形勢は記憶喪失にて逆転
「で? 俺に相談したいことって何?」
自分の向かいに座る女に、セゲルは何でもない調子で話しかけた。
にぎやかな夜の酒場とは明らかに場違いな、地味で冴えない女がこちらを見た。横に流した長めの前髪から、垂れ目がちな黒い瞳が覗いている。
女は「既にご存知かもしれませんが」と前置きして、見た目の割に聞き取りやすくて耳馴染みの良い声で続けた。
「私、少し前に事故に遭ってしまって。それで、記憶の一部が曖昧というか、失くしてしまったようなんです」
「知ってるよ。馬車に跳ねられて記憶喪失になったんだろ」
「……正確には、馬車に跳ねられかけて何とか避けて、けどその拍子に転んで頭を打って記憶喪失です」
自分で言っていて情けなくなったのか、女の言葉尻がどんどん小さくなっていく。まあ馬車に跳ねられて記憶喪失なんて大袈裟なものよりも、鈍くさいこの女らしい記憶の失い方ではある。
「記憶喪失といっても、何もかも全て忘れてしまったわけではないんです。家族とか、仕事とか、日常的なことはほとんど覚えていて。貴方の……セゲルさんのことも、お名前や私の同僚であったことは覚えています」
「へー、よかったじゃん」
実に適当で他人事な相槌を打って、ちょうど運ばれてきた飲み物をセゲルは口にする。女の方にも飲み物が来ていたが、彼女はそれに手をつけず、目を伏せたまま続きを口にした。
「……でも、それ以外は貴方のことを何も思い出せないんです。本当に、何も」
女の含みのある言い方に、セゲルはその金の瞳を正面に向けた。黒い瞳と視線が合う。
一見おどおどしてみえて、気が弱そうなくせに、こういう何か大事なことを伝えたい場面では相手の目を真っ直ぐ見て、存外ハキハキとした態度をとる。
半年前にも見た光景と重なる彼女の様子に、セゲルは無意識に息を呑み込んだ。
目の前に座る彼女が、はっきり言葉を紡ぐ。
「もしかして私、今までセゲルさんに恋愛相談をしていたんじゃないでしょうか?」
「…………は?」
「これを見てください」
呆気に取られるセゲルを置いてけぼりにして、女は何やらカバンから一冊の手帳のようなものを取り出す。
「なんだこれ」
「私の日記です。十歳からつけているので、もちろん記憶喪失になる前の分もあります」
日記と紹介されてテーブルの上に躍り出てきたその一冊は、明らかに年季が入っていて、右上に小さく「その九」と書かれていた。おそらくこれが最新版で、ページが埋まったものがあと八冊あるのだろう。
「この日記の、私が記憶を失った時期——ここ一年の記録を読み返してみました。……そしたらその、どうやら記憶を失う前の私には好きな人がいたことが分かったんです」
「…………」
「ただ、肝心の好きな人の名前は書いてなくて……」
女は「たぶん誰かに読まれた時の対策なんだと思います」と言葉を付け足す。昔よく弟に勝手に読まれてからかわれた経験があるのだという。
「その代わり、貴方の名前が沢山でてきていたんです。『セゲルさんに要相談』だとか、『今度セゲルさんに聞いてみる』だとか」
「……それって単なる仕事関係の話なんじゃねーの」
「いえ、相談内容は好きな髪の長さはどれくらいかとか、どんな性格の子がいいかとか……明らかに仕事と無関係なことでした」
「…………」
「ちなみにセゲルさんは髪が明るめのショートヘアで活発な性格な子がいいと答えてます」
「ぐっ、ごほっ!ごほっ!」
黒髪ロングの根暗な女から突然繰り出された攻撃に、セゲルは咽せた。当の本人は攻撃したつもりなどまるでなく、「大丈夫ですか⁉︎」と慌てて水を差し出してくる始末だ。
「とにかく、少しでも何か知っていることがあるなら教えてほしいんです。私、どうしても失った記憶を取り戻したい」
こちらの考えなど露ほども気にした様子もなく、女は真剣な眼差しをセゲルに向けてくる。
「教えてください、私の好きな人って誰ですか?」
この女の——メリサ・ノエンのこういうところが、セゲルは大嫌いだ。
◇
メリサのことなど、端から眼中になかった。
そもそも一年前まで微塵も関わりがなかったのだ。新しい魔術式の開発パートナーとして一緒になった時に初めてその存在を認識したレベルだ。
動きが鈍くさいので、正直メリサと組まされた時は不安しかなかったが、仕事に関しては器用に要領よくこなしていたように思う。
ただ、空気が読めず微妙に周囲から浮いていて、いまいち何を考えているのかも分からない(というか分かりたいと思うほどの人を惹きつける魅力もない。)
今の仕事が一区切りしてパートナーを解消すれば、今後は関わることもないだろうなと、セゲルは思っていた。
しかし、向こうはそうは思っていなかったらしい。
「……セゲルさんのことが好きです。私と恋人になってくれませんか」
半年前、魔術式が無事に完成してパートナーが解消した日。メリサから話があると食事に誘われ、二人きりの酒場の席で告白された。
普段はあまり血色を感じさせない色白の頬は真っ赤に染まっていて、テーブルの上で祈るように組んだ手は小さく震えている。一目で恋愛慣れしてないんだろうなと分かる、そんな告白だった。
ただ、真っ直ぐこちらを見つめてくる黒い瞳だけが意外で。
底が見えなくて無機質な印象だった彼女の黒目は、こうしてよく見ると少し茶色がかっていて、表面に薄らにじんだ涙で煌めいてみえて綺麗だった。
「……あの、セゲルさん?」
さっきから告白相手が何も言わないので、メリサは眉尻を下げて不安そうな顔をする。
少し高めの、妙に落ち着くその女の声が、耳を突き抜けてきてからようやくセゲルの頭は動き出した。
……メリサのことは好きじゃない。そもそも今までそういう対象として見たことがない。
セゲルにとってのメリサは、地味で冴えない同僚。その一点に尽きる。告白されて、意外な一面を見たからといって、いきなり好きなるかと問われれば、答えは否だ。そのはずだ。
好きじゃなくてもとりあえず恋人になってみる、という選択肢も世間にあるにはあるが、好きでもない女に自分の時間をとられるなどセゲルは御免だった。というかそんな存在は面倒なだけなのでいらない。
以上のことから導き出した結論を、当たり障りなく目の前の女に伝える。
「あー……ごめん、アンタとは付き合えない」
「……はい」
「俺いま恋人いらないし、そもそもアンタのこと好きじゃないし」
「…………」
いらんことを後半言ったな、とセゲルは内心自分自身に舌打ちする。今日は何だか調子が狂う。いつもならもう少し角が立たないように断ることができるのに。
まあとにかく、この話はもうこれで終わったのだ。振られた相手といつまでも一緒にいるのも気まずかろうと、セゲルは勘定のために店員を呼ぼうと手をあげた——が、正面から伸びてきた女の手によってそれを押し留められる。
今度は一体何なのか。セゲルは怪訝な顔でメリサの方を見て、ぎょっとした。
大粒の涙を流して、メリサが泣いていたからだ。
鼻を啜ることも、派手に嗚咽を漏らすこともなく、ただポロポロと、静かにこれでもかと涙を流している。
けれど、視線は相変わらずこちらを真っ直ぐ見据えていて、涙声混じりでもハキハキとした口調は変わらない。
「……なら、これから私を好きになってもらうことは可能ですか」
「は?」
「セゲルさんに私のことを好きになってもらって、それから恋人になるのはダメですか」
「いや……ダメっていうか……」
正直戸惑った。告白を断って、ここまで粘られた経験がセゲルにはない。こういうのって大抵チャンスは一回きりで、そこで無理だったら終わりじゃないのか。運が良ければ友達としての関係は残るかもしれないが、メリサが言っていることは多分そっちじゃないし、そもそもそれだけの関係性が今の自分達には無い。
だというのに、この女は諦め悪く粘って、それどころかセゲルに「好きになってもらう」などと宣う。
たった今振られたくせに、まだ自分がセゲルに好かれる可能性のある人間なのだと、愚かにも自惚れているのだ。
そう思った瞬間、胸の奥がチリチリとして、なぜだかメリサのことを見ていられなくなった。言いようのない不快感と嫌悪感が確かにあるはずなのに、目の前の女がやたら眩しく見えてしまって、セゲルは思わず目を逸らした。
その様子をどう捉えたのか、女はまたひとつ涙を零しながら言葉を付け足した。
「私、これきりでセゲルさんと疎遠になるのは嫌なんです……」
黙れ、うるさい。図々しくて愚かしい申出をしているのはそっちなのに、どうしてメリサの方が悲しい顔をしているのか。どうしてセゲルが居心地の悪い思いをしなくてはいけないのか。
たぶん、この時のセゲルは柄にもなく焦っていた。メリサは一向に泣き止まないし、それを見て得体の知れない感情が胸に渦巻いているし、とにかく何でもいいから、この状況を変えたくて仕方がなかったのだと思う。
だから、あんな事を口走ったのだ。
「……いいよ、アンタの好きにすれば」
それから、セゲルの許しを勝ち得たメリサは目に見えて「好きになってもらう」ように努力しはじめた。
セゲルの好きな髪の長さはどれくらいかだとか、どんな服装が好きかだとか、そんなことを尋ねてきては、それに合わせた見た目に変える。
他にもセゲルの趣味を自分も真似て始めてみたり、好物を作れるようにレシピを研究してみたり。
これだけ聞くと、ただ好きな人に影響されやすい女のように思えるが、メリサが本領を発揮するのはそこからであった。
たとえば、好きな髪型を質問された時。
セゲルは肩より上くらいの長さがいいと答えた。ついでに髪色は明るめがいいと。
元が黒髪ロングだったメリサは、次の日見事に髪型を明るい茶髪のショートヘアに変えてきた。
まあ似合わなくもなかったが、おっとりとした顔立ちの彼女には、正直なところ元の髪型の方が似合っていたようにセゲルには思えた。
だがショートが良いと答えた手前、そう指摘するのは憚られたし、その辺は個人の自由だろう。大体そこまで熱烈に他人の髪型に興味もない。「まあ本人がいいならいいんじゃねーの」と他人事のように思っていたら、その次に会った時、メリサの髪は元の黒髪ロングに戻っていた。
「……アンタ、髪戻ってるじゃん」
「そうなんです。やっぱりこっちの方がいいかなって思って、戻しちゃいました」
聞けば、髪型が前と同じになるような魔術式をわざわざ構築して、戻したのだという。「魔術式つくるの大変でした」と呑気に笑って話す彼女を見て、何故だかセゲルの胸はチリついた。
他には、セゲルの好きな本を質問された時。
文体が好きでよく読む作家がいると教えれば、次に会った時にはその作家の既刊をほとんどメリサは読破していた。中には未だセゲルが読んでいないものもあって、いつの間にか今度は彼がお勧めされる立場になっていた。
「セゲルさん、新刊読みましたか?」
「あー……まだ。ていうかアレってもう発売されてたっけ」
「されてますよ! 私の貸すので早く読んでください! そして早く私に感想を吐き出させてください」
今までセゲルの周囲にここまで読書を嗜む人間はいなかったので、メリサとのやりとりはなかなか楽しかった。自分が勧めた何かを誰かに好きになってもらうのは心地がいいし、倍の熱量で返ってくるのも悪くはない。けれどやっぱり胸の奥のチリチリとした感覚は拭えなかった。
……本当は、もう分かっているのだ。
メリサは単なる好きな人に影響されやすい人間ではない。
たとえ好きな人が好むものだとしても、実際にやってみて合わないものは無理に受け入れず、合うと思ったものは上手に受け入れる。自分の中に明確な指針があって、自分に合う合わないの取捨選択がきちんとできる、そういう人間だった。
では、セゲルはどうなのだろう。
己の一体どの部分がメリサの琴線に触れたのかは知ったことではないが、告白されたぐらいなのだから、セゲルは彼女にとって「合う」ものだと判断されたはずだ。
けれどそれは、果たしてずっと続くものなのだろうか。こうして互いを知っていくうち、ある日突然「やっぱり合わなかった」とはなったりはしないのだろうか。
そんな風に思っていた矢先、メリサが記憶喪失になった。
記憶喪失といっても、全て忘れたわけではなく、家族や仕事など大半のことは覚えている。
しかし何故か、セゲルと過ごしたこの一年間だけが綺麗さっぱり抜け落ちているのだという。
それがまるで潜在的にセゲルの存在を取捨選択されたみたいで、腹立たしくて、鬱陶しくて、最悪で、…………胸が苦しかった。
◇
「教えてください、私の好きな人って誰ですか?」
酒場の喧騒の中でも、凛とした声はよく通る。
真剣で必死な顔をした向かいの女から逃れるように、セゲルは目を逸らして答えた。
「……俺も相手は知らない。男目線の意見が欲しいって頼まれて答えてただけだし」
「そうですか……」
あからさまに落胆した様子で、メリサの顔が曇る。
それからテーブルの上に置かれたままの日記を手に取り、ぽつりと呟いた。
「実は、どんな人なのかは大体分かっているんです」
意外な事実に驚いて、セゲルは視線をわずかに上げた。メリサの言葉は続く。
「日記の内容から、おおよその相手の性格を推測したといいますか……、けど本当に合ってるか自信がなくて」
「……ふーん。どんな奴?」
「えっと……口調が粗野で、軽薄そうで素直じゃなくて、適当で面倒くさがりで、顔がかっこいい人みたいです」
「クソ野郎じゃねーか」
顔以外にいいところが一つもない。本当に好きな相手のことなのかそれは。一体どんな書かれ方をしたらそうなるのだ。
「だから合ってるか自信がないんです。私も自分で読んでて、何でこんな人を私は好きになったんだろうとは思いましたけど……」
そう言って、メリサは手にとっていた日記をカバンへと戻し、ようやく飲み物に手をつけた。グラスの側面は薄っすらと汗をかいていて、水の環がテーブルに出来上がっている。
こくりこくりと小さな喉が上下するのをぼんやり眺めながら、セゲルは口を開いた。
「アンタはさ、なんでそんな奴思い出したいんだよ」
「え?」
「別に無理に思い出さなくたって困らないだろ。しかも相手はクソ野郎だし。いっそ忘れたままでもいいんじゃねーの」
「それは、そうですけど……」
それはそうなのかよ、と内心毒づく。それから自分で言っておいて、いざ肯定されたらムカつくのかよ、と今度は己自身に毒づく。
セゲルはもう自分がどうしたいのか、メリサに対して一体何を求めているのか、自分でもよく分からなくなっていた。
分かるのは、今の自分が無性に苛立っていることと、ずっと胸が苦しくて堪らないことだけだった。
「……そろそろ店、出るか」
このままここに居ても要らぬ発言をするだけだ。メリサのグラスが空になったのを確認して、セゲルは席を立つ。
メリサもそれに従うようにして、大人しく一緒に店を出てきた。
「…………」
「…………」
酒場からの帰り道を、二人連れ立って無言で歩く。
その沈黙を先破ったのは、メリサの方だった。
「あの、さっきの質問なんですけど」
「あ?」
「どうして私が好きな人を思い出したいのかって、さっき私に尋ねたでしょう」
「……ああ、言ったな」
「本当は、好きな人を思い出すこと自体が目的なわけじゃないんです」
メリサの発言の意味がよく分からず、セゲルは足を止めて隣を見た。彼女もまたこちらを見上げていて、夜空と同じ色をした瞳と視線が交わる。
「私が本当に取り戻したいのは、……貴方との記憶なんです。セゲルさん」
そっと、胸の内を露わにするように告げられたその言葉は、随分と耳心地が良くて、聞き間違いかと思った。
「治療院の人から聞きました、私が事故で運ばれてきた時、貴方が一番に駆けつけてくれて、すごく真剣に怪我の具合のことを聞いて、ひどく心配してたって」
「…………」
「それってすごいことですよね。だって、一年前まで私達はほとんど話したこともなかったのに。そんなに仲良くなるなんて、前の私は一体どんなことをしたんだって思いました」
「…………」
「それと同時に、何故だかすごく悲しくて、悔しくて堪らなくなったんです。どうして今の私は貴方のことを覚えてないんだろう、って……」
メリサの言葉尻が少しだけ震える。鼻を啜ることも、派手に嗚咽を漏らすこともなく、ただポロポロと、いつかのように涙だけを彼女は流していた。
「だから、日記を読んでコレだって思ったんです。好きな人のことを思い出せば、それをきっかけに貴方との記憶も取り戻せるかもしれないって。……それに、それに貴方が私の好きな人だったらいいのにって」
最後の一言を聞いた瞬間、セゲルは目の前の女をめちゃくちゃにしてやりたくなった。その衝動を抑えることなく、細いその身体を強引に抱き寄せる。
「っ、セゲルさ——」
「アンタ、俺のこと好きじゃなかったのかよ」
驚いて身じろぎしたメリサの動きが、止まる。
「俺に好きになってもらうんじゃなかったのかよ!」
「!」
「なのに、それなのに、なに勝手に俺のことだけ忘れてんだよ……! 早く思い出せよ、メリサ……」
最後にそう言ったセゲルの声は、いつもの彼のものより小さくて、弱かった。
縋るように自分を抱きしめる男の背中にメリサは両腕を回して、ぎゅっと強く抱きしめ返した。
「ごめんなさい、セゲルさん」
「…………」
「貴方は私を好きになってくれたのに……、忘れてしまっていて、ごめんなさい」
「……?」
どことなく今の言葉に違和感があって、セゲルは腕の中の女を見た。メリサの頬は相変わらず濡れていて、ついでに耳まで真っ赤に染まっていたが、少しだけ気まずそうな顔をしていた。
「アンタ、まさか……」
「その……さっきのセゲルさんの言葉で、ブワーッ!って脳に情報が来たっていうか、思い出したといいますか……」
「……………………………………………」
「あの、セゲルさん、んん⁉︎」
とりあえず何か言おうとメリサが口を開いた瞬間、上から降ってきた唇にかぶりつかれて、口内をこれでもかと蹂躙された。あまりにも遠慮がないその行為に「窒息死」という三文字がメリサの頭によぎったところで、ようやく解放される。
「おい、ちゃんと鼻で息しろ」
「っ、はぁ、な、なに? なんでいきなり……?」
「むしゃくしゃしてやった」
「えぇ……」
困惑と呆れが混じった声を上げるメリサを無視して、セゲルは彼女の首筋に顔を埋めた。一瞬ピクッと細い肩が揺れたような気もするが、まあ気のせいだろう。
「本当に、全部思い出した?」
「はい。思い出しましたよ」
「……やっぱなしとか、無理とか言わないか」
「まさか! 意地でも離しませんよ」
さも当然、と言わんばかりに告げられたその言葉に、セゲルの動きが数秒止まる。それから、もう一度だけメリサのことをぎゅっと強く抱きしめた後、身体を離して顔を合わせた。
「……なら、もう一回アレ言わねーの」
「アレ?」
「俺はもう、アンタのこと好きになったけど」
「!」
どうやらそれでピンと来たらしい。
茶色がかった黒い瞳を煌めかせて、メリサは嬉しそうに言った。
「私、セゲルさんのことが好きです。私と恋人になってくれませんか」