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悪役令嬢の兄とその婚約者に会う

「勤務時間内ではありますが、学園の敷地内ではないんですよねぇ。

 出張手当って出ないんですか。後は危険手当てとか」

 護衛としてジュールとレイアに付き従っているイザークがボヤく。


 彼らはフランシスのいる魔術師塔に向かっていた。

「大袈裟な。今日は婚約者のメアリー嬢も一緒だから流石に大丈夫だろう」

 とジュールがいなす。


 魔術師塔はピサの斜塔に似せた建物だ。ただし高さは倍で、傾斜角度は二十世紀末の改修工事前に合わせた五・五度。色は白ではなく五十%グレイで、魔術師の塔なら黒という意見もあったが、そうするとロマネスク様式らしくなくなるので間を取ることにしたらしい。


「だいたい護衛として俺が付かなくてもレイアさんがいれば良いのでは」

 とブツブツ言うイザークの言葉にレイアが真面目に答える。

「いいえ。わたしは護衛には向きません。本当に差し迫ったときは自分を最優先、次は救える人の数が多い方を選ぶように条件付けられているため、特定の誰かを優先して守るようには、とっさに身体が動かないと思います」


 魔術師塔の中央を垂直に貫く円筒形のエレベータから出て、三人は最上階に足を踏み入れる。この階層が地面と垂直なのはピサの斜塔と同じ。吹く風の向こうに、ローズマリーに似た色の金髪に、装飾のない黒いローブのフランシスがいた。


「堅苦しい挨拶は抜きで良いだろう? 久しぶりだな、ジュール。はじめまして、レイア嬢。こちらが婚約者のメアリーだ」

「メアリー・アンジュです。お会いできて嬉しく思います、レイア様。ご無沙汰しております、ジュール様」

「僕に『様』を付ける必要はないですよ」

「レイア・ネビュラです。よろしくお願いします。わたしにも『様』は不要です」



 コーヒー片手のフランシスが言う。

「いやあ、一昨日の『アリス抜きのマッドティーパーティー』について、あれはどういうことだと、母上や学園長にやいやい言われたようでな。母上に至っては、なぜ俺を一人で来させたとまで。

 なぜか皆、俺ではなくメアリーに聞きたがるので、ジュールとレイアさんにメアリーから話してもらうのが良いと思って呼び出した次第だ。レイアさんには質問したいこともあるし」


 ジュールが答える。

「メアリーさんに聞きたがるのはフランシスさんが怖いせいと、メアリーさんになら話が通じると期待できるからですよ。

 フランシスさんがウォーターブリッジ公爵家の次期公爵として、公爵家の客間の十九世紀趣味や、ビクトリア様式メイド服で出歩くアリスを腹立たしく思っていることは、ウィリアムから聞いています。

 それで終わったなら、伝言しかと受け取りましたで済んだのですが、当日の衣装については……全て十八世紀由来なのは良いとして、使用人のお仕着せという割にはフェルゼンよりド派手な格好で、仮面舞踏会でもないのにウサギの耳のついた仮面を付けて。気が触れたかと心配になるレベルです」


「マッドティーパーティーの三月ウサギだからな。趣旨には合ってる」

「そもそもそこです。どこから『アリス抜きのマッドティーパーティー』なんて出てきたんですか。当日の参加者は誰も知らなかったようですが」

 フランシスの言う「マッドティーパーティー」の出どころをジュールが追求すると、ハラハラした様子で見守っていたメアリーが口を開く。

「あの、それは、たまたま一年前に作った衣装があったので、それをお披露目したかったのだと……思います」


 その頃、公爵家の客間が十九世紀に侵食されていく様子にうんざりしていたフランシスは、あれはそのうち『不思議の国のアリス』のマッドティーパーティーとか開催しかねない、どうしたものかと愚痴を漏らした。

 そこからなぜか、十九世紀以降の要素を排除した帽子屋や三月ウサギは成立するかという話になった。帽子屋のシルクハットはダメだし、他の帽子に置き換えるのもピンと来ない。しかし三月ウサギなら、蝶ネクタイをジャボタイなどに置き換えても問題はないだろう。


 メアリーは説明する。

「ペイジやリブレアなど従者の資料を検索していたら、金糸がふんだんに使われているもの、色使いがとても華やかなものも結構ありました。そしてフランシスは派手なものを好む傾向がありまして……。わたくしの着る衣装を検討する場合には、わたくし自身の好みに寄せるのでそう派手にはならないのですが、フランシスが自分で着る設定の衣装でしたので、いっさいの歯止めがききませんでした。

 これとデザインが決まってしまったら、後はアラクネに糸を吐かせたり、使い魔の妖精に指示を出したり、手持ちの材料を引っ張り出して組み合わせたり。今思うとだいぶ気分が高揚していたのでしょう、完成するまであっという間でした。

 完成して気持ちが落ち着いたら、着ていくあてもないのにこの服どうしようかという話になって、せっかく作ったのだから着る機会の来る日まで仕舞っておこうということに決めました」


「そしてあの日、まさにその着る機会が訪れたということだ」とフランシス。

「メアリーさんの意見はどうだったのですか。同行しなかったそうですが」

「本物そっくりの巨大ウサギの首を作って被るのは、メアリーさんに反対されてやめたと聞きましたが、その通りですか」

 ジュールとレイアにメアリーが答える。

「フランシスが作ってみせた巨大ウサギの首は何だかとても怖い感じだったのです。元は可愛いウサギでも、人間の頭がすっぽり収まるくらいの大きさにまでなると可愛いと言ってられなくなりまして……ぬいぐるみのウサギのような頭だったらまだマシかと思っても、わたくしたちにはそういうものを造形するセンスはないし、手頃な見本も手持ちにありませんでした」

 フランシスが得意そうに言う。

「そこでメアリーのアイデアを取り入れて、顔の上半分を隠した仮面にウサギの耳を生やしたものを生成した。これで完成となったのは良いが、その格好と並んで歩いて違和感のない衣装は手持ちにないし、今から作る時間もないし、何より気が進まないとメアリーが言うのでな。派手なものをあまり好まないメアリーに無理はさせたくないので、自分一人で乗り込むことにした」

 メアリーが苦笑して言う。

「どちらかというと、あの格好で行くこと自体を止めたつもりだったのですが、十九世紀趣味について思うところを奥様たちに強く主張し、間接的にジュールさんに伝わる際の印象を強くするには、衣装で強烈に印象付けるのも大切と言い張るのです。二人であんなに頑張って作り上げたのだから、ぜひお披露目したいと言われると、わたくしもそれ以上強く言えなくなって……」


 レイアが柔らかい笑顔でメアリーに向かって言う。

「いろいろと話し合って作り上げる過程がとても楽しかったことが、わたしにも想像できます。そうして出来上がった衣装に格別な愛着がわいても不思議ではないと思います」

「そうですね」とジュールもまたレイアと同種の笑顔を浮かべる。


「まあ公爵家の十九世紀嗜好に腹を立てていたのなら、もう少し実家に帰る回数を多くして直接文句を言っていた方が早かったのではないかと思いますが」

 とジュールが言うと、

「うっせえわ。だいたいお前のせいもあって、あちらに帰るのに嫌気がさすようになったんだぞ」

 とフランシスが吐き捨てるように言い返す。


 首を傾げるジュールにフランシスは言う。

「ローズマリーとアリスは、オットーくんは単にお前とローズマリーの仲を邪魔する者なのか、それともやっぱり恋敵なのかという話題にやたらこっちを引き摺り込もうとしてたしな。『知るか』としか答えようもない。

 それにお前、正式な婚約を拒否するのは良いが、性的搾取を国際司法に訴えるだの、僕は男娼になるつもりはないだの言ったんだって? 陛下たちがそれを受けて、お前とローズマリーとの白い結婚を検討し始めたと噂が飛び、白い結婚でも子孫を残すより良い方法について父上と母上が根掘り葉掘り聞いてくるんだ。

 代理出産の母体を魔法でパパッと生み出せないかとか、お前そっくりの妖精だか精霊だか作ってお前の精子を注入する注射器にできないかとか。

 寄り付きたくもなくなるわ、そんな話題ばかりの家には」


アルファポリスで先行投稿しています。

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