工作技術
レオは、リヒャルトに呼ばれ、ゼーフェリンク家の領に来ていた。
「お待ちしていました」リヒャルトは微笑み、二階にある自室へ案内する。部屋には、一人の女性。女性にしては長身でスタイルも良い。
女性は、レオとリーゼを見て、目を細める。器量は良いが、鋭さを感じさせる顔が、さらに引き締まる。
一階ではいつも通り、稽古が行われていた。
「これから《代行者》の内情を探るべく、動き始めます」
「どうするつもりだ?」レオは、ゼーフェリンク家の参謀を睨む。
「まずは化粧を覚えてもらいましょう。その髪と顔では、すぐに正体がばれてしまう」リヒャルトは、女性を一瞥。
女性は「失礼します」と言い、黒の顔料と鏡をレオの前に置いた。
「これから私のやる化粧を真似して頂きます」女性がレオを見る。
「分かりました」
二時間の講習を終え、レオは煤で自分の顔を汚し、その特徴を消しながら、身分をごまかす手法を覚えた。その他、薬草などで血色を悪くしたり、唇を乾燥させる等の方法を使い、人相を変える手法も学ぶ。
「申し訳ないが、任務中は、このマウスピースと薬を飲んで頂きます」
リーゼが薬を飲み、異常がないか確認。
「これは声をかすれさせる物です。マウスピースは、人相を変えながら、話し方を変化させる。これを付けて頂きます。良いですね」
レオは、もごもごとしながら頷く。鏡には、すっかりと変わった自分の姿が映っていた。髪はぼさぼさ、服もみすぼらしい。顔は微かに腫れ、乾燥し、話し方もいつもとは異なる。
「それでは、任務を始めます。貴女は、尾行をお願いします」リヒャルトは、リーゼを睨み、言う。
「分かりました」リーゼは頷き、髪を下ろし、ぼさぼさにかき乱す。
「では、これから酒場に向かいます」そう言って、リヒャルトは立ち上がる。
「何をするのだ?」
「先日、《代行者》の一員の可能性がある者を捕えました。彼は、アイメルトとつながりがある盗賊団に所属していた」
レオの脳裏に、甲冑を盗んだものが思い浮かぶ。
「彼が何人か、盗賊団の仲間を教えてくれましてね。その一人を我々のスパイに仕立て上げたい」
リヒャルトは、質の悪い両手剣を腰に差し、「で、彼が今、酒場に居るらしいので、勧誘に向かうのです」
二人は、ゆったりと酒場へ向かう。
ヴィンは、多くの城郭都市がそうであるように、建物が密集し、人口密度が高い。その中でも、貧民の多い場所は治安も悪い。
夕闇の中、微かに酒場が活気づく中、二人は酒場へ入る。
レオは、微かに緊張するのを感じた。酒場には、傭兵だろうか、ガラの悪い連中が酒盛りをしている。
リヒャルトは、二人分のエールを頼む。見るからに不潔な店主が、乱暴にエールをテーブルに置いた。
「さ、二人の初仕事に」リヒャルトはそう言い、グラスに口を付ける。
レオも、ため息をつき、エールを飲んだ。苦く、不味かった。
酒場は盛り上がり始め、リヒャルトの後ろのテーブルは、大勢で盛り上がり始めた。
「さて、私の後ろに居る坊主の大男、彼が目標です。名前はガオ。気づかれないように、見てください」
レオは、何気なく、リヒャルトの肩を見るふりをして、ガオを見る。坊主頭の大男で、周囲を警戒しているようだ。
「どうするんです?」レオは、つまみを口に放り、訊く。
「彼が店を出るところを狙いましょう」
一時間後、ガオが店を出そうだったので、リヒャルトのリードの元、店を出る。
そして、ガオに近づき、小径へと誘う。
「何の用だ」ガオは、リヒャルトを見て、青筋を立てる。
「あんた、病気の妹がいるな」リヒャルトは文脈を無視し、言う。
「ああ、だからどうした?」
リヒャルトは歯を見せて笑い、「縁を切り、関係をなくした上で、援助をしている。全く健気だね」
ガオは、リヒャルトの首を掴もうとするが、避けられる。
「ローサに何かしてみろ、お前を殺す!」
リヒャルトは目を細め、「何かしてほしくなければ、俺のお願いを聞いておくれよ」
そう言い、リヒャルトは、ある地区の名前を話し始める。ガオはそれを聞き、青ざめる。
「俺を脅そうってか?」ガオは短剣を抜こうとする。
「ただの脅しじゃない」リヒャルトは、そう言い、汚い袋をガオに投げる。
「前金だ。お前が所属する盗賊団の情報を流せば、妹の治療費を出す。協力しなければ、妹を殺す」
ガオは歯噛みし、リヒャルトを睨みつける。
「どのみち、傭兵家業は、いつまでも続けられんよ」
「なんだと?」
「災厄がまた始まる。傭兵は、マガイの前に肉の盾になるか、雇い主を裏切るかの二択を迫られる」
ガオは呻き、地面を見つめる。その先には、リヒャルトが投げた袋。
「どうする。話を聞けば、戻れない。だが、このままでは妹は死ぬぞ。どのみち、な」
「そんな事は分かってるんだよ」ガオは震える。
「どうする。道は拓いた、進むか、止まるか」
ガオは袋を拾い上げ、中身を見る。
リヒャルトは微笑み、「気持ちが決まったら、またここに来い」
ガオはとぼとぼと去っていた。
レオは、リヒャルトの前に立ち、「脅迫じゃないか!」
「ええ、脅迫ですよ。それが何か?」
「こんな汚い真似をして、いずれ足をすくわれる!」
「《代行者》は綺麗ごとでは倒せませんよ」
リヒャルトは突然、レオの肩を押し、壁に叩きつける。肺から空気が抜け、息が詰まる。地面に倒れ込み、その汚い地面を見つめる。
「な……なにを」
「三回です」
レオは、リヒャルトを見上げる。
「何がだ」
「貴方が死んだ回数ですよ」リヒャルトは、その手で小型の短剣をくるくると弄んでいる。その眼には光がない。
「私のやり方に黙って従うか、ここで終わりにするか」
レオは呻き、地面を見つめる。
「明日までに決めてください」そう言い、リヒャルトは去っていく。
レオに化粧を教えた、器量は良いが、鋭さを感じさせる女性は、前作のクリスティーナです。一応、ヴィン近辺に居ることになっていますが、大筋には関わってきません。




