ヒロインは木登りをして猫を助ける
「礼儀作法がどうこう以前の問題です」
一部の人間から次の逆ハーレム要員候補と目されているウィリアムは、レイアに向かって苦言を呈す。
「作法だけの問題ならば成程、私が口出しする権限はないかもしれません」
ジュールを横目で意識しながら、ウィリアムは続ける。
「学園の校則にも木登りは禁止と明記されてはいない、その通りですが、枝が折れたりしたらどうするつもりだったんですか」
「枝の太さから、わたしが乗っても大丈夫だろうと判断しました。
学園の木に損害を与える可能性はゼロではなかっただろうとのご指摘でしたら、次からは絶対に折れない方法を選択できるように手配するつもりです」
淡々としながらも、どこか甘い声でレイアは答える。
「木の枝の心配をしている訳ではなくて、貴方が怪我する心配をしてるんです!
……殿下もイザークも、何も言わなかったんですか?
学園の監視システムだって過信はいけない。危険な行動については生徒同士で注意し合うべきではないですか。
五メートルくらいの高さまで登ったと聞いてますが、落ちたら大怪我ですよね」
「怪我、するかな?」
「しないんじゃないですか」
ジュールとイザークの密やかな会話はウィリアムの耳には届かなかった。
「だいたいどうして木登りなんかしたんです?」
「……木から降りられなくなった猫が鳴いていたからです」
「自分で何とかしようとせずに誰か助けを呼ぶべきでしたね。せめて梯子か踏み台を探して持ってくるとか」
「一生懸命、ミーミーって鳴いていたんです。早く助けてあげなくては、と。
これで自分の手に負えない高さだと思ったら他の人を呼んできましたけれど」
「高さが五メートルくらいではなかったのですか?」
「はい。それくらいでした」
「その高さで落ちても大丈夫って……」
そこでジュールが口を挟む。
「ああ、ちょっといいか、ウィリアム。
レイアさんの運動神経・身体能力って凄く高いんだよ。
鎖帷子を着けて模擬戦してみたんだけど強い強い」
通称鎖帷子はモーションキャプチャ用の全身ボディスーツで防具を兼ねる。
「え? ちょっと待ってください。
模擬戦って殿下たちの進めているゲームの現実化の関係ですよね?
ゲームで強いのを現実に反映させられるんですか? 強化外骨格とか?」
「いや、そういう意味ではゲームは関係なくて、純粋な身体能力のみ。
体育の授業で使うときと、まあ同じだね。
体操もしてもらったんだけど、バク転、バク宙、前宙にひねりも入るんだ。
それから……」
なぜか自慢げに話し続けるジュールにウィリアムは遠い目になった。
(そもそも何をしにここに来たんだっけ……)
「……あの、お話の途中に失礼します」
そこにレイアが話しかけてくる。
「ウィリアムさんはジュールさんの側近候補と聞きました。
学園内での危険能力行使許可契約の内容変更を学園長にお願いするにあたって、ジュールさんとイザークさんに加えてウィリアムさんにも事前の相談に同席してもらうのが望ましいかと思います。
皆さんはどう思いますか?」
「レイアさんがウィリアムに情報開示して良いと考えるのなら僕は反対しません。
ウィリアムは文官志望だし機密保持関係の方もまあ得意でしょうし」
「殿下や俺は危険物持込許可の方が専門みたいなものだから、ウィリアムに情報共有して相談するのは良い考えかもな。若干不安はあるが」
ジュールとイザークはそのように言ったものの、ウィリアムは一瞬絶句した後、
「き、危険能力って攻撃魔法ですか?」
と尋ねて、
「いいえ、魔法ではなく超能力です」
とのレイアの答えを聞き、キャパオーバーで撃沈した。
「おーい、起きろ。戻ってこい」とイザーク。
「困ったなあ。魔法も超能力も基本的には似たような扱いだよ。
実習等で必要とされる場所を除いて学園内では全面禁止、能力行使許可の契約をしておけば例外とできる、と」とジュール。
これに対して危険物持込許可の方には危険物の膨大なリストがある。照合を面倒に思い、持込許可の物品リストにある物以外は持ち込まない方針の者も多い。
「『似たような扱い』とはいえ学園内の秩序を守る側からすると超能力は魔法よりも扱いがずっと厄介です。
安全のため学園内に配置されている魔力阻害の装置、魔法の行使を制限する魔法誓約といったものが超能力には無効で、わたし自身の法的な契約を守る意思と良心にかかるところが大きいのです」
「……そうですか。わかりました。レイアさんのおっしゃる『法的な契約を守る意思と良心』で決まるとは魔法にも言えると思います。
それでレイアさんは危険能力行使許可の契約をどう変更したいのですか?」
「現状では自分の身を守るためと他人の救助のための能力発動に限定した許可ですが、猫の救助も許可する契約に変更をお願いしたいのです」
「猫、ですか?」
「猫です」
そのときレイアの目は据わっていた。珍しく感情的になっているようだ。
「つまりそれが木の枝が絶対に折れない方法ですかね?」
間を取り持つようにイザークが尋ねる。
「はい。サイコキネシスで猫を浮かせるかアポートで引き寄せるかすれば枝は絶対に折れません」
レイアが契約変更のお願いに学長室に向かった後、ジュール、イザーク、そしてウィリアムの三人は久しぶりのカフェテリアで丸テーブルを囲んでいた。
いつものように周囲には別の会話が聞こえる設定にしたジュールが口を開く。
「まあ変更は受け付けてもらえると思う。
そもそも救助活動は義務に近いとレイアさんが言っていた。能力を発動させないと、『助ける力があるのになぜ助けない!』とか非難轟々だってさ。
助ける対象が猫——まあ愛護動物全般にしたようだけど——に広がるのは、学園としても願ってもないことじゃないかな」
「『大いなる力には大いなる責任』ってやつか」とイザーク。
「で、そこでヘタっているウィリアム。情報を漏らす相手は選んでくれよ。
危険能力行使許可も危険物持込許可も、学園の警備に任せきりでは不安だから自分も介入するって意思表示と解釈されることがある。許可されたってことは警備をしのぐ能力持ちだろうと思われることも。一面の真実ではあるけどね。
非常時には他を助けるべきだろう、今とっても困ってる俺を助けろとか騒ぐ奴が湧いてくるのも鬱陶しいから、大っぴらにするのはお勧めしないんだ」
「ウィリアムが話すとしたらローズマリー嬢かな? 彼女で止まるならいいけど、あのアリスに筒抜けになるのは不安だわ。木登りするのは、やっぱり〈ヒロイン〉だからだーと騒ぎそうだ」
「言わないというか言えない気が……。
レイア嬢のスペックが高過ぎて、ローズマリーに勝ち目はないと可哀想になる」
「だから、レイアさん相手にそういうのはないって何度言えば……」
「まあ殿下が色ボケしているように見えるのも理解できるが、レイアさんは適切な距離をきちんととっているし、殿下が無理矢理ナニカしようにも彼女のスペックに阻まれて無理。いざとなったら俺が全力で止めるし」
「……恋愛感情はないと殿下は言いますが、殿下は以前、『恋愛と結婚は別だ』とも言っていませんでしたか?」
「ん?」
「レイア嬢との恋愛はあり得ないとしても、結婚の対象にはなり得るのではないですか?」
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