城郭都市
【1】
《第壱位階》移送開始から8か月後、アイメルト領内。オイレンブルクとゼーフェリンクの混成の移送団は、森の中の一本道を進んでいた。
森を抜けると、巨大な防壁が見えた。緑の海の中に、ぽつりと灰色の島が浮かんでいるかのように見える。
「アイメルト領首都、宇无です」
リーゼが馬から降り、言う。レオは、防壁を見上げ、静かにため息をつく。
「やっとか……」レオは、馬の首を撫でながら言った。
アイメルト領の首都・宇无は、国の中心部に位置している。市街地を中心とし、東北南北10キロ程度、人口は1万程度の大都市だ。
マガイ出現前から、城郭都市(城壁に囲まれた都市)であり、災厄時も大きな被害は受けなかったという。ただ、防壁が発達した理由を考えれば、ゼーフェリンクやオイレンブルクとはその都市の性質が大きく異なることが分かる。
宇无には《第壱位階》の肉体がない。その為《祝福》の所有者も少なく、幾度もの戦禍を乗り越えてきた。《祝福》を持つことによる抑止力がない分、ここは要塞としての性質を高める必要があったのだ。
おのおのが安堵の声を上げ、防壁に向かって歩き出す。
ふと、甘い香りが鼻をくすぐる。振り向くと、緑の中に、赤い何かが見える。吸い寄せられるように、レオは、それを見つめてしまう。樹木に咲いた、赤い花。先ほどまで、こんな物は咲いていただろうか。
周囲を何気なく観察していると、足元に小さな黒い点があることに気づく。
「何かの影だ……?」
レオが凝視した瞬間、小さな黒い点がぬるり、と動く。息を飲み、足を上げる―影は、魚が泳ぐように滑らかに地面を這っていく。
「若様」
リーゼがレオを引っ張り、背後に隠す。気が付くと、周囲の木々、全てに花が咲いている。血が滴ったような赤い花。
「な……なんだ」父が狼狽する。
花が一つ、ぽとり、と地面に落ちる。それに続き、周囲の花が一斉に、地面に落ちていく。
「敵の《祝福》か?」
リーゼは剣を抜き、周囲を見渡す。レオもそれに倣い、剣を抜く。
風が吹き、赤い花弁がぶわっと、散る。辺り一帯が薄暗くなり、花の影が周囲を包み込む。むせ返る程の甘い香り。香りが物量として、身体を圧迫する。
花嵐の中、ぬるり、と巨大な影が泳ぐ―見たことのない、紅い魚。その姿は丸く、大きく太っていた。鱗を輝かせ、長く、巨大な尾びれを揺らめかせ、優雅に宙を泳ぐ。まるで、花弁そのものが泳いでいるかのよう。
「幻覚……か?」
リーゼが呻く。その手は震えていた。気が付くと、魚の群で囲まれている―全部で六匹。よく見ると、魚は花弁で出来ている。
「クッソ!」オイレンブルクの一人が剣で魚を切りつける。ばっ、と魚が花弁に還元され、周囲に舞う。そして、まるで意思があるかのように切り付けた者の周囲を踊り狂う。
「触るな!」父が叫び、剣を抜く。
魚が舞う中、悠々と一人の少女が歩いてくるのが見える。その姿は、周囲の魚と変わらないような服装。真赤で、巨大な鰭を全身に付けたような異様な姿。七匹目の赤い花。
「あれぇ~」少女が、甘ったるい声を発する。
少女の服は、傭兵の衣装によく似ていた。真赤なダブレットの上に、甲冑は胸から腹にかけて付けている。手はダボっとした膨らみで覆われている。上半身が膨らんで見えるせいか、甲冑にブーツだけの足が華奢に見える。
「ああ……蕾か」
レオは剣を仕舞い、ため息をつく。彼女は幼馴染で、腐れ縁で名前は「蕾」と言う。アイメルト家の慰み者(宮廷で雇われている奴隷。奇形等の特徴を持つ場合が多い)だ。
「てつくさ~って思ってたら、レオたんだったとはね」
蕾は悪戯っぽく首を振りながら微笑む。その口元には八重歯。
蕾の眼には赤いアイシャドウ。髪は二つのおさげにフリルの付いた袋のような物が付き、こちらもボリュームがあり、頭を大きく見せている。
「大丈夫だよ、リーゼ」
リーゼは目を細め、剣を渋々仕舞った。
「重要物資の移送で寄らせてもらった」
父は声を張り、蕾の前に立つ。そして、王からの手紙を見せる。
「ふーん……本物みたい」蕾は、微笑み、
「移送団御一行様、ようこそ~アイメルト領首都、ヴィンへ」
そう言い、ぺこり、と頭を下げた。すると、防壁についている扉が大きな音を立てて開いた。
その奥には、巨大な都市が広がっていた。
「す、すごい……」レオは自然と呟いてしまう。
石造りの街は活気があふれ、様々な職業の人が歩いている。
「こちらへどうぞ」ふと、異様な仮面を被った人々が現れる。
「アイメルト騎士団、団長のハインツです」
騎士全員が異様な鉄仮面―人間の掌が複雑に絡み合ったような装飾がなされた―を被っている。小さく開いた穴から、人間の眼が見え、不気味だ。
アイメルト家特有の鉄仮面であり、彼らの歪んだ宗教観を示していると言われている。
門まで続く道を見ると、六匹の花でできた魚が道端に並び、ふわふわとその場で漂っている。その頭には、肥大化した球体。眼なのだろうか、それがぎょろぎょろと蠢き、訪問者たちをねめつけている。
ここは敵陣も同然だ。気を抜くことは許されない―
レオは拳を握りしめ、門をくぐった。
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