メルヘンは夢色に溶け
永い永い夢から覚めたような気がする。───どんな夢かって?
あまりよく憶えていない。というより身体が、脳が、心がそれを思い出すことを拒んでいるような…とにかく、暗い色の夢であったことだけは、ハッキリと、ボンヤリと、憶えている。
ここは、一体どこなのだろう。空は薄むらさき色で、大小さまざまな大きさの星が散りばめられている。たくさんの木々の中から、やわらかな風が吹いていて、ぼくの頬を撫でる。ここはどこかは分からないけれど、心地がいいな。と、思った。目を閉じて深呼吸をする度に、澄み切った空気が胸を満たした。大きく吸う、大きく吐く。大きく吸う、大きく吐く。また大きく吸う…と
ふわり、と花のような甘い香りがした。目を開けると、少し先に、背の高い女の子が立っていた。肩まである白い髪に、ゴシック調の黒いワンピース。長いまつ毛にふちどられた目はルビーの宝石のように紅く、その瞳はたしかにぼくを見つめて、微笑んでいた。
いつの日か読んだ絵本に居た、美麗な吸血鬼や妖艶な魔女を思わせる佇まいだった。ぼくはただ、うつくしい。と思った。
彼女に向かって1歩ずつ歩みを進める度に、ぼくの両目から涙がこぼれ落ちていった。悲しくも、嬉しくもあるような、はじめての感情に戸惑いながら、歩いた。目の前のうつくしい人は、微笑み続けていた。
彼女はぼくの手をきゅっと握ると、長いスカートの裾をひらりと翻し、そのまま木々の間を赤や青や黄色、さまざまな色の花を横目に見ながら、ふたりきりで進んだ。ぼくも彼女も何も言わずに、夢色の世界を、たったふたりで、歩いていった。いつのまにか涙は止まって、ぼくもうつくしく微笑んでいた。しんとした世界の中で、ふたりの足音はいつしか綺麗なメロディーになって、ずっと、ずっと鳴り止まなかった。
わたしの幻灯はこれでおしまいであります。