異端
リヒャルトは、ヴィンの郊外に居た。アイメルトの従騎士と共に、地図片手に林の中の道を進んでいる。
ゼーフェリンク家の騎士団は、先の戦いで大きく人員を失った。その為、王家からの増員が行われるのだ。その為の寮の選定を行っているのだ。
リヒャルトは修道院の前で足を止め、
「少し、中を見ても良いか?」
リヒャルトが訊くと、アイメルトの従騎士は少し嫌そうな顔をする。
「何も報告はしない」そう付け加えても、従騎士の顔は曇ったままだ。数年前、教皇や教会を批判する運動が始まり、それが宗教改革の大きな流れへと繋がり始めた。その結果、この街も何度かの戦禍に見舞われた。現状、アイメルト家領は現教会派(古典派)と教会批判派(革新派)のどちらにも属していない宙ぶらりんの状態が続いている。つまり、異端なのだ。
ゼーフェリンク家、オイレンブルク家のどちらも古典派である。アイメルト家から見れば異教徒のように感じられても仕方ない。
「何人の増員があるか分からないんだ。候補地は多い方が良い」そう言い、押すと、従騎士は折れた。
外見は、普通の―異端ではないという意味での―修道院に見えた。自分が物心ついた頃から住んでいた建物と変わらぬ、質素な作り。
建物に入り、少し進むと、子供たちの声が聞こえた。教室で何かを教えているようだった。声のする部屋を覗き、リヒャルトは息を飲む。
子供たちが全員仮面―人間の掌が複雑に絡み合ったような装飾がなされた―を被っている。
「違う! もう一度」修道士と思われる者は、顔を隠していない。叱られた子供は、仮面を取り、再度、付け直す。
「指が奇麗に絡むようにしないと、前が見えなかったり、不格好になるのです。ここら辺の子供は、全員が仮面のつけたかを学びます」従騎士の声に、リヒャルトは我に返る。
「貴方たちの祈りと似たような物ですよ。仮面の被り方を覚える過程で、叱られ、矯正され、子供たちは《第壱位階》への畏怖を覚える」
リヒャルトは、微かに後ずさる。こんな信仰が教会(ここでは教皇から認められた信仰をけん引する存在)が認める訳がない。
人の気配に気づいたのか、子供たちが振り返る。
リヒャルトは唖然とし、震えた。十数人の《第壱位階》を模した異様な顔面がこちらを覗いていたのだ。背中を冷たい汗が伝う。
「な、な、なるほど……ここの間取りは覚えた」リヒャルトは逃げるように、その場を後にした。
「あっ、そちらは」従騎士が止めるが、その時には遅かった。リヒャルトは、庭に続く道に差し掛かり、足を止める。
異様な光景に足がすくむ。庭の畑から、指のような物が生えている。それも植物の枝葉のようであり、指の付け根から葉や蔓が伸びているのも見えた。 植物の外見は、街に生える蔓植物と同種に見えた。
「あ……あれは」リヒャルトは、それらを指差し、思わず言葉を失う。
「ああやって、植物の生長を促しているのです」従騎士は、ため息をつき、言う。
そんな農法は聞いたことがない。これは狂った宗教観が生み出したものだと、瞬時に理解する。
「こ……ここの間取りは分かった。戻ろうか」リヒャルトは震える声で言った。もうここには居たくなかった。




