、皆がグスタフを白々しい眼で見ている。
グスタフは、蕾を運ぼうとし、アイメルトの騎士に制され、とぼとぼと戻ってきた。蕾は首を絞められ、白目を向き、地面に転がっていた。それを騎士が丁重に運ぶ。
「手加減をしてどうなる」そう言ったのは、細面で背の低い男―《魔弓》のピーター―だ。鉄製武器を浮遊させ、攻撃する才は誰よりも上だ。精度、飛距離ともに異常で、遠距離先頭において右に出る者は居ない。
「相手は子供だ……」グスタフが渋い顔をする。
「そんな事を言っていれば、毒で殺されるぞ」リーゼが冷たく言い放つ。
「《迅刀》……貴様には騎士の精神がないのか」グスタフが座り込み、疲れたように吐き捨てる。
「刀を抜けば、もうそこには死ぬか生きるかしかない。そうではないか《剛腕》」リーゼが腰の曲刀に触れ、言う。
《迅刀》のリーゼ―近接戦において、力場を使い、相手の武器の軌道を逸らし、刀を滑り込ませる。その刀捌きは、速度、精度において、ゼーフェリンク含めても右に出る者はいない。
「そのくらいにしろ、次はピーターだ」ヨハンは、騎士たちを黙らせる。
ピーターが出ていくと、アイメルトの騎士たちが、ぞろぞろと相対する。
「一対多を想定した模擬戦か」ヨハンは呟き、横に居る。ソフィアを見る。女帝は、倒れた蕾を見ても、表情一つ変えなかった。だが、内心の焦りは見える。
ピーターは騎士の武器を奪い、簡単に制圧していく。ソフィアは、その様を記録し、騎士団長と話をしている。
―これは、我々が王家の騎士と対峙した時に、どこまで戦えるか、と言う評価試験だ。アイメルトの連中は、そもそも《祝福》の力で王家の騎士と渡り合おうと思っていないようだ。連中の仕事は毒麦で相手を疲弊させることだ。
ソフィアの狙いは、王家を打倒し、宗教戦争のパワーバランスを崩すことだ。アイメルト領の連中が信じ込んでいる《第壱位階》を神とする宗教観は、古典派とも革新派と異なる。あえて言うのであれば、革新派なのだが、革新派は現在、足踏みが揃わない。現状、劣勢なのだ。そこで、古典派の中心人物である王家に大きなダメージを与えようと画策しているのだ。それでも、ここまで独自の進化を遂げた宗教観が、革新派に受け入れられるとも思えず、どこか無理な延命処置に見える。
―だが、ソフィアとて馬鹿ではない。奴らは、我々に勝てないことを確信しているのだ。
ヨハンは目を細め、女帝とその臣下を睨む。不老不死の《祝福》を持つと言われているソフィアでさえ、体術は並みの騎士程しかできない―つまり、再生前に肉片に変えられればなすすべはないし、鉄器兵団の力があれば肉片にできる。つまり、大した脅威ではない。
しかし、それは不味いのだ。ディードリヒや鉄器兵団は、アイメルトの騎士たちに対し、すっかり慢心している。連中は、我々に牙をむくことはないと、本気で信じ始めている。むしろ、自分たちの従騎士の如く扱いをしても良いとすら感じ、勢い付き始めている。
―ここで、ディードリヒ達を勢い付かせるのは不味い。このままでは本当に王家との戦争になってしまう。俺が止めなくては。
ヨハンは目頭を揉み、静かにため息をついた。




