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黒の鉄腕よ、滾(たぎ)れ  作者: 賢河侑伊
第二部 御三家編
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【1】


 宇无ヴィン市街地、騎士団訓練所にて―


 夕闇が辺りを包むなか、レオは、丸太を革で包んだサンドバックを殴り続けていた。加速込みの打撃、それをものにしたかったのだ。


 拳に巻かれる布は厚くなっていく。


 この凄まじい力を、使いこなすー力に使われたり、濫用らんようするのではなく。その為には技術だけでは足りない。


 何度目かの打撃を終え、ふと拳が垂れる。ぜいぜいと息を切らしながら、空を見つめる。


 この力を本当に棄てるべきなのだろうか?


 レオはずっと疑問に考えてきた。帝国内は、《第壱位階》の力を用い、それを抑止力とするゼーフェリンクとオイレンブルグ(の力を利用する王家)によって、一定の平和が保たれてきた。両家も、お互いの持つ《祝福》の破壊力を恐れ、争いを避けてきた。両家とも、対立する名家は、一撃必殺級の攻撃力を有していると推測していたのだ。


 両家は、《第壱位階》の力を使うことで、他国からの侵略を退け、同時に国内での決戦(領内の者が全て死ぬような)を回避してきたのだ。


 《祝福》の力をぶつかり合わせれば、戦う双方が確実に滅ぶという可能性、それがあるからこそ、平和は続いてきた。甚大じんだいな被害を出してでも勝てば良い、と言うような愚か者が生まれれば、世界は戦乱の世に逆戻りする。


 レオの脳裏に広がる光景―なたくわで殺された村人のしかばね。救えなかった少女。ヒトの殺意には際限さいげんがない。持てる武器が、石と棒になっても殺し合いを続けるだろう。


《第壱位階》が作り出した抑止力、そして、それが生み出す平和を捨てるのか?


 レオの脳裏にもうひとつの疑問が浮かぶ。


 だが、逆にどう《第壱位階》を保持するのだ?


 《代行者》による襲撃が行われた。彼らの動機が何にせよ、先制攻撃の成功例が生まれてしまったのは事実だ。


 先制攻撃を封じる手段、今まで培ってきた御三家同士のコミュニケーションの強化、力を濫用しない何かしらのルールの策定、もしくは使用者への教育。それらを再び行えるのか?


 現に、王は《第壱位階》の破壊に懐疑的であり、移送を渋ってはいる。できれば《代行者》を完全に倒すと言うのを、彼は望んでいる。


 だが、《代行者》を倒して、本当に世界は元に戻るのだろうか?


 レオは疑問を飲みこむ。


 闇が辺りを多い尽くしていく。



【2】


 宇无ヴィン市街地が夕闇に沈んでいく。その様を、ぼんやりとレオは眺めていた。自分の住んでいた街と大きく違うのは、街中の建物に絡みつくつたと、異端ともとられかねない宗教施設の有無だった。それと、意図は分からないが、街のあちこちに木樽が置かれていた。


 建物に絡みつくつたは生い茂る葉によって、一見すると爽やかな景観をしているが、蚊なども発生するので、良いことばかりではない。どうやら、数年前の事故の影響、とのことだが詳細は分からない。


 アイメルトから貸し出されている寮に着き、食事をしていると、ヨハンが現れた。


 野鳥の香草詰めを一心不乱に口に詰め込む息子を見て、


「その草、俺は苦手だ……良く食えるな」


 アイメルト領特有の香草を利用した料理は、独特の爽やかさも相まって、なかなか食べにくい。だが、大の大人が好き嫌いとは―


 レオは飲み込み、ため息をつくと、


「良い騎士は何でも食べるものと母上が言っていました。それにこれらには防腐の力があるのです」


 父はため息をつき、


「俺は騎士じゃないからな……だからこそ、お前にしか頼めないことがあってな」


「なんでしょう」フォークを止め、レオは顔を上げる。


 父は酒瓶を手にし、 「王は《代行者》の正体を明かし、それから移送の是非を決めると言っている。そこで、その調査をお前に頼みたい」


「自分に……ですか?」


 父は頷き、


「次期当主になるためには、汚い世界も見なければならない。権謀術数の溢れる世界を目の当たりにしておけ……もちろん、訓練の合間を縫って行うんだ。リーゼ他数人も付ける」


 レオは目を細め、「ゼーフェリンクやアイメルトに悟られるのではないですか?」


「それは問題ない。調査は御三家全体で行われるのだ。俺はアイメルトと組む。お前はゼーフェリンクと組め」


「政敵と組め、と?」


「今は戦時下だ。レオナルト」父はレオを睨みつけ、


「ゼーフェリンクから送られてくるのはリヒャルト、と言う男らしい。北部地域で会ったな。彼と組み、ゼーフェリンク騎士団とパイプをつないでほしい」


「分かりました」レオナルトは頷く。


 父は、レオの瞳を見つめ、


「旅で色々な思いをしたはずだ。そして、《第壱位階》への考えもあるだろう。だからこそ、この調査を通じ、自分の答えを見つけて欲しい」


 レオは、次の日の朝に、ゼーフェリンク騎士団へと向かった。アイメルト家が貸し出している寮に、何人かが寝泊まりしていた。


 レオが玄関で待っていると、長身の男が現れた。痩躯で、端正な顔立ちをした若い男で、どこかうさん臭さを感じる。


「リヒャルトです。よろしく」余りに爽やかな笑み。


「レオナルト・オイレンブルクです」2人は、握手をした。


「少し、良いですか?」


 リヒャルトは寮内に、レオを誘う。二階の小部屋に二人が入ったのと同時に、下で稽古が始まる。


 盗み聞きをこれで防ぐわけか、とレオは目の前の男を睨む。リヒャルトはそれをかわし、


「さて、どこまで《代行者》や《第壱位階》のことをご存じですか?」


 脇を冷たい汗が伝うのを感じる。どう答えるべきか。


「箱の中身は知っていますが、《代行者》の正体までは」レオは多少、ぼやかして言う。


 リヒャルトは頷き、


「それは我々も知りたいくらいです。我々の任務は、彼らの正体を暴くこと。オイレンブルク、ゼーフェリンク共に大きな損害が出ている今、移送をこのまま続けるかどうかは、少々議論が必要ですからね」


 《第弐位階》との戦いでゼーフェリンク騎士団は、ほぼ壊滅。オイレンブルクの鉄器兵団も同様。その為、移送を一時中止し、アイメルト領の城塞都市にて、移送計画を練り直すことになった。


 リヒャルトは、レオを見つめ、目を細める。


「王が《代行者》の正体を見破ったのち、あれをどうするかはご存じですか?」


「いえ」レオは首を振る。


「王都は、ここから見るとオイレンブルクの後方に位置する。移送するなら、ゼーフェリンク牢に持って行くよりもそちらの方が速い」


「ゼーフェリンクには戻さない、と?」


 リヒャルトは頷き、


「《第壱位階》移送後、ゼーフェリンク家は、王の支配下を受けると私は考えています」


「そうですか」レオは、顔を俯かせる。


 オイレンブルクは、王家からの影響力が強い。だとすれば、王が《第壱位階》を独占してしまうのではないか。


 レオの中に、黒く濁った嫌な物が広がっていく。

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