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黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第二部 調査編
26/35

錬金術

【1】


 レオ達は、アイメルト家の鍛冶場に居た。専属の鍛冶職人たちが、神妙な面持ちで火事場を見ている。鉄器兵装の整備メンテナンスをアイメルトで行えるようにしろ、とディードリヒから指示があったのだ。事実上の技術提供になるため、父は反対したが、実際にはこうして強行された。


 アイメルトの職人たちは、見学人など意に介さず、いつも通りに鉄を鍛えている。しかし、それでも敵意―と呼ぶほどではないが、鋭い感情がこちらに向いているのは分かる。


 両家が向かい合い、ぴりぴりとした空気を出している中、


「凄いですね……」険悪な空気をなだめようと、レオが呟く。


「そうじゃろう、そうじゃろう」かすれた声に振り向くと、小さくて丸い老人。後頭部は禿げ上がっていた。白い髭を何度も撫でている。


「だがな、儂の発明はこんなもんじゃない!」老人は声を上げ、皆の視線を集める。


 老人の手には、人の背丈ほどの、巨大な木製の樽。樽には、数か所の穴。どうやら従者に運ばせたようだ。


「なんです、それ」レオが呆然とし、訊く。


「対、禍威マガイ用殲滅兵器じゃ!」そう言い、老人は樽をポンポンと叩く。


 レオはハッとする。


これは、街の至るところに置かれていた木樽じゃないか―


「殲滅壁だったのか……これ。殲滅と言うと、炸裂弾のような……ですか?」


「それ以上、じゃよ」老人は、にやり、と笑う。


「見よ!」そう言い、何かつぶやく。


 すると、シューッと言う蛇の威嚇音のような音。


 皆がぎょっとし、後退る。レオも思わず、身構える。すると、水が霧状になって、ぱっと舞った。それ以上は、何も起こらない。


「なんですか……これ」誰かが、ぼやく。


「鉄妖を使い、二つの鉄板を瞬間的に合わせる。そうすることで、樽内部の水を高圧で噴射するのだ」


 老人は胸を張り、高らかに笑う。


「高圧で……噴射」リーゼが、霧に触れながら、苦笑い。小声で、保湿に良さそう、と言うのが聞こえたが、無視する。


 皆が興味を失い、見学に戻る中、


「凄いですね。さらに高圧にできれば、水で攻撃できるようになる!」レオは、樽を撫でる。


「そうじゃろう!」老人は、童子のように微笑み、


「儂はボニファーツ、この国で最高の錬金術師じゃ!」


 レオは微かに苦笑い、


「儂の発明品を見ていくと良い」


 レオはそれから小一時間、ボニファーツに付き合わされることになった。



【2】



 レオは稽古を終え、ボニファーツの仕事場へと向かっていた。


 ヴィンに来てから一週間、稽古と調査の繰り返しに少しずつ飽き始めていたので、ボニファーツの仕事場に遊びに行くことが増えていた。アイメルトの者との人脈を作っておきたかった、と言う狙いもある。


「よく来たな」ボニファーツが、ふがふがと言った。近づくと、爽やかで、妙な臭い。


「何を噛んでいるんです?」レオが尋ねると、


「これじゃ」そう言って、乱暴にむしり取ったような青い葉をレオに見せた。


「なんですか、これ」


「噛むと、気持ちエエなる魔法の草じゃ」


 レオの脳裏に、異端、の言葉が浮かぶ。薬草を使った魔法は、教会から異端審問を受ける。これもその一種なら、ボニファーツは明らかに教会に反発する異端者である。


「そんな大っぴらに……俺がオイレンブルク家の人間だって分かっていて言ってるいんですか?」


 がっはっは、とボニファーツは笑い、


「大丈夫じゃよ。宗教改革で、教会の方も、改革派の方も弱っているからな。むしろ、そう言った対立構造を上手~く利用して、アイメルト家はこの二十年を過ごしてきたんじゃよ」


「なるほど……」レオが頷くと、ボニファーツは草を薦めてきた。


うえっ、とレオが言うと、


「何がうえじゃ、これも薬として使われておるんじゃ。アイメルトの騎士の仮面、あの指が絡まった部分には、この草が詰まってるんじゃ」


 レオが愕然とすると、


「ラリってる訳じゃないぞ。少量に抑えれば、恐怖感を消し、興奮を高め、戦闘に適した精神状態を作り出すことができる。お主らが良くやる戦闘前の主への祈りと同じようなもんじゃ」


「我々の祈りはそんな物じゃ……」


 そう言いつつ、レオは、シモンの恍惚とした顔を思い浮かべ、顔を曇らせる。正しいことをし、救済や平和をもたらす為の「手段」としてではなく、力を使うという「目的」がまずあって、それを行使した先に正義や平和がある。そんなオイレンブルクの騎士と、薬でハイになるアイメルトの騎士と、一体何が違うというのか。


「どうした、顔が暗いぞ」


 レオは大きくため息をつき、


「僕は少し前まで、大いなる力を使う者は、適性のある者に限られていると考えていました。でも、それは違った。それが少し残念だっただけです」


「少し、じゃないだろう?」


 レオは息を飲み、頷く。気が付くと、涙が零れていた。ボニファーツは優しくレオの背を撫でた。


 レオは嗚咽を殺し、


「僕を……僕を助けた時にシモンは腕を失いました……それが自傷さえ厭わない高潔な精神の表れであり、大いなる力を使う者としての資格の一つだと思っていました」


 レオはそこから先を話せなかった。話せば、自分が考えていることがさらに強化される気がして。


「ヒトなぞ、そんなもんじゃ」口から葉を取り出し、地面に捨て、ボニファーツが言う。


「だがな、レオナルト、勘違いするんじゃないぞ」


 レオは名を呼ばれ、ハッとする。


「儂は、かつてオイレンブルクで炸裂矢の開発に関わり、ゼーフェリンクでも祝福の能力開発に携わってきた……」


「え……」レオは、目の前の老人の空気が変わるのを感じた。


「戦い始めればお互いが壊滅する、そんな恐怖を両陣営が持つことで、二十年間の平和は保たれてきた。そして、それをもたらしたのは、無知による恐怖や相手への偏見、敵勢力への憎悪、そして、それらが自らへと向けられているという自覚、政治または経済的な理由……それだけとは思わん」


「他に何があるんですか?」


「それが善意、もっと言えば相手を信じるという、ある種の願いのような物ではないか、と儂は考えている。それが最悪の状況だけは回避してきた」


 レオは背筋を伸ばし、ボニファーツの顔を覗き込む。


「僕を助けた騎士の中にあった、光のようなもの?」


「そうだ。騎士物語で歌われているような美しい物、そういった物が確かにある、と儂は考えている。そして、今まではそれが機能してきた。だが―」


 ボニファーツは顔を曇らせ、


「ゼーフェリンクは祝福の開発を怠った。そのせいで《代行者》のよる攻撃を許してしまった」老人は大きくため息をつき、


「だが、儂はゼーフェリンクを批判する気にはなれんよ。《第壱位階》を神のように崇め《祝福》を持てはやしているアイメルトが教会に異端認定を受けていることを考えれば、ゼーフェリンクのように《第壱位階》は異界の化け物で、マガイはその使いで《祝福》は厳しく取り締まられるもの、と言う社会的な認識を広げたことは間違ってはいない」


 レオはそれを聞き、口の中に苦い物が広がるのを感じた。確かにオイレンブルク家も、鉄妖を神の使い、と言うよりは、家畜や益獣くらいの認識で扱ってはいた。《第壱位階》も神ではあるが、崇め、信仰する対象と言うよりは、畏怖する対象でしかなかった。


「だが、異端審問への対策を徹底した結果、《第壱位階》の力を畏怖し、信仰することによる抑止構造が崩れてしまったのも事実だ」


「もう元に戻せないんですか?」


「現状ではな。だが、一つ方法がある」


 レオはボニファーツを睨む。老人も少年を睨み返す。


「《代行者》による攻撃が行われる前は、オイレンブルクとゼーフェリンクの双方が、両陣営に一撃必殺の武器がある、と思い込んでいた。実際はなかったがな。だから、それをもう一度、復活させる」


「何を言うんです、炸裂矢で十分ではありませんか」


「あれではダメだ。都市一つを一瞬で壊滅させるような、瞬きする間に何万もの命を奪うような兵器。それが作り出す恐怖が必要だ」


 レオは、ボニファーツの言葉を頭の中で反芻、そして、


「その恐怖は、現段階では、誰かが使わないと分からないのではありませんか?」


 ボニファーツは息を飲み、レオの顔を覗き込む。


「なるほど……お主、ただのボンボンではないと思っていたが……その通りじゃ。今までは空想による恐怖で抑止が行われていた。それを現実へと移行しなければならない」


「仮に《代行者》を倒しても、そんなおぞましい物を人に向けて使わないといけないんですか?」


 レオの言葉に、ボニファーツが僅かに呻き声をあげる。


「使わなければ……分からないじゃろう」


 狼狽するボニファーツを見て、レオの中に黒くドロドロとしたものが広がっていくのが分かる。


「躊躇するのは、あまりに大きな力を使用した後に、ヒトがどう行動するかは分からないからですね?」


「そこなのだ……今までは、最悪の状況だけは回避できた。だが、それは空想による恐怖を共有してきたからだ。空想には限りがない。だが……もしも、現実のものになったら―」


 レオナルト、と老人は、若い騎士を呼び、


「凄まじい力の前に、ヒトの善性がどうなるのか、儂に分からない……また明日、ここへ来なさい。お前にだけは伝えなければならないことがある。今日は少し疲れた」


 そういって、ボニファーツは寝室へ戻っていく。


 その背中は、どこか寂しげだった。

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