御三家
【1】
アイメルト家の城に、御三家が集まる。
ゼーフェリンク家騎士団の参謀であるリヒャルトは、ゼーフェリンク家当主のフェリクス・ゼーフェリンクと共に。城へ入る。
フェリクスは長身で筋骨隆々、リヒャルトは微かに威圧感を感じ、当主を見つめる。黒い長髪は後ろでまとめられ、精悍な顔立ちを引き立たせている。
アイメルトの騎士が2人に近づき、「決まりですので、武器を」
騎士全員が異様な鉄仮面―人間の掌が複雑に絡み合ったような装飾がなされた―を被っている。小さく開いた穴から、人間の眼が見え、不気味だ。
アイメルト家特有の鉄仮面であり、彼らの歪んだ宗教観をそのまま形にしたようであった。
歪んだ宗教観―リヒャルトの脳裏に、アイメルトの歴史が浮かぶ。
《第壱位階》に初めて相対したエーレンフリート・アイメルトは、その身体を等分し、今の管理体制を築くなど、華々しい活躍を見せた。しかし、彼が2年後に没し、子供であるエーレンフリート二世が《第壱位階》の暴挙で没落の一途を辿ることとなる。二世は《第壱位階》の身体をさらに分裂させ、支配領域に配ろうとした。それにより、大事故が起き、当家は城と当主とその臣下を失った。アイメルト領の民は、それを《呪い》と呼び、畏怖の念を込め、偶像化し、崇拝している。
「気味が悪いな……」
そんなリヒャルトを見て、フェリクスは白い歯を見せ、笑みを浮かべる。御年30後半とは思えない子供のような笑み。
「リヒャルトぅ」野太い声でフェリクスが参謀を呼ぶ。
「は、はい!」
「ナニを取られた訳じゃない。そんなに委縮するな!」フェリクスは、がっはっは、と笑う。
リヒャルトは気おされながらも、安堵する。狡猾な御三家の中で生き残れるだけの玉はある、そう感じたのだ。
2人は部屋に入り、豪華な椅子に座る。次いで、オイレンブルクの当主とその保守役が現れる。
ヨハン・オイレンブルク。猫背で、髪は禿かかり、その顔や身体はたるんでいる―しかし、どんな脅迫も誘惑にも耐えうる精神を持ち合わせた偉物。椅子のサイズが合わないのか、もぞもぞと落ち着きがない。
最後に現れたのは、ほっそりとした身体の女性―ソフィア・アイメルト。この地域全体を支配するアイメルト家の后。当主が体調不良で寝込みがちな今、実質的な支配者。御年50になると聞くが、そうは見えない。20歳くらいだろうか、透き通るような白く張りのある肌、姿勢も良く、髪の艶もある。
リヒャルトは、横目でソフィアを観察する。黒のコタルディ(細身の、身体をぴったりと覆うようなドレス)は、何故か修道女を連想させた。しかし、服の上からでも、柔らかさを感じさせながらも程よく引き締まった身体が分かる。目を引くのはその豊満なバスト―その胸元から深い谷間が一部覗いている。
ソフィアの瞳は、黒い目隠しで覆われている。目隠しは眼窩の部分が厚い布で出来ており、鼻先と額は半透明の布で出来ていた。目隠しには葉脈のような複雑な模様が刻まれている。レースは、《第壱位階》を思わせる手が絡まった装飾。眼窩には穴が開いておらず、そうでなければ趣味の悪い―仮面舞踏会で貴族が身に着けるような―マスクだと思ったことだろう。
あの目隠しの奥には、フジツボが生えているんだ。ある時、フェリクスが言っていた。リヒャルトは、フジツボが何か分からなかったが、どうやら海産物らしい。
ソフィアの髪は白に近い金髪で、頭の後ろで団子状に丸められている。しかし、長髪のせいか、おくれ髪が、所々で跳ね、蛇のとぐろのようになっている。それを、かんざし、と呼ぶのだそうだ、金属の棒でとめている。
異様な外見だが意外と話せる人物、と言うのがリヒャルトのソフィアに対する印象だ。会食で話した際、礼儀正しく、ユーモアのある親しみやすい人物だと分かった。身に着けた質素なドレスと軽やかな香水は、他の貴族とは何か違うものを感じさせた。
「では、始めましょか―」ソフィアの唇から言葉が紡ぎだされる。地の底から響くかのような昏く低く、そして甘い声。
「―御三家による、第壱位階移送についての会合を」
「では、まず各家の損耗を教えておくれやす」
ソフィアが、ゼーフェリンク家の二人に水を指す。
「丁寧な対応には感謝する。しかし、みすみす手を明かすことはできない」
フェリクスは無表情で言う。
「なるほど」
ソフィアが冷静に言う。フェリクスが押し黙り、ソフィアとにらみ合う。
そんな中、オイレンブルクのディーデリヒが上ずった声を上げた。
「実は皆さんにお伝えしなければならないことがあります」
「なんだ」
「ここに隣接するゴレイヤ公国の騎士団から、我々オイレンブルクにとある文章が送られてきました」
「文章?」フェリクスが眉間に皺をよせ、尋ねる。
「これです」
ディードリヒが、懐から、ボロボロの紙切れを出し、皆に見える位置に置く。
内容は、《第壱位階》の譲渡を求める文章。それがかなえられなければ、実力行使も厭わない、というもの。
フェリクスが腕を組み、
「実は、先日、うちにもそれが届いた。今、偵察を送って調査中だが……事実とは思えん」
空気が帯電したかのようにひりつく。それもそのはずだ、とリヒャルトは思う。ゴレイヤ公国の話と言う爆弾が投下された今、各家のエゴが剥き出しになる。
・ゼーフェリンク家―他御二家の支持を得る前に移送を開始し、今更辞めるわけにもいかないにも関わらず、騎士団の六割を失っている。できれば、このアイメルト領内で、ゴレイヤ公国を撃退し、騎士を補充した上で移送を再開したい。
・オイレンブルク家―ゼーフェリンクの戦力が手薄な現状、移送の主導権を引っ張っている。しかし、当主であるヨハンは移送を推し進めているが、同族のほとんどが移送に反対していると聞く。戦力が減っている今、出来ればアイメルト領内で計画を練り直したいに違いない。
・アイメルト家―《第壱位階》を留めておけば、領地が戦場になることは間違いのない。しかし、他二家が、ここに留めたいというのを退ければ、王からの信頼は失墜するだろう。
【2】
ゼーフェリンク家騎士団の偵察隊のエッカルトは森の中を進んでいた。
甲冑は装着せず、顔に偽装を施している。緑の服を着、顔は緑の顔料で塗りつぶされ、人間だと識別しやすい輪郭は徹底的に塗りつぶされている。
生来、狩が得意だったエッカルトの得意技だった。獣道を黙々と進む。
先日、ゴレイヤ公国に動きがあったという情報が入った。そこで、ゼーフェリンク騎士団は、エッカルトともう一人を偵察に向かわせたのだ。
エッカルトは、矢と短剣のみを持ち、森を進む。そして、目標地点に付く。
「ここら辺にいるはずだが……」
エッカルトは耳を澄ます。行軍速度からして、森の中に居る可能性が高い。少しすると、人の話し声が聞こえた。
エッカルトは腰を低くし、ゆっくりと這い始める。動体と言うのは、驚くほど認識されやすい。見つかれば、すぐにとらえられ、殺されるだろう。
少し進むと、甲冑の音と馬の蹄の音が聞こえ始める。眼を細め、木々の奥を見る。
エッカルトは、息を飲み、口を両手で押さえる。
目と鼻の先に、少なくとも20人ほどの騎士団が前進を続けているのが見えた。その装備はゴレイヤ公国の物。
エッカルトは元来た道を思い出す。
この先に、大きな要塞都市がある。もしかしたら、そこで止まるのか?
―ここ一帯の宿は、予約で一杯なんだ、ごめんな、あんちゃん。
エッカルトは、先ほど、宿の支配人との話を思い出し、戦慄する。もし要塞都市に向かうとしたら、宿の数と騎士の数が合わない。少なくとも20では済まない。この数の騎士団と交戦すれば、ゼーフェリンク騎士団もただでは済まない。
何回かに分けて、大量の軍を投入するのか?
エッカルトは情報を収集するべく、再度、動き始めた。
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