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「彼女は大切な友達だ」 (2)

「話をしてみる」とジュールたちに宣言した、その数日後。

 イザークは、ローズマリーにウィリアムとの会合を申し込む——より前に、彼らから呼び出されていた。


 客間には紅茶に三段のケーキスタンド。英国式アフタヌーンティーのもてなしだ。

 ローズマリーの侍女のアリスも同席している。

 (こういう〈お茶会〉てのも微妙なんだよなあ。十九世紀以降の近代となると、うちの国の守備範囲から外れ気味だし)

 さらにアリスの着ている黒いワンピースに白いエプロンのメイド服もビクトリアン様式で十九世紀。

 もっと言えばアリスにお茶会で連想される『不思議の国のアリス』も十九世紀で近代といえる。


 特別にイザークが十九世紀以降のあれこれに非寛容な訳ではない。

 ただ、近代は自国こそが専門と強く主張する〈隣国〉の存在があり、

「こういうのがやりたかったら〈隣国〉に行くよ」「こういうのは〈隣国〉でやれよ」

 との意見がベルヌ国内部でも主流となるくらいに〈隣国〉の知的財産は豊富なのだ。

 剣と魔法のファンタジーはベルヌ国、スチームパンクは〈隣国〉という棲み分けがあり、だから〈隣国〉はビクトリアン様式の展開の優位性を譲ろうとしない——という事情もある。


 それはともかく、〈お茶会〉での会話はそれなりに進んでいった。

 数日前のカフェテリアでのやり取りの焼き直しが多く混じるのは仕方がない。


「何度でも言うぞ。あんなに引っ付いているのを引き離そうともしない、それって護衛としてどうなんだよ」

「だからな、ウィリアム。彼女の身元の裏付けは取れている。暗殺者ではないことは確かなんだ」

(万が一暗殺者にまわったら、どんな護衛がつこうが遠隔からでも迅速・確実に暗殺を成功させる人材。暗殺遂行のため日頃から対象に接触なんて全く必要としないタイプ、というのは黙っていよう)


「暗殺の心配はないとしましても、王太子殿下のときの〈ヒロイン〉のような心配はありませんの?」

「ローズマリー嬢の心配なさっているようなことはありませんよ。媚薬入りのクッキーもなければ妙な香水も魅了の魔道具もなしです」

(ハニートラップ要員どころか、ハニートラップ防止の助力を学園長から要請されているんだが。学園長に確認したら、あくまで非公式にお願いしてみただけの話だから内々にしてくれだと。だからこれも黙っていよう)


「で、率直に申し上げて、ローズマリー嬢がレイアさんを熱心に特別講座に勧誘している、あれはやめた方が良いでしょう。

 さほどの覚悟もなく第二王子殿下とお近づきになろうとする国内貴族が相手ならば、特別講座は有効で実績もあるのは知っています。

 しかしレイアさんは留学生で他国の人です。学ぶ負担が大きい上に、王族や公爵令嬢の下の身分に組み込まれる学園内実習とくれば、そりゃあ嫌がるでしょう。〈ヒロイン〉じゃなくても」


「特別講座をお勧めしたことについては反省していますわ。学園長からも、やんわりとお叱りをいただきました……」

「それに限らずレイアさんへの圧力は控えていただければ。差し出がましいようですが」


「じゃあイザーク、僕たちはどうすれば良いというんだ?

 殿下はまるで人が変わってしまったようだ。

 そんな様子を見せつけられて、『友達だ、勘繰るな』とだけ言われても……正直なところ納得できない」


「殿下がプレイしていらっしゃる〈ゲーム〉のご説明はお聞きしましたわ。

 その〈ゲーム〉の世界では〈友達〉に恋愛感情を持つなどあり得ないことだと。

 ですけど、わたくしたちの居る〈現実〉の世界では〈ゲーム〉と同じになるとは限りませんでしょう?

 殿下とレイア様のお姿を〈現実〉に目にした人たちからの評判を思うと、このままではいけないのではないかと焦ってしまうのです……」


 イザークが口を開く前に侍女のアリスが口を出した。それが不協和音となる。


「ローズマリー様の心中、お察ししますわ。『彼女は大切な友達だ』でしたっけ? 浮気の言い訳にも聞こえますわよねぇ。

 お話をお聞きする限りでは、学園長もイザークさんも〈ヒロイン〉様のお味方のようで——そういう流れもまあ、ありがちな〈シナリオ〉ですけど」


「あのさ、アリス嬢」


 イザークは冷静さを欠いた状態に陥り、こめかみをピクピクさせる。


「殿下とレイアさんがプレイしているゲームは、君の大好きな〈乙女ゲーム〉とやらとは全然違うの。

 ガーンズバックとの共同プロジェクトで、〈現実〉の資源を都度利用し、〈現実〉と部分的に融合させようとしているゲームなんだ。で、このお固い学園で恋愛シミュレーションゲームの現実化なんて、上が許可するはずがないって君の頭でもわかるよね?」


「い、イザーク様が怖ぁい」


「王太子殿下に迫ったハニートラップ要員のことを君は、お花畑で電波系の〈ヒロイン〉だ〈ヒドイン〉だーとか言ってるけどさ。周囲を引っ掻き回す迷惑の度合いでは君も負けていないんじゃないか。〈シナリオ〉について得意気に語る様子なんて妄想全開っぽいし」


「どうかお怒りにならないで。わたくしが代わりに謝りますから」


 泣き出す寸前のアリスをかばってローズマリーが割って入る。


「アリスはわたくしの侍女です。そして大事な友人でもあるのです」




「そうか。修羅場というかカオスというか」

 ジュールはイザークからの報告を聞きながら学園の並木道を走っている。

 服装は黒の上衣に膝の隠れる丈の黒のブリーチズ。運動するからといって、いつもの夜警ルック(本人命名)から着替えたりはしない。古風な見かけを裏切って、伸縮性・通気性に優れた素材の使用で動作の不便をなくしている。


「アリス嬢とは前々からどうにも相性が悪いんですよね、俺は。

 ずっと前から『〈ヒロイン〉に簡単に引っかかるチョロい脳筋』と〈予言〉されていますから。腹に据えかねるってやつです」

 並走しているイザークも似たような服装だが、ジュールとの違いは白いレースの襟はつけていないことだ。


「そのアリスさんという人が予言の自己成就を目指すような方でしたら厄介です。わたしは予知が苦手科目のため、自分で未来を視て対抗するのは難しいですが、元同僚のツテをたどればお任せできる専門家に来てもらうことは多分できます」

 黒いローブを靡かせながらレイアは言う。静止時には地面を引きずるローブの裾が走っている最中は宙を浮く。なお、ローブの下は黒のジャケットと赤のタータンチェックスカートを組み合わせた〈制服〉を本日は着用。


「予言の自己成就とかピグマリオン効果とか考えると、ローズマリーがアリス嬢とべったりで何かと嫌な〈予言〉を吹き込んでる状況を何とかしないと、ですね。

 あっと、ここで止まって」


 ジュールの声によって三人は足を止める。

 現実に身体を動かして戦闘場所から戦闘場所へと移動すると、通常のプレイでは得ることのできない報酬が追加で手に入る。限定のドロップ品が少々と、風や匂いを感じながらの適度な運動の心地よさが。


「なあイザーク。昨日の修羅場では、ローズマリーがゲームの現実化の話に食いついてきたとか言ったよな。ウィリアムも一緒にこうやって走るのはどうだ?」


「食いついてきたというか、ゲームに〈現実〉に参加すれば殿下の〈友達〉になれるのか、前みたいに一緒に行動できるようになるのかと寂しそうだった。

 でもローズマリー嬢に走らせるのは酷じゃないか? ウィリアムは走れるだろうけど、今はローズマリー嬢の側にいて欲しい気がする。彼女、何かと不安定で」


「走るのが大変なら歩いて移動すれば良いではないですか? ゆっくり散歩するのもきっと楽しいです」


「歩きだとクエストの進行が遅くなるけど、まあレイアさんがオーケーなら僕も我慢できます」


 イザークはジュールに突っ込みたくなるのを我慢した。


アルファポリスに先行投稿しています。


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