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黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第二部 調査編
22/35

呪い


 ヴィン郊外、森林部


 リヒャルトは、アイメルト騎士団と共に狩りに出かけていた。狩りは、その土地を知るだけでなく、軍事訓練としても役に立つ。だからこそ、実質訓練なのだ。


 アイメルト騎士団は週に一度は訓練をしているらしく、その動きはかなり洗練されている。


 狩の途中、リヒャルトは、妙なものを見つけた。茶色い塊が、草の中に落ちている。近づいてみると、野ウサギが不自然に倒れているのだ。近づくと、鋭利な刃物で、首を切られている。だが、外側からではない。内側からだ。


 リヒャルトは、従者の一人に話しかける。痩せた老人で、騎士の盾を持つ従騎士の一人だ。


「なんだ、あれは」


 老人は、眼を見開き、


「ああ……ありゃ《第壱位階》の呪いですわ」興味がないように振舞ってはいるが、その声には恐怖が見える。


「呪い?」


「ええ、十年前くらいからですわ、郊外の動物がああやって内側から切り裂かれて殺されるようになりましてな」


「マガイの仕業なのか?」


 老人は剥げた頭の頂点を掻きながら、「どう……ですかね」


 要領を得ない老人に、リヒャルトは微かにいら立ち、鎌をかけることにした。


「じゃあ、アイメルト家の誰かの《祝福」か?」


「まさか、そんなことがあるはずがない!」老人は、歯の欠けた口を開き、声を荒げた。


「どうしてそう言い切れる」リヒャルトは距離を詰め、顔を寄せる。老人からは、汗の臭いがした。


 ぐぅ、と老人は呻き、「分かるんでさぁ、儂は長いんです!」


 リヒャルトは、老人の手を握り、「働き者の手だ」


 老人は一瞬、虚を突かれたが、リヒャルトの手から滑り込んできた冷たく硬い物に触れ、一瞬、笑顔になる。


「ゼーフェリンク家は半分崩壊しているようなもんでな……俺はアイメルト家と強固な協力体制を築きに来た。分かるな?」リヒャルトは笑みを浮かべる。


「誰にも言わんで下さいね」


「ああ、約束する」


「五年前ですかね、アイメルト家騎士団が、呪いで殺されたことがあったんですわ」


 リヒャルトは微かにうめき声をあげる。


「アイメルトの騎士が?」


 老人は頷き、指を目いっぱいに開き、「十人ですよ。何が憎くて、十人も同族を殺すんです?」


「ありがとう」リヒャルトは言い、老人のポケットに、さらに硬貨を滑り込ませた。


「実はね―」


 老人はまた口を開き、話し始めた。




 リヒャルトは、寮に戻り、老人の話を思い出す。どうやら《呪い》とやらは、アイメルト領で略奪や強姦、殺戮を行った傭兵に対しても発動したことがあったそうだ。その時の惨劇は酷く《第壱位階》を模したかのように、肋骨が外側に飛び出し、身体が変形していたそうだ。


「ナァるほどな」


リヒャルトから話を聞いたフェリクスは頷き、


「五年前といやぁ、王から《祝福》の規制がお達しされた年じゃねえか?」


「確かに……」


「今頃、犯人捜しをしても遅いがな。ただ、一つ言えるのは、五年前《祝福》を扱えたのはゼーフェリンク家騎士団と、アイメルトの一部連中のみだ」


 フェリクスは白い歯を見せ、獰猛に微笑み、「で、俺らはそんなことはしていない」


 という事は、従騎士の老人は、騙されている可能性が高い。


「そういえば……」リヒャルトは声を潜め、「詳細は覚えていませんが、王から規制を告げられた際、一度は勧告のような物だったような気が」


「そうだ。だが、それからすぐに命令になった」


「一度目と二度目の間に、何かがあった……我々の目の届かないところでね」


「五年前と言えば、オイレンブルク内に急進派が出てきた年でもあるよな……確か」


「まさか……」リヒャルトは息を飲み、フェリクスは目を細める。


「もしアイメルトの犯行だとすれば、目的は俺達の力を弱めることだろう。だが、オイレンブルク内にあらぬ影響を与えてしまった」


 リヒャルトの脳裏に、ある情報が浮かぶ。そうだ、4年前から、アイメルトとオイレンブルクは有効関係を結んだのだ。


「急進派と、アイメルトが手を組んだとしたら《代行者》の正体は……」リヒャルトは最後まで言うことができない。


「ゴレイヤ公国の件も両家の思惑の内かもしれん。調査を急げ、俺達は、ヤバい状態になっているかもしれん」


「最も不味い事態を想定しないとですね」


 最も不味い事態―その言葉を口にした時、リヒャルトの脳裏に、《第弐位階》の姿が浮かぶ。もし、彼らが再び現れれば、確実に騎士団は全滅する。彼らは《第壱位階》の暴走事故現場から現れると聞いている。事故現場への立ち入りは禁止されているので、偵察ができず、手の打ちようがない。


 今、手元にある情報は―老人は事故現場を異界と呼んだ―老人から仕入れた物だけだ。リヒャルトは、老人の言葉を思い出す。


 十二、三年前のことになりますが、十歳の少女が一人、異界で行方不明になったんですわ。誰もが戻らないと思っていたんでさぁ。ですがね、子供の生存本能なんでしょうかね、生きて帰ってきたんです。ただ、ショックで何も覚えてなくてね。


 リヒャルトは、僅かな疑問を感じ、話を深堀したが話はそこで仕舞いだった。


 十歳の少女が一人で異界から脱出できたとは思えない。アイメルト領には、異界に踏み込み帰還した者がいる。それに、大所帯が異界に入ったという話も全く聞かない。


 異界の密林ジャングル単独潜入スニーキング、現地の動植物を捕獲キャプチャし、任務を遂行した人物がいる。その人物を見つけたい―


 リヒャルトは、歯噛みし、拳を握りしめた。

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