ヒロインの過去
「……? 何を言っているのかわかんない。『ジュールさんの味方がいなくなってしまいます』? レイアさんがローズマリー様の恋の応援をしようがしまいが、殿下には昔から味方が多いし、これから先、味方がいなくなるなんて考えられません」
きょとんとした表情のアリスにレイアは言う。
「わたしは留学する前、ある男性との仲について周囲にこう言われてきました」
レイアは指を一本、二本と立てながらと挙げていく。
「君たちは良好な関係を続け他に知らしめるのも仕事のうちだと思うよ。
意見や価値観が違うというなら、何よりまずコミュニケーション。
一方的に避け続けるのは酷いんじゃないの、あの方が可哀想になる。
あいつは自分の至らないところは直すと言っていた。
不満があるなら逃げずにとことん話し合って。お互いの歩み寄りが大切よ」
五本の指を立て終わったレイアは続ける。
「これは結構キツいです。他のことでは親身になってくれる人が彼の件については完全な味方ではなくなるため、孤立無縁といった気分になります。この人は味方になってくれるかと期待すれば、その男性の恋人だという女性に、
『あの方と上手くいかないから彼に乗り換えようというの? 彼は渡さない』
と怒鳴り込まれたり、まあ散々です」
「じょ、女性の友達に頼れば良かったんじゃないですか。いなかったの?」
「いました。彼女たちの助けもあって、わたしはこの国に逃げ込むことができたのです」
「う……。で、でもぉ、レイアさんが辛い目にあったんだろうなぁと同情するけど、そのモテない勘違い野郎とローズマリー様を一緒くたにしているみたいで失礼だわ。酷いわよ……」
「その勘違い野郎は容姿に優れ有能だと評判でした。人付き合いも良くて女性にも人気でした。だからわたしは孤立無縁になったのです。『あんな素晴らしい人に何の不満がある』と何度も責められました」
アリスは気がついていなかったが、レイアの表情は「受付嬢アンドロイドの笑顔」から「モナリザの微笑擬」へと、とっくに変わっていた。
「わたしは友達に助けてもらいました。
今度はわたしが友達を助ける側に回りたいと思っているのです」
「主な動機はあくまで中近世ヨーロッパ風の学園を舞台背景にしたゲームの現実化に魅力を感じたことです。スペースオペラに中近世ヨーロッパ風の衣装の登場人物、剣と魔法のファンタジーにモビルスーツのゴーレム、素敵な組み合わせだと思います。
逃げてきたというのも嘘ではないですが、アリスさんに話したいざこざ自体より、元の原因の、木星第三衛星進出のためのお仕事から逃げてきました」
不服ながらアリスを謹慎用の寮に入れることにした学園長は手配のため席を外し、残されたレイアとジュールは雑談に移行している。
「ジュールさんも知っている通り、この国が剣と魔法のファンタジーならガーンズバック国はスペースオペラで、舞台となる宇宙ステーションや月面の居住ドームを現実に顕現させています。そういう夢を現実にしたい人から集める資金があってこその現在の宇宙開発最前線とも言えます。
そのような場所でなぜか生まれる——本当になぜ生まれるかは不明なんです——超能力者は有用な人的資源と見做される一方、危険視もされ蔑視もされます」
レイアはジュールの顔をちらっと伺い、話を続けることに決める。
「超能力者は怖くないですよ、お役に立ちますよとアピールしつつ、資金集めにも注力するという方針で、月面上での魔法少女を演ったり宇宙空間で戦闘したり——戦闘の際はジュールさんが最初に褒めてくれたあのスーツに外骨格装着でした。
災害や事故・事件の救助に行くときは正義の味方としての演出込みです。見る人に恐怖感を与えず、清く正しく美しいイメージを大切にします」
ジュールは黙ったまま視線で続きを促す。
「そこに舞い込んだのが超能力者ありきの木星第三衛星進出プロジェクトで、なくてはならない存在としての超能力者の地位を向上させるとか。
なくてはならない存在には逆になりたくないと思いましたし、なくてはならない存在になる手段としてもガニメデ進出のための超能力奉仕はお断りでした。宇宙船を動かすのも物資と人の転送も、超能力者の存在を必須としない科学技術で実現するべきと思うからです。それに何より——」
レイアの声音が苛立たしさを隠し切れないものとなっていく。
「準公務員として民間のそれよりずっと安い報酬で働いて当然というのが気に入りませんでした。正義の味方の役の方では奉仕も厭いません。でも人類の宇宙での生活圏を広げるための奉仕は——と難色を示したら驚かれました。使命感にかられないのかと。……その筆頭が先程の話の『勘違い野郎』でした」
ジュールは複数の理由でレイアへの共感を深くすることとなった。
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