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前編

 騎士学校。

 騎士を目指す子女の中でも、士官クラスを目指す一握りの者しか入学できない、エリート校。

 厳しい訓練を耐え抜き、3年後の卒業を迎えられるのは、更にその5割から7割と言われている。



 卒業生は例外なく王宮直属の騎士団に配属される。

 3年間を耐え抜いた若き精鋭たちが、この時ばかりはとばかりに着飾って出席する卒業パーティーだ。

 各騎士団の団長級も出席する正に晴れの舞台。



 イルゼは騎士団養成学校が創設されて以来、初の女性首席として、その証である赤いバラを誇らしげに胸に飾り、人生最高の時を過ごしていた。





 はずだった。





 なぜか第4騎士団の騎士たちが、卒業パーティーの行われているホールに大挙して、イルゼと、ついでにパートナーであるユージーンの2人を取り囲むまでは。


 ちなみにユージーンの眩いばかりの白いジャケットの胸には、次席の証の白バラが刺されている。





「イルゼ・シュナイツだな。一緒に来てもらおう。」

「・・・理由の説明を求めます。」

 すっかり囲まれて退路を断たれたところで、神経質そうな男が代表して口を開いた。



 騎士学校の生徒は、身分としては騎士見習いに当たる。

 理由の説明もなしに連行されることはない。


 ましてや学長を始め、国の重鎮でもある先生達の目前でそのようなことが許されるはずもない。


「平民出でありながら、汚い手を使って首席の座を奪っておいてずうずうしい。・・・教えてやるさ。お前の平民出の父親の横領が発覚した。大方お前の首席の席料が高かったんだろうな!ローガンは今頃取り調べを受けている。お前もこれから事情聴取だ!」

「なんですって、父上が!?何かの間違いです。」

「お前のその赤バラが証拠だろう。ほら、行くぞ!!」



 第4騎士団の紋章を肩に付けた腕が、イルゼの腕を掴んで引っ張る。

 しかしイルゼはビクとも動かなかった。

 細いが鍛え抜かれた体幹。絶妙なバランス感覚で引っ張られる力を逸らす。

 学年首席はズルでも間違いでもないとばかりに、力強く睨む。


 父親に買ってもらった、目の飛び出るほど高額なドレス。

 この先どうせ着る機会もないだろうから隊服で良いと断ったのに、もう着る機会がないのだから今着ておけと言って用意してくれた。


 少し水色がかった白の、その繊細なドレスの袖から、ビリリと音がする。



「・・・・おい!!行くぞ!逆らうつもりか!」

 さすがに、16歳の少女を連れて行くのに、周りに応援を頼むのは恥ずかしいのか。

 男は力任せに引っ張りながら威圧的な声を出す。




「理由の説明が不十分です。横領の取り締まりであれば、憲兵団の仕事ではありませんか。なぜ地方の治安維持が中心の第4騎士団が、このような真似をなさっているのですか。」


 そう聞いたのは、イルゼの隣にいたユージーンだ。

 3年間、首席を競い合ってきた学友だが、イルゼは個人的に話したことはほとんどなかった。

 というか、男子には遠巻きにされ、数少ない女子の輪にも入れず、3年間ほとんど1人でいたといっていい。




 卒業パーティーは、男女比が偏りすぎている為パートナー必須ではない。

 いつも通り1人で出席する予定が、何を思ったのか急に次席のユージーンが、イルゼにパートナーにならないかと声を掛けてきたのだ。

 どうせ他に誘われることもないだろうと軽い気持ちで了承したが、とんでもないことに巻き込んでしまった。申し訳ない。



「お前は・・・。」

「ユージーン・フェルクスです。」


 心なしか、家名の『フェルクス』を強調するようにユージーンが名乗った。

 国民なら誰もが知る名門貴族、侯爵家のフェルクス。



 騎士団では騎士団内の階級に従うので、家格は関係ない。

 入団前で見習いのユージーンの身分は、目の前の男よりも下という事になる。



 しかし貴族の家格が関係ないなどと言うのは建前で、出世にも反映されるのが暗黙の了解だ。


 イルゼの腕を掴んだままの男を、鋭い視線で射貫くユージーン。

 男はチラリとユージーンの胸の白薔薇に目を向けると、しぶしぶながらイルゼの腕を離した。


 養成学校次席の侯爵令息。

 早ければ数か月後には、男より上の階級になることは、誰の目にも明らかだ。



「うちの団長が、ローガン第2騎士団副長の不正を暴いたので、そのまま拘束の任を任された。我が王から令状も出ている。正式なものだ。文句ないだろう。」


 なぜかイルゼではなく、ユージーン相手に説明する男。


 ユージーンはまるで部下の報告を受ける上司のように、当然のようにその令状を受け取ると、素早く目を通し、イルゼに回した。


 イルゼも読むが、男の言う通り正式な令状だった。

 不備はない。

 逆らうことは、王に逆らう事と等しい。



「・・・隊の規則に従い、女性の隊員の同行を。」

「うちの隊に女性などいない!」


 ユージーンの言葉に、きまり悪げに殊更大きな声を出す男。

 規則違反の自覚があったようだ。




「私で良ければ同行いたしますよ。」


 その時、第4騎士団の囲む輪の外側から、特別大きな声ではないが、ホール中に通るような澄み切った声が届いた。

 第1騎士団唯一の女性騎士。国中の女性の憧れであるアマンダの声だ。

 今日は第1騎士団の代表として、卒業パーティーに来てくれていたようだ。


 目の覚めるような黄金の髪の女性が歩くと、自然と人々が道を作る。

 第4騎士団の団員達ですら、思わずと言った様子で道を譲る。



 ・・・・明日から、イルゼの上司になる予定だった。

 しかしこのようなことになってしまっては、きっとそれは叶わない。



「ふん。アマンダ殿の手を煩わせるようなものでは・・・・。」

「イルゼは明日からうちの子になるんだ。私が付いていくよ。」



 明日からうちの子になる。

 過去形ではなく、そう言ってもらえて、イルゼの瞳に思わず薄い膜が張る。

 しかしそれが流れ落ちる事のないよう、少しだけ上を向いた。



「イルゼ。」

「ありがとうユージーン。学友というだけで、あまり話した事もないような私のために、ここまでしてくれて。」


 心配気に名前を呼ぶユージーンに礼を言う。

 話した事がないどころか、イルゼとユージーンは首席を争うライバルとして、犬猿の仲と言われていた。


 実際には、本人たちは授業で争っているだけで、個人的に争った事は一度もないのだが。

 まさかここまで情に厚い男だとは知らなかった。

 もっと早く気づいていれば、良い友人になれていたかもしれない。


「悔しいが、お前の首席が正当なものであることは俺が知っている。すぐに解放されるよう、父上に進言する。」

「・・・・本当に、ありがとう。君と3年間、一緒に学べたことは、私の誇りだよ。」




 手を差し出して一瞬だけの握手をすると、イルゼは大人しく第4騎士団に付いていった。

 アマンダがいれば、最悪な事にはならないだろう。






 イルゼを悔しそうに見つめるユージーンの握り締めた手のひらには、血が滲んでいた。



 *****






 結局、イルゼは次の日には父親の横領とは関係なしという事で、無罪放免された。

 しかしローガンの罪を晴らすことは出来ず、騎士団の副長と言う身分から、特別に貴族用の牢に収監されることとなった。



 無罪放免されたところで、ローガンの財産であるイルゼの家は、横領された国庫の回収という名目で差し押さえが決定している。

 卒業パーティーでイルゼが着ていたドレスすら、取り上げられた。



 アマンダが代わりにと用意をしてくれた簡素だが動きやすい服を着て、身一つで王宮から追い出されたイルゼはその場で茫然と立ち尽くした。


 アマンダは、今日は入隊式に出席している。

 イルゼが出席する予定だった入隊式に。


 アマンダもイルゼに罪はないからと手を尽くしてくれたが、第1騎士団への入団は既に白紙になってしまったらしい。


 ・・・・イルゼだけでなく、ローガンにも罪はないのだが。





 早く街の方へ移動して、日雇いの仕事でも見つけて少しでも稼がなければ、今夜の宿にも困るだろう。

 分かっていても、しばらくは足が地面にくっついてしまったかのように動けなかった。






 そのイルゼのもとに、1台の馬車が近づいてきた。











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