ヒロインは天真爛漫な笑顔で逆ハーレム?(2)
——〈ヒロイン〉は可愛らしい容姿、優れた能力、ひたむきな努力、天真爛漫さ等々で〈攻略対象〉を虜にする。
——〈ヒロイン〉が〈ヒドイン〉の場合は、〈攻略対象〉を落とすために、魅了の魔法、媚薬入りの飲食物や香水などを平気で使う。
——腕に胸を押し当てるなどのボディタッチを籠絡の手段とすることも得意。
——〈ヒドイン〉は何人もの男を相手に過剰なボディタッチを仕掛けることにより逆ハーレムすなわち〈逆ハー〉を満喫することがしばしばである
「ウィリアムの言うことによれば——というか実質アリスの言っていることでしょうけど、〈ヒロイン〉がどれだけ〈攻略対象〉を侍らせているかどうかは重要なポイントだそうです。
〈攻略対象〉を婚約者から略奪したり、〈攻略対象〉とふしだらな接触をしたり——さらにその〈攻略対象〉が複数にわたったら王族と結婚するどころではない、〈ざまぁ〉されてもおかしくないでしょう、と。だがしかし」
ジュールはこめかみを押さえながらレイアに向かって問う。
「その男性が〈攻略対象〉かどうか判断するのには顔が重要だと。顔で全て決まるとでもいうんでしょうか?」
「顔は重要です」とレイアはきっぱりと断言する。
「……っ」
「もちろん顔だけで全て決まるとは決して思いません」
「……!」
「全体のルックスというか体型も大事だと思います」
「……」
「あー殿下。殿下は『美形』で体格・体型にも問題はないって、どっしりと構えていれば良いんじゃないの」とイザーク。
「そりゃ、どーも。でも〈攻略対象〉って何なんだろうと思ってしまったんですよね……『トロフィーワイフ』の男性版? 違うか」
「アリスさんの定義では、〈攻略対象〉とは〈ヒロイン〉〈ヒドイン〉の〈逆ハー〉構成要員候補でしょうか。
複数恋愛・複婚を闇雲に否定する訳ではないですが、わたし自身は一対一で愛を育むロマンチックラブの一夫一婦制で生きたいです。しかし……」
レイアは淡々と続ける。
「わたしがどう思っているか、よりも、あの人たちがわたしをどう思っているか、どんな人間だと思いたがっているか、ですね。
とりあえずは、〈攻略対象〉候補の方々に婚約者またはそれに類する女性がいるかは知っておきたいです」
「イザークも〈攻略対象〉候補だったっけ。婚約者も恋人もいません」
「どうも。アリスには『〈ヒロイン〉に簡単に引っかかるチョロい脳筋』と予言されているイザークです。はい、俺の婚約は殿下が片付いてから、です」
「アリスの予言といえば『ウィリアムが〈ヒロイン〉の取り巻きにぃ?』とかいうのもあったような気が。そのウィリアムにも婚約者はいないです」
「幼馴染のローズマリー嬢以外に周囲に女性はいないんじゃないですかね。
あ。アリスはノーカウント」
「今回お名前が浮上したオットー先輩には確か同じ学年に婚約者がいたはずです。
在学中もその人と僕とはあまり接触がなかったので詳しいことは分かりませんが、今度先輩に色々聞いてみます」
「ふと思ったけど、婚約者さんにとっては殿下こそが、自分とオットー先輩の仲を引き裂く邪魔者だったんじゃね? つまり殿下が〈ヒドイン〉……」
「待て、こら。……うーんと、僕にしてもレイアさんにしても以後オットー先輩とは直に顔を突き合わせることは稀になるから〈ヒドイン〉認定はされにくいのでは。
塔で会えたのは結構久しぶりで——あ、次は城で食事の約束だったかも」
「誰かに目撃されると塔の二の舞だから城での食事会兼現地案内ツアーについては後でじっくり検討するとして、残りはこの場にいる最後の〈攻略対象〉候補だな」
イザークの言葉にジュールとレイアの目が黒猫を抱いた人物に向いた。
ガゼボの中央に置かれている首ありニケ像の台座に背をもたれ掛けさせている。
「私のことかな? うん、話は全て聞かせてもらった。
——どうも、ハンス・フェルゼンです。『愛の聖堂』でマリー・アントワネットと密会するような男になれと親が名付けてくれやがりました。いや半分マジで。
親は伯爵、私自身は不真面目な殿下の側近候補、〈攻略対象〉になるには色々と不足があるかもしれませんが、立派な〈攻略対象〉になれるよう頑張ります」
「頑張らないでくれ……婚約者はいないが親しくしている女性は多数」
「うん。最強のトラブルメーカー候補だな」
「失礼な」
フェルゼンは抱いていた黒猫(名前はニッポン風の「クロ」)をレイアに手渡す。首輪から繋がる散歩用の紐の端は自分の手に握ったままだ。
「まあ私はレイアさんとあまり顔を合わせない方が良いとは思いますよ。
その『天真爛漫な笑顔』は観客に〈ヒロイン〉認定されそうな代物です。
クロが絡まなければクール&スタイリッシュ路線なのに」とフェルゼン。
「表情は受付嬢アンドロイドのように——を心がけているのですが、猫さんが関わる話になるとまるでダメになると自覚しています」とレイア。
自ら「観客」と口にしたフェルゼンは、遠眼鏡などで今もここを覗いているだろう者たちの存在を改めて意識し、思わず口元を隠しそうになった。迷信的な存在の「物凄い読唇術の使い手」を警戒した挙句、何を後ろめたいことを話そうとしたのかと痛くもない腹を探られるのは馬鹿らしいと思いとどまったが。
「先程はイザークに失礼なことを言われてしまいましたが、女性の知り合いが多いというのはまあ事実で、だからこそ情報収集のお役に立てると思いますよ。
私の聞いた限りローズマリー嬢は大人しくしているようですが、侍女のアリス、彼女が侍女ネットワークを通じて好き勝手な噂の拡散に熱心みたいです」
それを引き継ぐようにジュールが物憂げに続ける。
「そして侍女ネットワークの噂が生徒たちに伝わり、噂を真に受けた生徒が噂された生徒を攻撃する——レイアさんが編入してくるずっと以前から問題にあがっていました。それでいっそ暴力やあからさまな誹謗中傷に手を染めてくれれば、それなりに手を打てるので良い——いや、良くはないのですが——とにかく聞こえよがしに噂話に興じるとか、本人への嫌味や当て擦りとか、言質を取られないように気を配りつつ相手のメンタルを削ろうとする輩への対応には頭を痛めてきました」
アルファポリスで先行投稿しています。




