邂逅
赤茶―乾いた血を連想させる色が、辺り全体を覆い尽くしている。目を凝らさないと、それが広葉樹の森だと分からない程に変色している。勿論、紅葉などではない。
赤茶けた森を、一人の女性―ソフィア・アイメルト―が見つめている。その全身が苔やツルで覆われており、まるで動く人型の茂み。
「これ以上は危険です」
従者がソフィアに話しかける。その声がこもっているのは、付けている仮面のせいだ。人間の掌が複雑に絡み合ったような仮面を付けており、指に該当する場所から植物のツルが伸び、自生している。
「そうやな」
ソフィアは頷き、従者の方を見る。仮面のツルが壊死し、茶色くなり始めていた。同じく、身体を覆う苔も同様だ。
植物の壊死具合から、ソフィアは現在地を何となく把握。これ以上進めば、死ぬか、ヒトとしての形を失う。
ソフィアは、再び森に目を移す。森の中に色褪せている城が見えた。栄華を極めた時代の遺物。かつて、ここはアイメルト家の当主とその家族が暮らしていたのだ。だが、あの事件以降、ここは立入禁区となった。《第壱位階》の暴走事故が引き起こした周辺生物への影響は、未だ消えていない。
2人は、足早に森から離れていく。少しずつ緑が見え始めた時だった。どすどす、と地響きが遠くから聞こえてきた。
「何か来ます」従者が剣を抜き、周囲を見渡す。
ソフィアは周囲の木々を見つめ、それが外界とほとんど変わらないのを確認する。
「脱いでも大丈夫」
ソフィアはそう言い、仮面を脱ぐ。そして、大きく息を吸った。
仮面から現れたのは、20代くらいの女性。黒い目隠しを付けており、額~鼻は目隠しの装飾で覆われている。眼窩の穴がなく、舞踏会などの仮面ではない事は歴然であった。その均整の取れた卵型の顔は、目隠しの異様さを一層引き立てた。
従者は渋々、仮面を脱ぎ捨てる。
地響きは少しずつ大きくなり、ついにその姿を現した。赤ん坊のような声、それに似つかわない巨大な影。
5メートルほどの巨大な人影。それがソフィア達の目の前に躍り出る。全身が無数の棘で覆われ、異様に巨大化した腕と退化した下半身が目を引く。眼はほとんど退化し、顔は眼窩がなく、口には真っ白な歯が無造作に生えていた。
「酷い……臭いだ……本当に酷い」
従者は、怪物が放つ熱と臭気でふらつく。ソフィアは身動き一つせず、怪物を観察している。
赤茶の森のさらに奥、半分倒壊している城内から、この生き物は来たのだ。事故現場は、汚染が酷く、周辺の生物は死ぬか、異様な形態に変異するかの二択を強いられていた。
《第弐位階》―変異の度合いが高い生物の総称だ。
ぱらぱら、と雨が降り出し、《第弐位階》の身体を濡らしていく。その腐敗した肉が発する熱が蒸気となり、異様な臭いと共に、周囲に霧を作り出す。
《第弐位階》が腕を振り、ソフィアと従者に向けて振り下ろす―
「ソフィア様!」
従者が吠えた瞬間、ソフィアは強い力で従者を押し飛ばす―従者は唖然としながらソフィアから離れていく。
体勢を崩されるほどの強風が2人を襲う。気が付くと従者は地面を転がっていた。
「ソフィア……様」
咳き込みながら従者は立ち上がり、周囲を見渡す。臓物が炸裂したような強い血の匂い。
従者が立ち上がろうとすると、枝がたわむ音がする。背後でぎぃぎぃと木が鳴いているのだ。振り向くと、怪物の腕が肘の先から斬られ、木にぶら下がって揺れていた。
ソフィアが霧から現れる―手には黒い剣。ローブがはだけ、白い長髪が風に揺れていた。
「ご、ご無事で!」
従者が駆け寄って、ソフィアを見るが、傷一つない。むしろ、その表情は生き生きとしていた。
ふと、赤子が泣くような声がし、従者がその方向を見ると、怪物が地面に倒れ、無数の黒い剣で拘束されている。
ソフィアが怪物の方を向き、ゆっくりと近づいていく。怪物は地面に伏せ、震えている。
「食べませんよね……まさか」
従者が、ソフィアを見て、震えながら言う。
ソフィアが唇の端を吊り上げる。
「これはどう見ても食べられません!」従者が吠えるが、ソフィアは表情を変えない。
ソフィアは、神の分裂体たる《第弐位階》の顔を覗き込み、何かを齧るような仕草をする。
その唇に塗られているのは、血のような口紅。
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