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ヒロインは悪役令嬢の侍女と会う

 ジュールと同じ、マジックミラーの向こう側にはレイアもいた。


 瓶をソフィーから取り上げる際のアポート使用の件で、焦りと後悔を口にしていたが今は落ち着いている。


「アポートで瓶を移動させたのは不味かったかと焦りました。ただでさえあれは、人の持ち物を泥棒し放題ではないかと疑われやすいため。

 証拠能力を損なう問題も発生します。ドローンの映像を分析したら一瞬で瓶が消えている、瓶はどこに行った、この瓶は本当にソフィーさんが持っていた瓶かなどと、ガーンズバック国だったら弁護側に突っ込まれる恐れがありました。

 ソフィーさんは手袋をしていたので指紋は証拠にできません。

 ジュールさんの巧みな尋問のおかげで証拠能力のある自白が取れたのには、本当にホッとしました」とレイアが振り返る。


「僕がうまく尋問したというより……ソフィーって子がバカで本当に良かった。

 うちはガーンズバックほど厳しい弁護士は多分いませんが、この瓶は自分のものではないとか言い張られたら多少面倒だったかもしれません」とジュール。


「面倒な問題を防ぐためにも、他の人の安全がかかってさえいなければアポートは使わなかったのですが……。自分しかいないときにアレをやったら、濃硫酸なんて服で防げるだろう、多少火傷をしても体内ナノマシンですぐ治るだろう、本当の本当に『使う必要』があったのかと、わたしの国では袋叩きです」とレイア。


「思うんですけど、レイアさん、やっぱりうちの国に亡命しませんか?」


そこに学園長が口を挟んだ。

「レイアさんは気になさって先程もお詫びを口になさっていましたが、あれは最良に近い選択ではなかったかと。ケイトさん、カタリーナさんはもちろん、ソフィーさんたちにも万が一の被害がないよう配慮していただいたこと、お礼を述べるしかないと考える次第です。

 ですからアポートの件はお気になさらずとも良いのですが、それはそれとして——」


 学園長はガラスの向こうのアリスを指差した。

 アリスはたまに意味不明な言葉を漏らしながらグスグスと泣き続けているだけ。

 ジュールが放置しているため担当官アンドロイドは沈黙したまま。


「どうしましょう、あれ」

 と学園長は言った。

「……」

「……」



「公爵に鳩を飛ばしたら、二、三日くらい牢に入れて頭を冷やさせてくれと言っていたから、まあソフィー嬢たちと一緒に謹慎用の寮に入れておけば?」

 とジュールが言えば、

「以前から当学園に不法侵入しようとしていた輩を、学園の、生徒のための設備に泊めてやれと? 学園に潜り込みたければ周辺で騒ぎを起こせという悪しき前例になりかねませんなあ」

 と学園長が反発する。


 これまで学園の生徒以外に取調室のお世話になった者といえば、学園内への不法侵入者や、門の近くで騒いだ破落戸のような者。もう話を聞く必要がないとなった時点で、解放するなり警察に引き渡すなりしていた。


 アリスの場合は自分から敷地内に侵入したのではなく、暴行未遂や危険物所持にも関わっていないようで、警察に引き渡すほどの材料はない。通常は解放して終わりなのだが、遡ってアリスが泣き喚き始めたあたりでレイアの提起した問題が各自の心に引っかかっていた。



「学園内には医師やカウンセラーの方々が常駐していると聞いてますが、ソフィーさんとアリスさんにカウンセリングの必要があると思いますか?」


「ソフィーさんとロザリーさんに関しては、カウンセリングの必要性の有無は身元引受人のフェルゼンさんが判断して学園所属のカウンセラーを手配します。私の学園長判断でも受けさせられますが、今のところはフェルゼンさんの判断に任せるつもりです。

 アリスさんは生徒ではないですからねえ。学園の関係者以外の者は学園の医師やカウンセラーの利用対象外です。緊急の対応が必要と判断されれば人道的見地から例外にしますが、アリスさんはそこまで重症ではなさそうですし」


「ではアリスさんが落ち着くのを待って帰宅してもらうことになるでしょうか。

 公爵家から迎えがくるとは考えにくいので、一人で無事に帰れるくらいには回復してくれていれば良いと思います。あの状態のままでは不安です」



 そして今、公爵家が実質受取拒否したアリスを「どうしよう、これ」と悩むこととなった。病院に急患だと送るほど状態は悪くないし、未成年の女子を一人で放り出すのは躊躇われるし最悪の事態では学園の評判にかかわる。


 アリスがなかなか立ち直らないのを半ば幸いに学園長、ジュール、レイアの三人は結論を延ばし延ばしにしていた。


「公爵家はうちを留置所かホテルの代わりにするつもりですかねえ」と学園長。

「僕が無理に送り届けて門前で揉めるのは勘弁だぞ」とジュール。


そこにレイアが言った。

「ソフィーさんによると、アリスさんはわたしに話があって来たそうです」


——あのねレイアさん。この子はアリスっていってローズマリー様の侍女なの。

——貴方のせいでローズマリー様がとてもご心痛で、ぜひ一言申し上げたいそうよ。


「アリスさんの希望通り、わたしが今からアリスさんと話すのはどうでしょう?」

「……!」


虚をつかれて一瞬反応が遅れたジュールが言う。

「ええと、取調室でアリスが言っていたようなことが、アリスがレイアさんに話したかったことですよね。アリスの言いたかったこととやらを、あれ以上引き出そうとしても不毛ではないですか?

 先程も話に出たように、取調室でのアリスの証言はフェルゼンに渡して、ケイトさんやカタリーナさんたちの助力のもと分析し対策を任せるので良いと思いますが……」


 ソフィーとロザリーへの尋問をガラスの向こうのフェルゼンにも聞かせたことについては「グレーゾーン……」とぼやいていた学園長だが、学園の生徒ではなく公爵家の侍女に過ぎないアリスについては情報秘匿に甘くなるらしく、特に反対しなかった。


「はい。取調室でアリスさんが言っていた類の事柄は他の人にお任せします。

 わたしがダンジョントラップ踏み抜き覚悟でアリスさんに聞いてみたいのは、

 〈シナリオ〉では今回の件は〈悪役令嬢〉による〈ヒロイン〉の襲撃に該当しそうな今どんな気持ちか」


 レイアは一つ息をついて続ける。


「極端な話わたしが消えればアリスさんの望む結末にたどり着けるのか」




 ジュールは泣き続けるアリスに担当官アンドロイドを通じて声をかけた。

「ああ、アリスさん。実はレイアさんが貴方とお話しするためにこちらに来ているのですが」

 アリスは泣き声に代えて、ひっ、と息を呑む声を出す。

「どうしますか? まだ気分が落ち着かないようでしたら、落ち着くまで待っていると伝言をもらっています」


アルファポリスで先行投稿しています。


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