本当の戦いはこれからだ!
レイアは涼しい顔で言う。
「ガーンズバックの方は大人しいものですよ。
この国に留学する直前に、怒鳴り散らしておいた甲斐がありました。
『気持ち悪いんだよ、おっさんは。あーベルヌ国がダメでも、この国からは絶対に出て行くから。月の地下深くか小惑星群のどっかに行くだけだからよぉ』と。
本来はわたしが破落戸の真似をしても迫力不足ですが、凶悪な敵にこそ向けるべき威圧感の演出に、一生懸命頑張っただけの効果があったようです」
ティムは、リョウとレイアの話を聞いて思うところがあったようだ。
「あのとき何よりも恋人を優先していたら——と後悔することはあります。
単純に母と恋人の比較だったら断然恋人だったんですけど、母は会社の上司でもあり、会社には愛着があったので辞められず、結局彼女とは別れてしまいました。
もしもあのとき母と縁を切ることができていたら、今頃は彼女と結婚して一緒に暮らしていたかなと思います。彼女は別の人と結婚して幸せに暮らしているから、もう遅いんですけどね」
クローリー社を辞めたティムはすっかりサロンの常連と化している。
アリスが主人公のバーバラ妄想小説は、いっそ注釈だらけにして出版してはどうかという冗談から始まって、妄想小説の部分引用とサロンのメンバーの意見を取り入れた評論とで構成する本を企画中だ。
出版事業でも始めるのかと言えばそうではなく、国際規格に合った製品開発に投資しながら二国間にまたがる総合商店を立ち上げたいと言う。
ジュールとレイアは獲得したばかりの七夕アバターで地下モールを歩いていた。
「オットー先輩がランキング経由でレイアさんに友達申請を飛ばしたそうです。
予想通り年齢の問題で、ランキング経由の友達申請には制限がかかっていたみたいです」とジュールがレイアに声をかける。
「届きました。では承認、と。
わたしが十四歳の時点でもジュールさんの友達申請が通ったのは、お互いが学園の敷地にいたからですね、きっと」と本日が誕生日のレイアが言う。
レイアは飛び級で編入したため同級生より二歳若い。
「そうですね。城のレストランでオットー先輩が試したときには申請できなかったのだから、物理的に距離が近いだけでは不充分だったんでしょう」とジュール。
レイアは懐かしそうに微笑む。
「ジュールさんと最初に出会って友達申請をもらったのが三ヶ月前。あのときは、かなり焦りましたけれど、今となっては良い思い出です」
「僕がいきなり『友達になってください』と騒いだからですか。挙動不審の困った奴だったと思います。後悔はしてなくて、良くやった自分、と思っていますが」
中央広場の特設ドーム内に入ると周囲の風景が夜に変わる。
「いいえ、間違って人にぶつかってしまうなんて——と焦ったのです。S級冒険者として学園に入ったのに、とっさに避けることすらできないなんて失態もいいところと思いました。しかも相手は何と、学園長に内々に頼まれていたジュールさんで……本当に焦りました」
「レイアさんは終始落ち着いた態度でしたけどね」
「必死で平静を装っていたのです」
ジュールはくすくすと笑って、そして言う。
「運命の出会いだったと思います。
——ということで、レイアさん。僕と結婚してください」
レイアは目を瞬かせた。不意をつかれたせいで表情を完全には取り繕えない。
「あの……ジュールさんも知っての通り、わたしは子どもを作れませんし、魅了持ちで祈りの発動者という厄介な危険人物ですけれど」
「子どもの件については公爵家が恩返しに代理母の代理を生み出そうと動いていますけど、僕は子どもなしで良いと思っています。この国の外観は中近世の装いでも子ども・若者の死亡率までは真似していませんから、僕らが無理して子どもを作る必要もないんじゃないかと思います。血をつなぐのは兄上たちに任せれば良いと思うし、万が一の王位争いの危険もなくせますし。
で、魅了に祈りというのは、レイアさんの元同僚の方たちが熱心に警告しているそうですが、正直なところ何が問題かわかりません」
「魅了は対象を自分の都合の良いように操るものなので、動物や魔物が相手ならともかく人間相手に使うものではありません。常時発動は困るので普段は封印していますが、極度の疲労や生命の危機の際に封印が緩むことがあるのを元同僚は警告しています。ガーンズバックならば能力者同士の相互監視でフォローできるけれど、他国ではそうもいかないだろうから戻っておいで、と。
まあ魅了の方は、発動したら必ず自分でそれとわかるので相互監視してもらう必要はあまり感じませんが、祈りの願望達成能力の方は……自覚なしにバーバラさんをホムンクルスに閉じ込めた恐れがあるぞと指摘を受けています。
実際にあの障害発生は、わたしにとって都合の良すぎるものでした。
願ったのは、アリスに『中の人』がいたらなるべく早くそれとわかること、『中の人』がローズマリーさんにした仕打ちに相応の報いがあること」
「やはり良くわかりませんね。いや、祈りの危険性については以前に説明してもらったので知ってるつもりです。『猿の手』よろしく二百ポンドと引き換えに息子の命が奪われたらたまらない、願いがかなう道筋の条件設定には注意が必要だと」
「元同僚は想定外の稀な事故発生を怪しく思い、バーバラさんの余命を数年に縮めたとしたら祈りの暴発だと非難しています。後は魅了を指摘した人と同じく、能力者同士の相互監視がないと危険だ、滞在国にも迷惑をかける恐れがあるので帰っておいでと言っています」
「でもレイアさんは帰りたくないのでしょう? 僕も帰らせたくはない。どうか帰らないで、このままずっとこの国にいて欲しいと思います。
滞在国に迷惑? 迷惑かどうかはガーンズバックに決めてもらうことではない」
ジュールの表情が一瞬険しくなり、そして緩む。
「レイアさんは以前、僕の結婚の対象なんて話が出たら面倒事に巻き込むことになってしまう、申し訳ないと言ったとき、『構いません』と言ってくれました。
外堀を埋める手伝いを断ってくれたときに、自分だけは僕の味方になる、助けてくれると言ってくれました。
友達って良いな……と泣きそうでした。でも同時に友達でなければいけないのかなとも思いました。
そしてガーンズバックでの、能力の組み合わせを優先させるあまり同僚との恋愛は非推奨とする人たちの話を聞いて、馬鹿馬鹿しいと思う一方、ギルド内恋愛禁止の方針も見直しが必要かと思いました。
パートナーを決めるにあたって、仕事の効率上の最適解より恋愛感情を優先させたとしても、それはその人間の自由ではないでしょうか。性的嫌がらせや周囲への迷惑行為などは法や倫理に反する言動として禁止すれば充分ではないかと思うし、恋愛自体を全面禁止にした場合に、規則を律儀に守る者が損をして、無視して抜け駆けする者が勝つ展開が予想されるのも気に食わないと思うようになりました。
そしてゲームのパートナーとしても仕事上のパートナーとしても最高の相手に、恋愛感情を持ってしまったことに罪悪感を持たなくても良いのではないかと。
そんなことで、生涯のパートナーになってくださいという申し込みを躊躇していたら、競争相手の多い中、出遅れて後悔することになるだけです」
ドームの中に展開されている夜空に輝く天の川。星が流れる。
「ですからレイアさん、僕と結婚してください。とりあえずは婚約者から」
「はい」
レイアは今にも泣きそうで、それでいて幸せそうな顔で笑う。
「当分は地球で過ごせそうなのが嬉しいです。
月の地下か小惑星かという逃げ先は結構本気で検討していて、その場合は、静かでだけれど退屈な引きこもり生活を送ることになるかと思っていました」
「心配しなくとも退屈な日々なんて、僕たちに訪れてはくれませんよ。直近の課題はレイアさんのベルヌ国への亡命ですかね」
(他のレイアさんの「元同僚」たちはともかく、リョウという奴とは完全に縁の切れた状態にしなくては)とジュールは思う。
ティムあたりも要警戒対象の気がする。
これからも恋の敵は次々と現れるだろう。
戦いは始まったばかり。本当の戦いはこれからだ。
アルファポリスで先行投稿しています。




