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黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第二部 調査編
23/35

対価

【1】


 朝、蕾はアイメルト城の一室で目覚める。目が覚めると、すぐに隣のベッドを見る。そこには長髪の少女が寝ている。


 蕾は、少女の痩せこけた頬を撫でる。


「ベルタ……また痩せて」


 《祝福》を使う副作用だった。修道院に居た時から一緒だったからこそ、体形の変化はすぐに気が付いた。近頃、どんどん痩せていく。発育も悪く、蕾と同い年とは思えなかった。


 蕾はすぐに侍女の服に着替え、ベルタの食事を用意する。温めた麦粥だ。


「つぼみぃ……おはよ……」ベルタが片腕だけを上げ、伸びをする。その大きな瞳は、瞼で半分以上覆われ、眠そうな印象を受ける。


「寝坊!」蕾は、皿をベッドに運びながら言う。


「ごめん……」ベルタは顔を伏せ、「へへ……寝る前に楽しいこと考えてたら寝れなくなっちゃった」


「また夢みたいなこと考えて」蕾はベッドに座り、麦粥に息を吹きかけ、冷ます。そして、それをスプーンですくい、ベルタの口へ運ぶ。


「へへ……夢のこと考えると……と、とまらないから。も、もう少し寝てたい」


「今日は天気がいいから、少しでも外に出ないと」


 ベルタは口をへの字にし、粥を食べる。消化が良いから、食べることを強制されているとは言え、不味いのだ。それにベルタは外に出るのが好きではない。


「今日は、后さまと研究しないの?」


 蕾は、研究と言う言葉を聞き、びくりとした。


 研究―蕾の《祝福》である植物を異常成長させる能力を利用した生物兵器の開発。宮殿から少し離れた場所にある菜園、そこで一日四時間ほど、毎日研究が行われているのだ。ソフィアは飽きもせず、土を弄り、水を与えた。


「今日は行かないから、一日中、一緒だよ」


「ごめんね……」何度か粥を口に運んだところで、ベルタはふと言う。


 蕾は一瞬、スプーンに込める力を強めた。


 ―こんなはずではなかった。《祝福》を使うための代償がここまで大きいとは思わなかったのだ。


 かつて、逃げ足だけは速かったベルタは、もう自力で歩くことはできない。最近は左半身も動かなくなり始めている。それでも、持ち前の能天気さで乗り越えてはいる。しかし、蕾は、そんな友人を心配していた。


 圧倒的なベルタの《祝福》だが、何度も使うことはできないだろう。しかし、ソフィアはまだ使うつもりでいる。


 ―非道な機械。蕾の脳裏にソフィアへの印象が浮かぶ。


 まだ蕾やベルタがアイメルトに来たばかりのことだ。二人は《祝福》の力を研修するための会場に呼ばれており、そこにソフィアも居た。


 彼女は《祝福》の検証を行う際、徹底した合理主義を用いた。例えば、蕾なら、出す植物によって《祝福》の使用時間がどれくらい異なるのか、最小限の力しか使わない場合はどのくらい時間が持つのか、主に武器として使う木の幹はどの程度の耐熱性、耐久性を誇るのか、等を徹底的に調べるのだ。


 その徹底さは、恐れを感じるほどで、騎士団の古参兵と精鋭の話し合いによって作られた指標を基に、複数人の監督の下で徹底した環境を作り上げた上で検証は行われた。


 また、検証には容赦がなく、蕾やベルタが気絶した際に、《祝福》による生成物がどうなるのかを検証する際は、騎士によってためらいなく殴られ、気絶させられた。


 だが、それだけならば非道で残虐なだけだが、それを自身にも徹底していることが、蕾にとっては恐怖であった。彼女は自分の能力を理解するために、自分の顔を騎士に殴らせ、時には極限状態に身を置いた。そこに一切の妥協や優遇はなかった。


 気絶するために、その顔を容赦なく殴らせ、口から血が零れる様は、今思い出しても震えてしまう。


 異常。それがソフィアへの蕾の感情だった。しかし、それでも彼女に使えなくてはならない理由があった。それは眼の前の親友。



【2】


 蕾がベルタと出会ったのは修道院だった。二人とも孤児だったのだ。


 今もそうだが、マガイ対策に税を使う王の方針で、修道院への援助はほとんど切り詰められていた。


 劣悪な環境の修道院で二人は出会った。


 食事は、一日一食。野菜の切りくずと、古いパンを混ぜた薄いスープのみ。子供たちは、それを奪い合った。


 蕾は、ベルタと出会った日のことを思い出す。


 蕾は小柄な為、殴り合いでは勝てず、その日も食事にありつけそうもなかった。ボス格の少年に睨みつけられると、すぐに食器をその場に残し、部屋の隅へ逃げた。


 どうせ、抵抗しても無駄だ。それに怪我をすれば、「あの方法も」使えなくなる。器量の良さだけが蕾の強みなのだ。夜まで身を綺麗にしておく、それが蕾の常套手段だった。


 きゅるきゅる、と腹が鳴った。ため息も、涙も、もう尽きていた。夜まで体力を温存するために目を閉じた。もはや何も考えてはいなかった。


「あげる」突然、低く、掠れた声が降ってきた。顔を上げると、ぼさぼさの長髪の女の子。歳は同じくらい―十歳いくか行かないか―だろうか。


 逃げ足だけのベルタ、と周りからは言われていた。頭が弱いが、逃げ足だけは早く、それで食事を死守していた。


 ベルタは、スープの入った食器を蕾に向けていた。


「なに……?」蕾は、癖でベルタを睨みつけていた。


「あ、あ、あげる。た、た、食べてないでしょ」


 ベルタの言葉に、蕾はハッとした。自分より格下だと思っていた相手に施しを受ける。そんなのは御免だった。


「ほっといて!」そう言って、食器を殴ろうとするが、手はふらふらと虚空を切っただけだ。


「し、し、死んじゃうでしょ。食べないと」ベルタが、華奢な腕で蕾の顔を掴む。


 どうしてそんなことをするのだ。この弱肉強食の世界で、そんなことをしても無駄なだけだ。


 ベルタは、強引にスプーンを口に突っ込む。蕾は、吐き出そうとしたが、情けないことに、身体が勝手に咀嚼し、飲み込んでしまう。


「え、え、えらい、えらい」ベルタは無警戒に微笑み、さらにスプーンを口に運ぶ。


 馬鹿だ、こいつは。底なしの馬鹿だ。馬鹿すぎて反吐が出る。


 味のしないスープを咀嚼しながら、蕾は嗚咽してしまう。


「だ、だ、だいじょうぶ……ごめん」


「違う……」蕾は突然あふれ出した涙に自分でも驚いていた。呼吸が苦しくなるほど、涙が溢れて止まらなかった。


 人から優しくされたのは久しぶりだった。亡き母を思い出していた。


 泣き終わると、しゃっくりとあげながら、「悲しくて泣いてただけ……もっと頂戴」


 ベルタは、まるで太陽が輝くような笑みを浮かべた。その明るい笑みに、蕾の心に巣くっていた黒い物が払われる気がした。


 ベルタは時折、自分もスープを口にしながら、蕾に半分以上分け与えた。


「か、か、悲しいんだったら、ベルタが楽しい話、してあげる」そう言って、ベルタは夢のような話を始めた。大きなケーキにかぶりつく話や、ふかふかのベッドで寝る話、泳げるような風呂に熱いお湯を入れる話―


 蕾は、適宜突っ込みを入れながらも、話を最後まで聴いてしまった。ベルタの話す様を最後まで見ていたかったのだ。


 その日は、ベルタと身を寄せ合って眠りについた。修道長のベッドに行く必要はなかった。


 数週間、ベルタのお陰で蕾は食事にありつけた。だが、その一方で何人もの子供が食事にありつけず、また酷い怪我で亡くなった。それは修道長の「躾」によるものだった。夜のベッドの上で行われる、生まれたままの姿での授業。


 蕾は器量が良く、同時にその手の行為への嫌悪感がなかった。だから、他の子供よりも圧倒的に修道長を満足させることができた。だが、他の子どもは違った。だから、酷く殴られ、食事にありつけず死んで行く。


今時、孤児一人の生き死になど、誰も関心を抱かない。だが、蕾にとって、ベルタだけはかけがえのない存在になっていた。何に変えても守りたい、とさえ考えていた。


 だが、運命は、ベルタには厳しく当たった。


「今日は、お前に神の教えを説く」修道長が、ベルタを指差した。


「え、え、え……」ベルタの瞳はぐるぐると回転していた。何をされるのか、断片的にはきいていたからだろうか。それとも神の教え、と言う言葉を理解できなかったのか、それは分からない。


「待ってください、私を抱い―私にお願いします」蕾がベルタの前に出る。しかし―


「駄目だ。お前には、たっぷり教えてやっただろう」そう言って、修道長はベルタの腕を浮かんだ。ぐっと引っ張られ、ベルタは震えた。


 修道長は柔和な笑みを浮かべ、「大丈夫だよ。怖くない」


 ベルタはそれを見て、無警戒に笑った。


 蕾の背筋を寒い物が走った。止めないと、と本能的に悟った。


 その夜、修道長の部屋の前に忍び込んだ。くぐもった声が部屋から聞こえる。ドアをわずかに開け、中を見る。


 聖典を片手に、何かを話す修道長と、理解できずに呆然としているベルタ。いつものやり口だ。罪とか罰とか、どうとかこうとか、言って性器を咥えさせたり、触らせるのだ。


 蕾は歯噛みし、震えた。何とかしないと、と思うが何もできない。この時ほど、自分の非力を嘆いたことはなかった。


 修道長が意味不明な理由で服を脱ぎだし、ベルタは困惑してそれを見つめていた。そして、意味不明な理由で修道長が、ベルタの服を脱がせる。


「や、や、やめて……」ベルタが抵抗すると、修道長はその頬を張った。


 ベルタの泣き顔を見た瞬間、蕾の意思が決まる。修道長を殺して、ここを出る。後は身体を売って稼げば良い。


 蕾は無音で部屋に入り、暗闇に紛れ、部屋を物色する。ドアがゆっくりと閉じ、もう音を立てずに開けることが出来なくなる。もう逃げることはできない。そこから目と鼻の先には、修道長の脂ぎった白い体。


 醜い背中を見て、こいつは殺さないと駄目だと確信する。必死に部屋の中を見て回す。しかし、本とロウソク立てくらいしか目ぼしい物が見つからない。後は、水に生けてある花だけ。


 非力な蕾では本もロウソク立て、扱えない。


「ちくしょう……」歯噛みする。


 蕾が手をこまねいている内に、修道長は、ベルタの上に馬乗りになり、無理やり股を開かせた。


 蕾は、猫のように修道長の首に飛びつく。もう何も考えてはいなかった。怒りと、ベルタを救いたいという強い気持ちだけがあった。


「ぐ……ぐぅ」背後から首を絞められ、修道長は獣のような声を上げた。払われないように、蕾は懸命に力を込める。


 修道長は、髪を掴み、強引に引っ張った。頭皮が焼けるような痛み―視界がぐわん、と回転する。


 大きな音がする―脳天を直接殴られたような衝撃。気が付くと、ベッドの隅に叩きつけられ、脳が揺れて四肢がいう事を聞かなくなっていた。脳震盪を起こしていたのだ。


 獣のように、涎をだらだらと溢しながら、修道長は二人を見た。


「逃げて……」蕾は口から血を吐き、言った。ベルタは泣きながら、蕾に抱き付くしかできない。


 蕾の顎が捕まれ、修道長に引き寄せられる―


 殺してやる、いや、殺す。


 余りに純粋で、透明な殺意。


 修道長の動きが突然、止まる。「ぐっ……ぐぅうううう」獣のような唸り声をあげ、呻きだす。


 解放された蕾はベッドに投げ出された。


 修道長に目をやると、その首に巻き付いているのは、植物のツル。蛇のように、意志を持って、修道長の首を圧迫していた。


 蕾には、それを自分が操っていると、何故か分かった。


「罪だの罰だの……うるせんだよ。ゲスおやじ」蕾は吐き捨てると、そのまま修道長を絞め殺した。


 翌日、何人かの大人が修道院を訪れた。彼らは何かを大声で喚き、慌ただしく修道院を走り回った。


 犯人探しが始まるのは自明だったが、暴行のせいで、蕾は動けなかった。


「に、げ、て……」そう言っても、ベルタは聞かなかった。首を振り、怯えながらも、蕾の手を強く握り締めた。


 次の日、別の大人がやってきた。その人は女性で、何人もの騎士を連れていた。


 純白の大天使―それが初めて女性を見た時の印象だ。質素で品の良いドレス、そして、すらりとし、姿勢の良い身体。


 女性はベルタを見つけると、かがんで視線を合わせ、


「あんたが、修道長と最後に会ってたって言うのは本当?」この地方の方言とは違う、奇妙に耳に残る訛り。


 その顔には、異様な装飾の目隠し。蕾にも、一瞬で、こいつは何かが違うと悟らせるほどの雰囲気。


「は、は、はい……あ!」ベルタは嘘を付くのも忘れてしまっていた。


「私です! 私が修道長様と最後に会いました」蕾が震える声で言った。


「へぇ……」女性は、蕾の顎を撫で、傷をさすった。宝飾細工のような、滑らかで、白く、華奢な指。形の整った爪先からは、微かに良い匂いがした。


「良い眼やな……」


 これがソフィア・アイメルトとの出会いだった。こうして二人は、アイメルト家に拾われ、慰み者と言う体で雇われることになる。

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